第9話 難民は数多く
「キエエエエエエエッ!」
奇声と共に暴れ、森に突っ込んでくる猿に似た獣人。枝をめちゃくちゃにへし折り、近くにあった木の実を鷲掴みにすると、夢中で頬張る。
それだけでなく血走った眼で辺りを見渡し、何かを探し求める。
(交渉は不可。それどころか森を荒らすか――)
その様子をカイトは遠く離れた居住区で椅子に座りながら見ていた。片目を掌で塞ぐ彼は吐息をこぼすと、その近くに控えているフィアに対して指示を出す。
『フィア、頼んだ。油断なく全力で』
『もちろんです。カイト様――』
その返答と共に、獣人の近くで火炎が立ち上った。それに気づいて獣人が振り返った瞬間、その炎の中から小柄な身体が飛び出し、腕が一閃される。
火竜化した腕。それがばっさりと獣人を引き裂き、血飛沫を撒き散らす。
「ギェ――ッ!」
甲高い奇声は、最期に濁った断末魔となって消え失せる。それを見届けると、カイトは力を使い、遠隔でその亡骸をコアに吸収させ、魔力に変換していく。
その作業を終えてから、カイトは小さく吐息をこぼした。
(――これでもう四度目、か)
獣人たちが最初に避難して一週間が経過――その間にも、ぽつりぽつりと難民たちがダンジョンに訪れるようになり、庇護を求めるようになった。
それをキルシェ族長やソフィーティアが分担して対応していたが、エルフたちに従順に従ったのはおよそ半数――残り半数は一筋縄ではいかず。
中には偉そうに食い物を寄越せ、という者や、エルフを見下して話す者もおり。
今日のように言葉が通じず、暴れる者は四度目になる。
そういった取り込みが面倒な魔物たちは容赦なく処断を指示した。
(交渉の余地があっても、最初で抵抗の意思を見られた時点で、後顧の憂いになる――)
幸い、もう人材は充分に集まりつつある。無理をして仲間にする必要は一切ないのだ。カイトは心を鬼にして苛烈に当たっていた。
「兄さま、大丈夫?」
コアの吸収作業が終わり、カイトが一息つくと、傍に控えているローラが遠慮がちに近寄り、エルフ茶を差し出してくれる。
カイトはそれを受け取りながら頷き、微笑み返した。
「まだ少し死体を見るのは覚悟がいるが、回数をこなしてきたからな」
「ん――あまり慣れて欲しくはないけどね。命に手を合わせることができる兄さまだから、多分優しいのだし」
「……ありがとう。ローラ。その言葉、心に刻むよ」
命を奪っているという事実。それに慣れてはいけない。
それを忘れてしまったら、自分の大事な何かを失ってしまうだろう。そう自戒しながらカイトはエルフ茶で一息ついていると、ローラはぺたんとその場で腰を下ろした。
床で足を崩して座り、何かを期待するような眼差しで見つめてくる。
その意図を察し、カイトは表情を緩めてその頭に手を置く。丁寧に撫でると、彼女は嬉しそうに喉を鳴らし、彼の膝に手を置いて寄りかかる。
(……なんだか少し甘え方が変わって来たな)
前は抱き着いてきたり、胸を押し付けたりと、大胆なスキンシップが多かったが、互いの気持ちを通わせてからは控えめになった。
ただ、その代わり、こういう風におねだりするのが上手になった気がする。
それを実感しながら頭を撫で続けていると、ふと頭の中に声が響いた。
『カイト様、今いいか』
『ん、ソフィーティアか』
手を止め、ローラに目で合図する。彼女はすぐに察して立ち上がり、少し距離を置いてくれる。カイトは軽く頷きながらソフィーティアの念話に集中する。
『大丈夫。先ほど暴れていた侵入者もフィアに排除させた』
『それは何よりだ。他の難民も収容が完了している。折を見て、臣従契約を結ぶようにしてくれ。第三区画だ』
『了解。ちなみに難民は累計で何人いる?』
『今日の時点で五十七人だな――大分、大所帯になってきたな』
『全くだ。しかしなんでこんなに――』
従順ではない難民は処断しているため、実際の難民は百人を超える。それだけの数が逃れてくるということは、人間が大規模な攻撃を試みている、ということに他ならない。
だが、その一方でこのダンジョンは不気味な静けさが訪れている。
『難民から情報は得られたか?』
『うむ、断片的な情報から汲み取ると、冒険者だけはなさそうだ。統一した鉄の匂いを帯びた軍勢もいたそうだからな』
『……貴族の軍勢も、か』
彼らの部隊はカイトたちに全滅させられている。であれば、まずはこのダンジョンに攻め入りそうだが――どうにも不可解だ。
ただ、判断するには情報があまりにも少なすぎる。
『他の情報を集まるのを、待つしかいないかな』
『そうなるな。ひとまず作業を進めてくれ』
『ああ、了解した――カイト様の屋敷の建築も進めておこう』
『ん、ああ』
その言葉にふと思い出す。今、エルフたちは家や畑づくりに並行して、カイトたちが地表における拠点――屋敷を作ってくれている。
今までカイトたちは地下にある居住区と地上を行き来していたが、移動距離が長いという点がネックだった。
(そこに住めれば、移動時間が必要なくなるな――)
無論、コアの警備が必要なので、レムあたりを常駐させる必要がありそうだが。
『優先順位は低めだから、別の作業を優先して構わないぞ』
『はは、人手はたくさんいるんだ。心配は無用。むしろ、新しい仕事があればどんどん割り振ってくれ。地下の改築も請け負うぞ』
『それはありがたいな。なら、少し考えておくよ』
『了解。それじゃあまた何かあれば連絡する』
ソフィーティアはそう言い残して念話を切った。カイトは一息つくと、ローラに視線を戻す。彼女はまたすぐにカイトの傍で床にぺたんと座りながら首を傾げる。
「何かあった? 大分話し込んでいたけど」
「ん、屋敷の件と――あと、難民の数が多いことか」
「あー……不気味だよね」
ローラの頭を再び撫で、今度は頬にも手を添える。彼女は心地よさそうに目を細めながら、カイトの膝の上に顎を載せ、上目遣いで訊ねる。
「そうなると、情報源として期待できるのは、フェイ三人娘かな」
「そうだな。上手く行けばすでに街に紛れ込んでいるはずだが」
ただ遠く離れたダンジョンからは確かめる術はない。彼女たちが危険な目に遭っていないことを祈るばかりだ。
「あの三人ならしたたかに街中で情報を収集しそうだけどねー」
「とはいえ、女の子だろう? 危なくないか心配だな」
「兄さまはやっぱり優しいねぇ。でも一応、彼女たちは魔物だよ?」
ローラはころころ笑いながら目を細め、甘えるようにカイトの太ももに手を置く。
「ポテンシャルなら、普通の人間に劣るはずはない。むしろ魔物である以上、種族的な切り札も持ち合わせているはずだよ。少しは信じていいと思う」
「そういうものか?」
「そういうもの。だからこそ、兄さまの判断は間違っていないと思う」
ローラの言葉はきっぱりとしている。
彼女は意外と鋭い視点を持ち、いつも斬新な意見をくれている。彼女からそう太鼓判を押されると、少し安心できるものがある。
「案外、来週くらいには貴重な情報を持ってきてくれるかもよ?」
「それだとありがたいんだがな」
思わず苦笑する。ただ、人間社会に入り込むのは難しい。
もう少し時間が掛かるに違いない。
そう思いながらローラとたわむれるように、彼女の手と指を絡み合わせると、彼女は嬉しそうに笑顔を見せてくれた。




