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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第五章

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第2話 新たな情報とほのかな嫉妬

「――人間社会に紛れ込む魔物、か」


 カイトと族長、キルシェの会談は夕暮れまで続いていた。

 彼はカイトに臣従を誓ってから、カイトの語る戦略に耳を傾けていた。それらを否定することなく、時折、意見を差し挟むだけだが、どれも唸らされる意見ばかりだった。

 やがて、カイトが諜報戦略について意見を求めると、族長は腕を組んで唸る。カイトはフィアが差し出したお茶を受け取りながら頷いてみせる。


「ああ、今後の情報を得るために絶対的に必要なのだが」

「非常に難しいところですな。ふむ、しばし時間をいただきたく」


 族長もソフィーティアから茶を受け取り、唇を湿らせながら考える。カイトもお茶を飲んで一息つき、後ろをちらりと振り返る。

 フィアは変わらず立ち続けており、カイトと視線が合うと軽く微笑む。


「フィア、座ったらどうだ? ここで咎める者はいないぞ?」

「いえ、今の私は従者ですので――後ほど、その言葉に甘えさせていただきたく」

「なら、そのときは存分に」


 カイトが言葉を返せば、フィアはほんの少しだけ頬を染めてはにかんだ。それに思わず目を細めながら視線を戻せば、エルフ二人が微笑ましそうな表情で見ていることに気づく。カイトは気まずくなり、軽く咳払いを挟む。


「すまない。話を戻そうか」

「いや、気にしなくていいぞ。カイト様――ふふ、良かったな。フィア殿」

「な、何のことですか。ソフィーティアさん」


 視線を泳がせるフィアにくすりとソフィーティアは笑ってから、今度こそ話を戻すように族長に視線を向けた。


「それで族長、思い出されましたか」

「うむ――百年以上前のことだが、人間とエルフにまだ交流があった頃があってな。その際、人間社会に紛れている魔物と会った記憶がある」

「……その種族は、一体?」

「フェイ、という魔物だ」


 その言葉にカイトは思わず目をぱちくりさせた。フィアも首を傾げ、ソフィーティアはこめかみを何度か叩いてから、ああ、と声を上げる。


「確かフェアリーの亜種でしたな」

「左様。キキーモラたちと同じく妖精の一種である。尤も彼女たちは羽根を持たず、人間に近しい身体を持つ。好んだ者に奇跡の力を与える、という伝承もあるな」

(……あ、そういえば)


