第8話 想定していない侵入者
雨は、夜明けと共に上がった。
朝日が照らす中、カイトは空飛ぶローラに抱えられて、洞窟へと戻っていった。洞窟の前に降り立つと、そこでは腰に手を当てて待ち構える一人の少女がいた。
呆れたような表情を浮かべるフィアに、ローラは肩を震わせて立ち止まる。
カイトは代わりに前に進み出て告げた。
「ただいま、フィア――悪い、朝帰りになった」
「謝る必要はありませんよ。カイト様。ただ私が勝手に拗ねているだけですから」
フィアは唇を尖らせて不服そうに言い、ちら、と視線をローラに向ける。ローラは居心地悪そうにもじもじしながら姉を見つめる。
「その、ただいま。姉さま……えっと」
「ん、おかえりなさい。ローラ」
「え、あ、その……」
「分かっていますよ」
フィアは優しく微笑みかけると、ローラの肩を叩いて続ける。
「良かったですね。ローラ」
「え……いいの? 姉さま」
二人が視線を合わせると、それだけで以心伝心したのか、フィアは少し複雑そうな顔で頬を掻く。
「それは――内心は、複雑ですけどね。でも、それ以上に、カイト様とローラは、私の大事な人ですから。三人で幸せになれるのが、一番だと思いますので」
「……でも、拗ねている」
「それは、当たり前です。一晩中、放っておかれたんですから」
拗ねたようにフィアがカイトに手を伸ばし、服の裾を摘まんでくる。そのまま、上目遣いで小さく囁いた。
「あとで、構ってくださいよ?」
「ああ、それはもちろん。ソフィーティアにも心配かけたから話しかけておかないと、だな――と、おや」
カイトは眉を寄せる。侵入者の気配に片目を掌で塞いで視界を飛ばし――その視界に入った姿に首を傾げた。それを感じ取り、フィアとローラは表情を引き締める。
「侵入者、ですよね。ようやく敵ですか」
「いや――まぁ、エルフではないんだが、人狼っぽいのが」
「……ウェアウルフ? なんで?」
「さぁ。ただ、殺気だった雰囲気ではなく、どちらかというと避難民らしい」
視界に移った獣耳と尻尾を持つ女が二人と男が一人。その姿は泥まみれで負傷もしているようだ。少し考えてから、ちら、とローラに視線を送る。
「ローラ、悪いけど――」
「ん、状況の確認だね」
「ソフィーティアにも連絡してエルフの誰かもつけるようにする。避難民だったらエルフたちの場所に誘導してくれ。万が一、害意があるのなら、その場で始末してくれ」
「了解。任せといてっ」
屈託のない笑顔で告げたローラはすぐに翼を生やして飛び立つ。その姿を見やりながら、カイトは少しだけ苦笑する。
(元気なものだ。昨日は野宿したというのに)
ただ考えてみると、二人とも疲れ切ってぐっすりと寝ていたのだ。カイトも身体は疲れている感覚は不思議としない。カイトは一つ背伸びをしてからフィアに視線を向けた。
「フィア、今日も傍にいてくれるか」
「無論です。カイト様」
そう告げる彼女は手を伸ばし、カイトの腕を引き寄せてくる。離すまいとしているのだろうが、傍から見るといちゃついているように見えて。
(――ま、指摘するだけ野暮か)
カイトは小さく笑いながらフィアの手を取り、一緒にソフィーティアのテントの方へと歩き出した。
◇
「カイト様、ソフィーティア、侵入者の件がはっきりしたぞ」
しゃがれた声と共に、ソフィーティアのテントに入ってきたのは族長のキルシェだった。杖を突く彼の後ろにはローラが控え、カイトとフィアを見ると軽く頷く。
ソフィーティアは腰を上げると、族長に椅子を進める。
「すみません、族長。わざわざご足労いただきまして」
「気にせずとも良い。老樹にできることがあって嬉しいからな。ああいった他種族との交渉事は任せておけ」
族長はそう声を震わせながら椅子に腰を下ろした。ローラはちょこちょことカイトの傍に戻ってくると、褒めて欲しそうに上目遣いで見てくる。
その頭に手を置き、軽く撫でて微笑みかけながら思う。
(さすがエルフの長老――交渉はお手の物、か)
今回、侵入してきた獣人たちと交渉を買って出たのは、この族長だった。
この世界では言語は統一されているらしく、交流は難しくない。だが、文化や風聞があるので、そういったことを理解している族長の方が交渉に向いているということだ。
果たして巧みに彼らの情報を引き出したのか、族長はカイトを見て口を開く。
「ひとまず、獣人たちは我らの敷地の一角に留め、エルフを傍に置いておる。一番遠い、第三区画だな」
「なるほど、それで彼らは何故ここに?」
「あの者たちもまた人間から逃れてきた、という。ここから北の方にある山岳の方に棲んでいたが、突然、人間が攻めてきたと」
「……なるほど、そんなことが……」
カイトは腕を組みながら唸り、思わず眉を寄せる。
(北を、攻めている?)
