第7話 ローラの正直な気持ち
「に、兄さま、どうしてここに――!」
ローラが木陰から飛び出し、カイトに飛びついてくる。その感触に少しだけほっとしながら、カイトはその背に手を回してぽんぽんと叩く。
「ダンジョンマスターは仲間の位置を把握できるからな。とはいえ、漠然と方角だけだから、ローラのいる方向をひたすら歩いてきた――結構遠くまで来たな。ローラ」
ちら、と視線を近くの泉に向ける。
その泉はダンジョンの敷地内にはなかったはずだ。ダンジョンコアが力をつけてきたことで、影響圏内に取り入れたのだろう。
つまり、それだけ遠くまで歩いてきた、ということで。
ローラは何かに気づいたように辺りを見渡し、軽く息を呑む。
「ね、ねぇ、兄さま、姉さま――警護の誰かは?」
「フィアはコアの警護。僕の傍にはローラだけだが?」
その言葉にローラは一瞬にして絶句し、口をぱくぱくさせる。
「ば、ば、ば――っ」
「――ば?」
「……っ、兄さまの、ばかっ!」
ぽか、と胸板を強く殴られると同時に、ローラはカイトの腕を掴み、視線を空へと向ける。それから魔力を漲らせ、ばさ、と翼を解き放った。
「何を考えているの……っ、すぐに戻るよっ!」
焦った声でローラはカイトの身体を抱えようとするが、直後、一際大きな風が吹き抜け、森を大きく揺らした。
それと同時に強まってくる雨音――それにローラは唇を噛み。
ちら、と後ろを振り返って強引に手を引っ張った。
「兄さま、こっち――こっちなら、雨風凌げる場所があるから……っ」
ローラが引っ張っていったのは、小さな洞窟だった。
といっても、広くはない。二人で雨宿りするのが、丁度いいくらいのくぼ地。そこに避難すると、次第に雨は激しさを増し、ざあざあ、と降り注ぎ始める。
それを見ながらカイトはフィアに念話を繋いで状況を説明した。
『――ということで、ローラと合流できたけど、雨が強くてね』
『ひとまずよかったです――すみません、カイト様。妹がご面倒を』
心配の念を強めていたフィアは安堵を伝えると、少し考えてから告げる。
『ローラが傍にいれば、ひとまずは大丈夫だと思います。雨が止んでからお戻りになるが良いと思います。いい機会ですから、ローラと少し話してやってください』
『……ああ、そうだな』
『無論お説教などでもいいですが――先ほど、私が申したことは?』
『もちろん、覚えている』
カイトは言いながら内心で苦笑する。
ローラにしっかり向き合って欲しい、ということはここに来るまで心に刻んでいた。それにローラの思いつめたような表情を見れば、言われなくても向き合いたくなる。
『で、あれば、私に気にせずカイト様はローラと向き合ってください。ローラはのらりくらりごまかすところがありますから、容赦なくやって結構ですので』
『苛烈だな。フィア』
『姉ですから。勝手に拗ねている妹のことを、少しは理解しているつもりです……全く、人の面倒を勝手に焼いた挙句、自分で勝手に拗ねているんですから』
『誰かさんにそっくりかもな』
『……否定はしませんね。姉妹ですから』
フィアの笑う温かい気配が伝わってくる。カイトは目を細めると、フィアに念話を続ける。
『じゃあ、しばらくダンジョンのことは任せた。侵入者があれば適切に対応してくれ』
『了解しました。何かあれば連絡ください。その場合はすぐに行きますので』
『ああ、それじゃあ』
念話を切る。カイトは岩壁にもたれかかって一つ息をつき、ローラを見やる。
ローラは黙々と乾いた枝を折り、薪を作っていた。彼女がふっと息を吹きかけ、火の粉を飛ばして着火すると、見る間に火は大きくなっていく。
その一方で、ローラはどこからか取り出した縄を持って立ち上がる。程よい高さにある岩の出っ張りに引っかけて結わえ、簡単な物干しを作り出した。
