第4話 捕虜を協力者に
洞窟の中を歩いた先の、とある一角。
そこは垂直に深い穴があり、簡単な牢となっている。その中を覗き込むと、底で一人の女性が黙々と手元で何かを編んでいる。
傍にいるのはキキーモラが三人。何か完成したのか、キキーモラたちは手元で編んでいた紐を見せた。それに女性は小さく笑みをこぼし、キキーモラの頭を撫でる。それはささやかながら仲睦ましく微笑ましい。
カイトはしばらく見守ってからタイミングを見計らい、声を掛ける。
「調子はどうだ。ジェシカ」
「……っ!」
その声にぱっと顔を上げた女冒険者――その表情は瞬時に憤怒と憎悪に染まる。それを見ながらカイトはひっそりとため息をついた。
(――まぁ、恨まれ続けるのも、無理はないな)
彼女はローラが仲間に加わった頃、捕えた冒険者だ。
彼女の仲間はもれなくフィアやローラたちが全滅させており、彼女は唯一の生き残り――それ故に捕虜にした後も憎しみをぶつけ続けられている。
ただ、尋問の結果では貴重な情報を得られたため、生かし続けてきた。
(世話役のキキーモラには、少しだけ心を開いているみたいだし)
憎しみ続けるのも、体力がいる。そんな中で小さな妖精の存在は心の支えになっていたはずだ。おかげで今まで気力を失わずに済んでいるようだ。
彼女はその場で胡坐をかくと、ふん、と鼻を鳴らした。
「随分、久々ね。一か月以上、放置していたかしら」
「悪かったな。いろいろ忙しかった――攻めてきた貴族の軍を滅ぼしたりとか」
「……っ、そう。物音は聞いていたけど」
「けど、ようやく現状になって落ち着いてきたところだ。だから、キミの処遇を正式に決めようと思ってきた」
「……そう。とうとう殺すのね」
「まさか。約束は生きて帰すことだっただろう?」
その言葉にジェシカは驚いたように顔を上げ、疑うような眼差しを向けてくる。
「……正気? バカなの?」
「何とでも」
「私を生かして帰せば、ここのダンジョンのことを洗いざらい吐くわよ。ダンジョンの場所、規模、貴方のことまで――全部よ。それでもいいの?」
「まぁ、そうなってもいいとは思っている。ただその前に言わせてもらうが――ジェシカの情報のおかげで、僕たちは領邦軍を退けることができた。その事実は変わりない」
その言葉にジェシカは黙り込み、カイトを睨んでくる。
(――その情報が明るみに出れば、ジェシカは戦犯扱いされるからな)
無論、カイトたちにそれを通報する術もなければ、たとえそれを喧伝しても信じる者はいないだろう。ただ、その事実は脅しにはなる。
しばらくカイトはジェシカの睨みを受け止めていたが、彼女はやがて視線を逸らし、小さく吐息をこぼした。
「……バカバカしい。こんなこと、言っても仕方ないのに」
それを慰めるようにキキーモラが傍に行き、ぽんぽんと膝を叩く。だが、彼女はそれを乱暴に払いのけ、うるさい、と小さく唸った。
それから視線をカイトに向け、低い声で告げる。
「生かして帰してくれるなら、とっとと解放しなさいよ」
「ああ――と言いたいが、一つ条件がある。難しい話ではない」
「なるほど、そっちが目的なのね――言うだけ言いなさいよ。断ってやるから」
「保護した人間を三名、街に連れ帰って欲しい」
その言葉にジェシカの目は大きく見開き、ぽかんと口が開いた。その戸惑う間にカイトは淡々と言葉を続ける。
「先日、人間に住処を追われたエルフたちを保護した。その彼らが森に捨てられた捨て子を養っていてな。その子たちを人間たちの元に帰すことを検討しているんだ」
(ま、これは作り話だけど)
ただ、ジェシカにはフェイのことを人間と思わせた方が都合がいいと考えたのだ。もちろん、この作り話はフェイ三人娘にも共有している。
こうすれば、三人が世間知らずであることも説明がつく。
それに話している限り、ジェシカはなんだかんだで心優しそうな部分がある。このような同情を誘う言い方をすれば、心がぐらつくだろうと考えられた。
現に、ジェシカの表情が揺らぎ、動揺しているのが分かる。
「無論、断ってくれても構わない。ただ、そうなればその子たちはこのダンジョンで生き続けることになる。もしかしたら人間に攻め込まれて、男たちの慰み者になるかもな」
「……っ」
その言葉にジェシカは奥歯を噛みしめると、またしてもカイトを憎しみを込めて睨みつけてくる。それから吐き捨てるように続けた。
「あんた、本当に大っ嫌いだわ。反吐が出そう」
「その言葉、甘んじて受けるよ」
「そういうところも大っ嫌い――本当に、大っ嫌い」
ジェシカはそう言うと膝を抱えて座り込んでしまう。やがて小さくぽつりと告げる。
「――少し、考えさせない。少しくらい、いいでしょう?」
「……ああ、もちろん」
カイトは頷き、傍にいるキキーモラたちに頼む、と手でジェスチャーする。キキーモラたちは熱心に頷き、彼女の傍へと駆け寄る。
それを見届けてからカイトは穴の牢屋から離れて振り返る。
そこには無言でカイトとジェシカのやり取りを聞いていたフェイ三人娘がいる。しばらく無言で四人は牢屋から遠ざかると、聞こえない位置でカイトは口を開いた。
「あの子が唯一の捕虜だ。他の仲間は止むを得ず、殺した」
「戦場の習いですね。仕方ないかと」
シズクは間髪入れて言うが、アリスティアは共感してしまったのか視線を伏せさせている。一方でリリスは何か気になるように穴倉の方を振り返って告げる。
「結構、気丈な子っぽいね。ジェシカって子」
「ん、まぁな。とはいえ、脆いところも多分ある」
「そりゃ女の子だしね――ん、何となく仲良くなれそうな気がするかも。あの子と」
リリスは少しだけ目を光らせ、ぺろり、と舌なめずりする。カイトは軽く肩を竦めると、程々にな、と小さく留めるに置く。
それから三人を順番に見て言葉を続けた。
「恐らくだが、ジェシカは明日にも三人を連れる決意をしてくれるはずだ。そうしたらすぐにでもこのダンジョンを発ち、街に紛れ込むように。生活基盤を確立したら、情報収集に専念してくれればいい。焦る必要は、ないから」
「……承知いたしました」
三人とも整った顔立ちに真剣な表情を浮かべて頷いてくれた。
――そして翌日。
キキーモラを経由して、ジェシカの決断がカイトに伝えられた。
これにより、カイトの諜報戦略が本格的に動き出そうとしていた。




