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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第五章

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第6話 冷たい雨

 雨音が聞こえ始めたのは、夕暮れ前のことだった。

 テントで共に話していたソフィーティアが長い耳をぴくりと動かし、視線をテントの外に向けて告げる。


「――雨、降り始めたな」

「ああ。エルフたちの一部を地下に招いて正解だったか」

「おかげで助かったよ。カイト様。まだテントや家の数が充分じゃないから」


 ソフィーティアはそう言いながらテントの幕を少し開ける。そこからぱらぱらと降る雨粒を眺め、小さく吐息をこぼした。


「――恵みの雨だな。いろいろと助かりそうだ」

「水汲みは大変みたいだな」

「ああ、魔力で成長を促すことができても、水と栄養がなければすぐに枯れてしまうからな。幸い、ここの土は富んでいるのが救いだな」

(まぁ、火計のおかげで、実質焼き畑みたいな形になったからな)


 口に出さずに小さく苦笑し、カイトは机の上に広げた竹簡に視線を向ける。


「何を作るにしても、この区画通りで頼むよ。ソフィーティア」

「ああ、了解しているよ――しかしカイト様は本当に途方もない計略を考えられるな」


 ソフィーティアは苦笑しながら視線を竹簡の図面に向ける。それから視線をカイトの方に向け、軽く眉を吊り上げた。


「だが、これの決定打になるのはカイト様の魔力次第だ――並大抵の魔力では済まない。きちんと補充する術を確立しておくべきだぞ」

「ああ、分かっている。できるだけ魔力を確保するようにしておくよ」

(とはいえ、それも課題の一つだな――)


 解決していない問題はまだまだある。一つ一つを着実にこなしていくしかないだろう。カイトは小さく吐息をこぼしていると、ふとフィアが心配そうに外を見ていることに気づく。


「――フィア、どうかしたか?」

「いえ――ローラがまだ戻ってこないことが心配になりまして」

「む、ローラ殿はまだ戻らないのか。こんな雨なのに」

「そうだな。確かに心配だ」


 カイトはそう言いながら片目を手で覆い、ダンジョンの中を探る。ローラの気配は感じられるので、ダンジョンの森のどこかにいるようだが――。


「森の中のどこか――ただそれがどこかはイマイチ判別できないな。動きはなさそうだから、雨宿りをしているのかもしれない」

「では、迎えに行きますか?」

「そうだな。方角は漠然と分かるし、僕が行ってくるよ。フィアは居住区で待っていて」


 カイトはそう言いながら腰を上げる。フィアはそれを見て心配そうに眉を寄せる。


「お一人で行かれるのですか? さすがに誰かがついた方が」

「いや、僕が一人で行く。ダンジョン内で滅多なことは起きないし、ローラと合流できれば彼女に警護をお願いできるから」


 それにダンジョンコアの近くからフィアとローラ、どちらもいない状況は避けておきたい。万が一、攻め入られたときにコア周囲が手薄になるからだ。

 カイトはフィアの目を真っ直ぐ見つめると、彼女は小さく吐息をこぼして頭を垂れた。


「――御意のままに。ですが、後でたっぷり労ってもらいますからね」

「ああ、もちろん。これは前払いとして」


 カイトはそう言いながらフィアに近づき、そっと頭を抱き寄せて額に口づけする。フィアはその感触に嬉しそうに瞳を潤ませたが、傍のソフィーティアの生暖かい視線に気づいて慌ててカイトから距離を取る。


「か、カイト様、今は仕事中ですよ……っ」

「あ、私のことはお構いなく。フィア殿」

「構います!」


 フィアは顔を真っ赤にしてカイトを恨めしそうに見やる。だけど、その唇は少しだけにやけていて――それをごまかすように顔を伏せ、カイトの背を押す。


「行くなら、さっさと行ってください。ローラをよろしくお願いします」

「ん、ありがとう。フィア。行ってくるよ」


 そう言いながらカイトはテントの外に足を踏み出す。

 降り注ぐ雨が入り交じる空気は、火照った身体に心地よかった。


   ◇


「あーあ」


 降りしきる雨。それを眺めながら木陰でローラは膝を抱えて座り込んでいた。

 近くには泉があり、水が跳ねる音がよく聞こえる。自身の晴れない気持ちを表したような、見事な雨模様だ。冷たい風も吹き渡り、身体の熱を奪い去る。

 だけど、それが頭を冷静にさせてくれた。


(兄さま、姉さま、心配しているだろうな――)


 何せ夕方なのに戻らずに、雨が降っている中、森の中に残っているのだ。

 カイトが念話してこようとした気配もあった。心配している雰囲気も伝わってきた。だけど、ローラは一人になりたくて無視してしまった。

 理由は単純――カイトとフィアが一緒にいるところを見たくないからだ。


(二人が幸せなのは嬉しいけど……なんだか、胸がもやもやするんだよね……)


 嫉妬、というわけではないと感じていた。

 カイトとフィアが結ばれたことは本当に心から嬉しい。だからローラはカイトとフィアをできるだけ二人にするようにしつつ、雑用を進んで引き受けるようにした。

 最近は専らフィアの役目はカイトの供回りであり、それが当然だと思う。

 ただ、その結果、二人のいる場所とローラが遠ざかってしまった気がして――。


(でも、ダメだよね。あんまりちょっかいを出したら)


 二人が付き合う前は、姉を焚きつけるという名目でカイトに悪戯できた。その結果、フィアが怒って、カイトが仕方なさそうに笑い、二人は優しくしてくれて。

 その陽だまりのような空気が、たまらなく心地よかったのに。


(――今は、寒い)


 冷たい風が身を撫で、思わず身震いしてしまう。

 でも、今後はそれが当たり前になっていくのだから、慣れないといけないのだ。幸せな二人のために、ひたすらにこの日陰に身を置き、尽くしていく。

 それがきっと、大好きな二人のためになるのだから――。

 そう言い聞かせながら、ローラは寒さに耐えるようにじっと膝を抱え込み、目を閉じ――。


「ローラ」


 不意に、声が響き渡った。もはや聞き馴染んだ優しい声。

 ローラは慌てて顔を上げ、目の前を見る。そこには茂みをかき分けるように一人の青年が姿を現していた。もう薄暗い闇の中でも見間違えない。愛しい、主人の姿。


 カイトが、そこに立っていた。

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