第5話 敷地調査で見えたもの
「ここが出口かな」
しばらく洞窟を進んだカイトとフィアは行き止まりに到着していた。
上を見上げれば、天井にぽっかりと穴が空いている。天井までの高さは二メートル、といったところだろうか。高くはないが、手が届く位置でもない。
「で、ここから侵入者が入ってきた、と」
「はい、そうなります――ここから出るのは少し工夫が必要そうですね」
「そう、だな。足場があるわけでもないし」
辺りを見渡してから少し迷う。魔力で足場を作れば外に出られそうだが、あまり無用な魔力使用は避けたいところだ。
悩んでいると、フィアが遠慮がちにくい、とカイトの手を引いた。
「あの、私がカイト様を持ち上げて、上に上がっていただくのはいかがでしょう? いわゆる、肩車をすればいけるかと」
「……フィアが、僕を?」
「はい、これでも力がありますので」
フィアが袖をまくり、腕を曲げてみせる。だが、明らかに腕は細く頼りない。少しカイトは考えてから一つ頷いた。
「まぁ、肩車はいいアイデアだ」
「ですよね。では――」
フィアがしゃがむよりも早く、カイトはその場で膝をついてフィアの脇の下に手を添える。目をぱちくりさせた彼女を有無を言わさず、カイトはひょいと持ち上げた。
「う、ぇ、カイト様……っ!?」
「ほら、フィア、外に出て」
「あ、う、ぅうう……」
釈然としなさそうな声を上げるフィアだったが、大人しく言うことに従い、頭上の穴から身体を這いだし、外に出てくれる。
それからフィアは拗ねたように頬を膨らませ、穴の中に手を差し出してくれる。
「はい、カイト様……」
「ん、ありがと」
手を掴むと、ぐい、と勢いよく腕が引っ張られる。一瞬で身体が持ち上がり、穴の外に上半身が飛び出る。カイトは地面に手をついて這いあがると、フィアは手を貸しながら小さな声で告げる。
「――これでも魔獣だから、強いんですよ。カイト様」
「はは……そうみたいだな。でも、さすがに女の子に肩車されるのはな」
カイトは土を払いながら立ち上がると、フィアは少しきょとんとする。
「……女の子? 私が、ですか?」
「ああ、フィアはかわいい女の子だと思うが?」
カイトの言葉にフィアは目をぱちくりさせていたが、やがてはっと目を見開いてぶんぶんと首を振る。
「そ、そんな……お世辞は不要です。カイト様」
「お世辞じゃないんだが――まぁ、不躾だったかな」
考えてみると、フィアは今日出会ったばかり。そんな相手に言うには少し配慮が足りていなかったかもしれない。
「気を悪くしたのなら、ごめん」
「い、いえ……そんな、お言葉は、嬉しかったです……」
フィアはそう告げ、ほのかに頬を染めながら人差し指を突き合わせる。気分を害したわけではなさそうだ。カイトは少し表情を緩めながら、さて、と視線を周りに巡らせる。
「ダンジョンの地表部分は――森、みたいだな」
辺りに林立するのは葉を多く茂らせた木々だ。かなり密集しており、地表には落ち葉が積もっている。それなりに食料もありそうだが――。
そこまで考えて、はたと思い至る。
「……そういえば、食料はどうすればいいんだ」
「食料……ですか」
少し落ち着いたフィアが唇に指を当てて考え、一つ頷いてみせる。
「食料はあった方が良いと思います。ただ、なければ魔力を消費して腹を満たすことができるので、なくても問題はありません」
「それは、マスターである僕も?」
疑問の形を口にしていたが、カイトには実感があった。
果たしてフィアは頷き、少しだけ首を傾げる。
「多分、空腹感は今、全くないと思いますが?」
「……確かに、な」
ここに来てすでに六時間は経っているだろうが、空腹感は全くないのだ。カイトは一つ頷き、でも、と言葉を口にする。
「食事はするようにしよう。フィア。美味い食事を食べることは大事だ」
食事は腹を満たす以外にも、美味が心を満たしてくれるときもある。
フィアは少し釈然としなさそうだったが、一つ頷いてくれる。
「カイト様が仰るならば。ただ、食料はどこにあるのでしょうか」
「歩けばそれなりに見つかるだろうね。森だし」
カイトは一つ頷き、ただ、と辺りを見渡して地面に触れる。湿った土の感触に目を細めると、フィアを振り返った。