ここは兵士たちはもちろん、冒険者たちが攻めてくる気配すら見せない。だが、そちらでは動きがあるということだろうか。
「族長、彼らはダンジョンがここにあると知って来たのでしょうか。それとも、偶然?」
「うむ、それは不思議に思った点でな。聞いてみたところ、どうやら彼らはここにダンジョンがあることを聞きつけたらしい」
「誰から?」
「魔物伝手に。半信半疑だが、ここに来ることにした、と言っていたな」
その言葉にソフィーティアは、なるほど、と頷きながらカイトに視線を向ける。
「あり得る話だ。カイト様。エルフたちが落ち延びている情報は広く知れ渡っているだろうし、エルフの中には獣人など他の種族と交流している者もいる」
「そういうことか」
エルフを受け入れたことが、そういった風聞を呼ぶことになったらしい。想定外の展開に眉を寄せながらカイトは口を開いた。
「族長、それにソフィーティア――他の種族が、ここに押し寄せてくる可能性はあるか」
「――否定は、できん」
族長は少し考えてから低い声で告げた。視線を上げ、顎を撫でながら続ける。
「どうも聞いている話では、北では人間の気配が多く難儀したと言っている。もしかしたら大規模な狩りが行われているのかもしれん。そうなれば、そこから逃げた魔物たちが我らの場所に来るやもしれない」
その言葉にカイトは深くため息をこぼした。
(――つまり、難民問題か)
地球でもあった問題だ。住まいを失った難民たちは時折、逃れた国の治安を悪化させることもある。ただ、人道的な面から無下にできないのも難しく、地球の国々は頭を悩ませてきた。
それがまさか、異世界でも起こり得るとは。
カイトは視線を上げると、フィアとローラが心配そうに見つめていることに気づく。それに軽く微笑みかけて安心させると、視線をソフィーティアに向けた。
「他の種族に対しても、エルフと同じように対応する。つまり臣従するまでは隔離する。ただ、臣従させた後もエルフとは別の場所で暮らさせるようにする」
「それが懸命だな。文化的な摩擦が起きかねない」
ソフィーティアは頷き、少しだけ目を細める。
「だが、エルフと違い、血気盛んな種族も少なくはない。臣従せずに略奪や暴力行為に走る者も充分に考えられる。その場合は、どうする?」
「…………」
その言葉にカイトは束の間、逡巡する。
地球では人命が関わる故にかなりデリケートな問題として扱われていた。
だが、ここでは異世界――地球のような常識やモラルはない。つまり、最適解は分かり切っているのだ。
あとはそれを決断する勇気だけ。
「――カイト様」
ふと横から小さく声が響き、そっと手が握られる。視線を向ければフィアが真紅の瞳で真っ直ぐに見つめていた。励ますように手を握って小さく微笑む。
それに後押しされ、カイトは視線をソフィーティアに戻し。
確固たる口調で断言する。
「抵抗した者には容赦をするな――ダンジョンの糧に、なってもらう」