それからカイトを振り返り、素っ気ない口ぶりで告げる。
「兄さま、服脱いで」
「ん、乾かすのか?」
「当たり前。風邪引かれたら困るから」
ん、と彼女は顔を背けながら腕を突き出してくる。カイトは苦笑しながら濡れた服を脱ぎ、彼女に手渡した。彼女はそれを縄に引っかけ、広げていく。
焚火の上で揺れる自分の服。それを眺めていると、ローラはぺたんとカイトの隣に座り込み、むっつりと黙り込んでしまう。
「――怒っているのか? ローラ」
カイトが隣に腰を下ろしながら訊ねると、ローラはもぞもぞと座り直しながら、小さく吐息をこぼした。
「うん。兄さまには少しだけと――自分自身に対して」
「自分自身?」
「ん、兄さまに迷惑をかけた私自身にね」
彼女はそう言いながら小さくため息をつき、視線を伏せさせながら告げる。
「ごめんなさい。兄さま。心配、かけたよね」
「ああ、もちろん。今回の件もそうだが、最近はローラから距離を感じていたし」
「……別に、避けていたわけじゃないよ?」
「そうか?」
そう言いながら、ちら、とローラの方を見る。
その距離は拳一個分だけ離れている。先ほど座り直したときに、それだけの距離を置いてきたのだ。今まではぴったりと甘えるように寄り添っていたのに。
それを自覚したのだろう、ローラは居心地悪そうに告げる。
「だって、兄さまは姉さまのものだし、姉さまは兄さまのもの――」
「そして同時に、ローラは大事な仲間の一人だぞ」
カイトはそうさらりと言葉を返すと、ローラは言葉を詰まらせて視線を泳がせる。それからむすっと唇を尖らせると、軽く彼の肩を叩いた。
「兄さまのばか……私の言いたいこと、分かっているくせに」
「はは、悪い。まぁ、何となくは理解できるけど」
カイトは小さく笑いながらそっと距離を詰める。ローラはもぞもぞしたが、逃げたりはしない。それから頬を赤らめてカイトの方をちら、と見る。
「なんで兄さま、今日はそんなに間抜けなの? マスターなのに単独行動するし、姉さまも放っておくし――」
「そんなに間抜けか? 結構、似たようなことはやっているが」
特にフィアやローラが関わるときは無茶をやって、みんなから戒められた記憶がある。それを思い出して苦笑しつつ、カイトは言葉を続ける。
「ただ、今回はそうしてでも、きちんと話しておきたい大事な人がいたから」
「……っ」
その言葉にローラは膝の間に顔を埋めてしまう。その表情は伺い知ることができないが、その声は感情が滲み出るように震えている。
「ずるいよ、兄さま……っ、私、兄さまと姉さまを支えるために一歩退いているのに、強引に近づいてくるんだから……っ」
「僕もフィアも、ローラが離れることは望んでいないよ」
そう言いながらカイトは手を伸ばしていた。ローラの濡れた髪を撫で、かき分けながらその表情を伺う。
横目でカイトを見るローラの顔は真っ赤だった。瞳は切なげに揺れていて、熱い吐息がこぼれだしている。目が合うと、一瞬にしてローラはぱっと視線を逸らしてしまう。
だけど、もう逃がさない。カイトはもう片方の手を伸ばし、ローラの頬に触れる。両頬を優しく抑えてしまえば、彼女はカイトの方を向くしかない。
できるだけ丁寧に頬を撫でれば、せめてもの抵抗か、ローラは視線をそっぽに向ける。
「目を合わせて、お話はしてくれないのか?」
「い、今はダメ……っ」
「そうやってまた逃げるのか? ローラは。別にいいけど」
逃がさないから。
そう耳打ちしてみれば、ローラはあぅあぅと口をぱくぱくさせて視線を泳がせる。カイトは改めて彼女と視線を合わせながら思う。
(ローラも大概、自分の評価が低いよな)
フィアと同じで可愛らしく気高い火竜であり、カイトの大事な仲間の一人なのだ。かけがえのない存在であり、男性としても好意を抱いていた。