「どこかに水脈がありそうだ。ここから遠くない場所に」
「水脈――水の、気配……」
フィアは呟くと、微かに鼻を鳴らしながら辺りを見渡し、あ、と声を上げて表情を明るくさせる。
「カイト様、近くで水の音がします……! 多分、小川か何かです……!」
◇
フィアに先導されて木々を抜けると、視界に飛び込んできたのは小川だった。
「立派な水源だな、これは……」
「ですね! こんな近場にあるとは思いませんでした」
彼女は嬉しそうに足取りを弾ませ、水面の傍にしゃがみ込む。カイトもその隣に並び、水面を真っ直ぐに見る。よく見れば、川魚が泳いでいるのが目に入る。
「フィアはこの辺までは来なかったのか?」
「はい、実はコアに召喚されてからは洞窟にずっといて、あんまり探索していなかったので」
そう告げる彼女は水で早速手を洗っている。水に濡れた手を持ち上げ、彼女は吐息をこぼすとカイトを見上げてはにかんだ。
「これで水浴びもできますね……!」
「ん、そうだな。川魚もたくさんいそうだし、食料には事欠かなさそうだ」
「早速獲ってみますか?」
「……獲ってみたいけど、道具がないな」
魚は獲るのが大変だ。できれば漁労用の罠を用意したいところだが。
だが、フィアは胸を叩くと、自信ありげに告げる。
「私にお任せください……!」
そう告げると、彼女は腕を持ち上げると、突然、腕が火炎に包まれる。思わず一歩後ずさると、彼女の腕が炎の中でめきめきと変化していき。
炎が掻き消えると、そこに現れたのは鱗に覆われた太い腕だった。先には鋭い爪が備わっている。その姿に思わずカイトは目を瞬かせる。
「腕だけを、火竜に……?」
「任意の場所だけ元の姿にすることもできるんです」
彼女はそう言うと、川の中にざぶざぶと足を踏み入っていく。膝まで足を踏み入れると、爪を大きく振り上げた。
そして、勢いよく川面に向けて爪を振り下ろした。
岩に激突する、凄まじい轟音が響き渡り、水面が泡立つ。カイトはその音に思わず顔を顰めていると、上流の方でぷか、ぷかと何かが浮かんでいく。
気絶した魚だ。流れてきたそれをフィアは手際よく集めてくる。
(い、石打漁法……っ)
カイトは表情を引きつらせる。石やハンマーで岩を強く打ち叩き、それで発生した衝撃で水中の魚を気絶させる漁法だ。原始的な漁法だが、無差別に水中の生物にダメージを与える欠点があり、日本では禁止されている。
「カイト様、たくさん獲れましたよー!」
「あ、ああ、ありがとう。フィア」
嬉々として両手いっぱいの魚を持つ彼女に、カイトは表情を繕って笑いかける。
(ま、ここは日本じゃないからな)
それに、フィアはカイトのためを想ってやってくれたのだ。そのことは紛れもなく嬉しい。カイトが目を細めると、えへへ、と彼女は嬉しそうにはにかんだ。
その褒めて欲しそうな眼差しにカイトは思わず手を伸ばし、彼女の頭を撫でる。
「あ……っ、えへへ……」
柔らかく髪を梳くと、彼女はさらに表情を綻ばせてくれる。カイトはひとしきり頭を撫でると、彼女の抱える魚に視線をやって告げる。
「じゃあ、早速魚を食べてみようか。薪を集めて火を熾そう」
「あ、はい……! 今、用意しますね……!」
フィアが川岸に魚を置き、周りにある枯れ木を集め始める。
その間にカイトは腰のポーチからナイフを取り出し、手早く魚の下処理を始める。
(ナイフを持ってきておいて正解だったな……)
魚は六匹。全て処理してしまって良いだろう。魚の腹を裂き、内臓を手早く取り、それから川の水で魚の腹を流していく。せっせと手早く進める間に、フィアは薪を集め、川岸に積み上げていた。
「カイト様、これくらいで足りますかね」
「ああ、問題ない――あとは火付けだな」
カイトはそう言いながら川岸に転がっている石に視線を走らせる。
大体、黒っぽい石があれば、それが火打ちに適しているのだが――。
「火付けですね、分かりました」
だが、カイトが火打ちに適した石を探し出す前に、フィアは薪の傍に屈むと、ふっと吐息を吹きかける。その唇の合間からこぼれだしたのは、小さな火――。
それが小さな木にすぐ着火し、彼女が息を吹きかければさらに大きくなる。
次第に薪全体に火が回り始めていた。
「そうか。火竜だから火を出せるのか……」
「人間の身体だと、この程度が限界ですけどね」
「いや、充分助かるよ。フィア、もう一つ頼みたいんだけど」
カイトはそう言いながら、内臓を抜いた魚に口から枝を突き刺す。骨を絡めるようにして、串打ちしてそれをフィアに見せる。
「こんな風に魚に枝を突き刺してくれる」
「分かりました」
フィアは頷き、枝を拾ってきて見様見真似で魚を突き刺す。その間にカイトは残りの魚の下処理を済ませ、直火に当たらないように魚が突き刺さった枝を刺していく。
遠火でじっくり、六匹の川魚を焼く。それを焚火の傍に腰を下ろして眺めると、フィアも腰を下ろしながらカイトに訊ねる。
「カイト様、どうでしょうか。このダンジョンを守り通せそうですか?」
「そうだな――」
フィアの言葉に、カイトは少し考え込む。
ダンジョンの敷地内は大きく分けると二つ。
一つは木々に覆われた地表部。もう一つはコアに繋がる洞窟がある地中部。単純な地形であり、正直、守るには適さない地形だ。もし敵が立ち入れば寡兵で防ぐのは難しい。
(けど、やりようはいくらでもある――)
カイトは視線を向け、フィアに柔らかく微笑みかけた。
「任せてくれ。上手くやってみよう」
その言葉にフィアは少し安堵したように吐息をこぼし、強く頷いてみせる。
「私も全力で補佐します。まずは何から取り掛かりましょうか」
「ん、ひとまずの方針だけど」
カイトはそう言いながら背後を振り返る。そこに広がっているのは林立する木。鬱蒼と茂っているといっても過言ではなく、人が分け入った形跡も見当たらなかった。少なくとも、頻繁に立ち入っているわけではなさそうだ。
恐らく、この前入ってきた侵入者も偶然立ち入り、ダンジョンを発見したのだろう。
「入り口を入念に隠せば、まずは見つかりにくい、と思う。その間に力を蓄える、という方針で行こう」
「なるほど、確かにその戦略で間違いはないと思います――ただ」
フィアは何かを懸念するように少しだけ表情を曇らせる。
「人間の中には探知に優れたものもいます。その者が来れば、ダンジョンコアの存在を察知され、侵入を許してしまうかもしれません」
「うん、それももちろん、分かっている――だから同時並行で進めるのは」
カイトは目を細め、はっきりと言葉を続ける。
「ダンジョンの、要塞化」
「……要塞?」
「うん、防御拠点化といってもいい。優れた拠点は何にも勝り、戦力を倍増させることもできる。フィアの戦力を有意義に使うためにも、これは必要不可欠だ」
そう言いながら歩いてきた洞窟内を思い起こす。
洞窟は一本道であり、途中には巨大な地下空洞があるものの、遮るものはほとんどない状況だ。このままだと守り抜いていくのは困難だ。
ならば、どうするか――その答えが、要塞化だ。
(過去の戦いの歴史でも、優秀な陣地が防衛に役立ってきたのは言うまでもないし)
ちら、と歴史を振り返る。歴史上、農民たちであっても強固な城砦に立てこもることによって、軍を退けた例はいくどもある。それだけに防御拠点の重要性は、カイトがよく知っている。
(それに――僕の専門分野は、城、なんだよな)
不敵に笑いながらカイトは手を伸ばし、魚の串を一本取る。
それは充分に火が通り、脂が滴り始めていた。それをフィアに差し出しながら告げる。
「要塞に関しては、任せて欲しい――僕にいろいろ考えがあるんだ」
「……カイト様」
その言葉にフィアは目を丸くしていたが、やがて真剣な表情で頷き、魚の串を受け取る。
「及ばずながらお力添えします」
「うん、頼むよ。フィア――キミの力は必要不可欠だから」
(フィアの火竜に変化できる力……これは大いに役立ってくれる)
漁労のときに変化した火竜の腕を思い浮かべながら、カイトも串を取って魚を口に運ぶ。途端に広がる魚の旨味。少し臭みはあるものの、悪くない味だ。
「ん……おいし……っ」
フィアは魚が気に入ったのか、表情を緩ませて次々と魚を食べる。
「――好きなだけ、食べていいからな。その分、大いに働いてもらうし」
「はいっ……!」
声を弾ませ、フィアは美味しそうに魚を頬張って目を細める。それに釣られて笑顔になりながら、カイトも川魚を頬張った。
味付けは何もない魚だったが、笑顔で食べてくれる相手がいると、心が満たされるようだった。