そんな素敵な女性で、愛らしい存在だというのに――。
「まずはローラがどれだけ大切かを懇切丁寧に語る必要があるかな」
声を低くしてじりじりと距離を詰め続ければ、ローラは慌てて胸に手を当ててくる。
「だ、大丈夫、大丈夫だから……っ!」
「本当に?」
「う、うんっ、兄さまの気持ちは充分伝わった……っ、だから……っ」
「ん……そう言うなら、ひとまず」
頬に添えた手を離す。ローラは視線を逸らして大きく息を吐き出した。それでも、頬の赤さは止まらず、彼女は上目遣いでカイトを見て唇を尖らせる。
「……兄さまが、ここまで強引だったなんて」
「ローラが変に拗らせて一歩退こうとしているからだろう?」
カイトは苦笑しながら言うと、促すように彼女の頬を撫でながら訊ねる。
「ローラの気持ちも、聞いてもいいか?」
「私の、気持ち……?」
「そう。フィアに遠慮しなくてもいい。どうしたいかを正直に言って欲しい」
「そ、れは……」
視線を一瞬だけ伏せさせるローラ。だが、カイトが真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ続けると、彼女は視線を揺らしてからぽつりと告げる。
「――私も、一緒にいたい。兄さまや姉さまと一緒の場所にいて、同じように――」
視線が上げられる。その真紅の瞳は切なげに揺れている。溢れだしそうな感情を堪えるように口元を歪め――懇願するように告げられる。
「兄さまに、愛してもらいたい――」
その言葉を聞いた瞬間、カイトの胸から愛おしさが突き上げてくる。それに身を任せるまま、カイトは顔をローラの唇へと近づけていき。
柔らかく触れ合う。瑞々しい感触が広がり、二人の息が止まる。
しばらくのキスの後、顔を離していくと、ローラは小さく吐息をこぼした。ぼんやりとした瞳で自分の唇を指でなぞり、目をぱちくりさせ――。
「……う、そ」
「嘘じゃない――信じられないのなら」
カイトは再び唇を寄せ、ローラの言葉が紡げないようにもう一度その唇を塞ぐ。柔らかい唇にやや強引に塞げば、彼女身体から力を抜き、それに応えてくれる。
何度も唇を重ね、小さく息継ぎを挟みながら、ローラの言葉を奪っていく。
しばらくして唇を離すと、ローラは熱っぽい吐息と共に、カイトの肩に寄りかかっていた。彼女の濡れた服越しに、熱い体温が伝わってくる。
「兄さま……兄さまの、気持ち……すごく伝わってきた」
「伝わってくれたか?」
「うん、とても――それに、逃がしてくれそうにない、って」
「ああ、もごまかそうとしても無駄だ」
カイトはそう言いながらローラの身体を正面から抱きしめる。自分の気持ちを伝えるようにしっかりと。
「ローラ――好きだよ。どこまでも傍にいて欲しい」
「うん、兄さま。私なんかで良ければ、ずっと傍に置いて欲しい」
「ああ、もちろん――」
そう言いながら少し顔を離し、カイトはにやりと笑った。
「と、言いたいが、少しいただけないな」
「……ふぇ?」
きょとんとするローラに、カイトは彼女の脇の下に手を差し込んで持ち上げ、小さな身体を胡坐の上に載せる。戸惑う彼女を間近な距離で見つめながら続ける。
「私なんか――って言ったよな。まだ、ローラは僕の気持ちを分かってくれていないようで」
「……ぇ、あ……っ」
「たっぷり、思い知らせる必要がありそうだ」
ローラは視線を彷徨わせ、やがて観念したように小さく吐息をこぼし。
少しは恥じらいを帯びた、潤んだ瞳で切なげに告げる。
「教えて。兄さま――私の、骨の髄まで」
そう言われれば、もう我慢できるはずがない。
唇を重ね合わせる。微かな水音と吐息が、二人の間で響き渡る。
外で雨音は続いている。その音が、二人の物音をかき消してくれそうだった。