 ふと学生の頃、読んだアーサー王伝説を思い出す。

 作中に登場する魔女、モーガン・ル・フェイ――彼女もまた美しい妖精として描かれていた。それを思い描きながら、族長に視線を戻す。

 その族長の傍でソフィーティアは少し嫌そうに表情を顰めていた。


「とはいえ、その美貌で人を誑かすことしか能のない連中です。第一、人間社会に紛れ込めるのもほとんど魔物としての魔力を有さないからですし」

「まぁ、ソフィーティアの言うことも否定はせん。大体、フェイという連中は権力者に取り入るのが非常に上手く、そのたびに国を傾けてきたと言えるからな」


 族長は深々と頷きながら言い、カイトに視線を向けて苦笑をこぼす。


「すまない。カイト様。つまらないことを申した」

「いや――とはいえ、そのフェイとやらは面白そうだ。実際に人間社会に入り込めるのであれば、密偵として大いに役立つと思う」


 特に人に取り入るのが上手いのであれば、様々な情報を集めることが可能だ。族長は有意義な情報を提供してくれたと感じられる。

 カイトは族長に向き直り、深々と頭を下げる。


「情報提供、感謝する――またご意見をいただくこともあると思う」

「その際は喜んで提供しよう。その代わりといっては何だが、エルフたちを手厚く遇していただければ幸いだ」

「無論。それに関してはソフィーティアと相談して良きようにするつもりだ」


 族長の言葉にしっかりと頷き、カイトは椅子から腰を上げた。視線を外の方に向ければ、もう西日が差し込んできていた。


「では、遅いので、今日はここまでで失礼する」

「うむ、この老樹の知恵が必要ならばいつでも来てくれ」


 そう告げた族長は深々と頭を下げ、彼がテントを出るまで頭をずっと下げ続けていた。


   ◇


「んー、フェイの召喚かー」


 夜――ダンジョンの居住区に戻り、カイトはローラに族長の話を共有していた。

 水浴び後の彼女の髪はまだ湿っており、カイトはその後ろで髪を乾かすのを手伝う。そうしながら密偵としてフェイの召喚を検討していることを伝えると、彼女は眉を寄せた。


「何か懸念点でもあるか? ローラ」

「いや、そういうわけじゃないけどね」


 カイトは団扇で髪を乾かしながら何か言いたげなローラの言葉を待つ。彼女は少しだけ頭を振って考えてから口を開いた。


「私も知らなかったんだけど、フェイって美しい女性なんだよね?」

「らしいな」

「それで権力者に取り入るのが上手い、と」

「族長曰く」

「じゃあ――兄さま、取り入られちゃうんじゃない?」


 その不安そうな声に思わずカイトは団扇を扇ぐ手が止まってしまった。ローラは仰け反るようにして、後ろに立つカイトを見上げて唇を尖らせる。


「兄さまのこと、疑っているわけじゃないけど……でも、ぽっと出の女に誑かされるのは見たくはないかな。私としては」

「そこは信じてくれ、としか言えないな……」

「まぁ、私としては構わないけど、姉さまは十中八九拗ねるよ」

「あー、確かに」


 実際、族長の会談の後、フィアは無口だった。洞窟の中に入ると、手を握ったり腕に抱き着いたり、やたら構って欲しそうにしてきたのだ。

 だから、夕食まではフィアと一緒の時間を過ごしていたのだが。


(もしかしたら、フェイのことで不安になったのかもな)

「ちゃんと恋人ならケアしてあげないと」

「ん、確かにそれもそうだ」


 カイトは一つ深々と頷き――ふと気づいてローラに視線を落とす。


「……あれ、ローラ、知っているのか」


 カイトとフィアが付き合い始めたことを。

 それを口に出さずに首に傾げると、ローラはにへら、と小さく笑ってみせる。


「知らなかったけど、多分そうだろうな、って」

「カマ掛けたのか……」

「えへへ、ごめんなさい。でも、おめでとう。兄さま」

「……ん、ありがとう。ローラ」


 礼の気持ちを込めて頬を突っつくと、ローラはくすぐったそうに笑い声をこぼしながら真紅の瞳を細める。


「でも、姉さまだけじゃなくて、私にもちゃんと構ってね。じゃないと拗ねるから」

「もちろん、分かっているよ。ローラも大事な仲間なんだから」

「なら良し、だよ――あ、兄さま、髪の毛ありがとう。もう大丈夫」

「ん、どういたしまして」


 確かに髪の毛はもう充分に乾いていた。団扇の手を止めると、ローラは慣れた手つきで髪の毛を二つに結い、ちら、とカイトを振り返る。


「フェイの件は、兄さまの判断でいいと思う。ただ懸念点としては姉さまが拗ねないかと、あとちゃんと人間社会に紛れ込めるか、だよね」

「確かにそうだな。僕たちは人間社会の一般常識に疎いし」


 フィアやローラたちは魔物であり、カイトは別世界から来た住民なのだから。

 だが、その対策は一つだけ思いついていた。


()()は果たして力を貸してくれるかな――)


 その一点だけが懸念点だ。カイトは少し考えていると部屋の扉が音を立てて開いた。視線を向ければ、髪を湿らせたフィアが入ってくるところだった。


「ただいま戻りました。カイト様。ローラ、髪を乾かしてくれます?」

「えー、兄さまにやってもらえば?」


 そう言いながらローラはカイトに目配せする。カイトは小さく笑いながら頷くと、フィアは申し訳なさそうに眉を寄せながら傍に歩み寄る。


「いいですか? カイト様」

「ああ、いつでもする約束だろう?」


 カイトが頷くと、ローラはぴょんと椅子から跳ねるように立ち、フィアと入れ替わるように部屋から出ようとする。


「ローラ、もう寝るのですか?」

「うん、二人っきりを邪魔しても悪いし。ごゆっくりー」


 ひらひらと手を振りながら部屋を後にするローラ。フィアは目をぱちくりさせていたが、カイトを振り返りながら、もしかして、と訊ねる。


「――ローラ、私たちの関係を感づいています?」

「ああ、それでさっきカマを掛けられた」

「……全く、あの子は」


 フィアは額に手を当てながらため息をつき、椅子に歩み寄って腰を下ろす。カイトはその後ろで髪に触れ、団扇で乾かしながら苦笑する。


「まぁ、遠からず伝える話だったことだよ。フィア」

「……まぁ、そうですね」


 フィアは小さく吐息をこぼすと、嬉しそうに目を細めながら振り返る。


「こうしてカイト様と一緒のお時間を過ごせるわけですし」

「ああ、そうだな」


 もう互いに触れることに遠慮はない。髪を触れる延長で彼女の頬に触れると、フィアはほんの少しだけ頬を染め、くすぐったそうに笑う。

 それに胸を温かくしながら、カイトはふとローラと話していたことを思い出す。


「そういえば昼間の話――フェイのことだけど。フィアはどう思う」

「どう、というと?」

「嫌じゃないかな、って」


 その言葉にフィアは少し迷うように視線を伏せさせていたが、やがて顔を上げると困ったような表情を見せた。


「個人的なことを言うと、少し複雑ですね。フェイは綺麗な女性の姿を取ると聞きますから――カイト様が心移りされるのではないかと」


 そこまで告げてから、フィアは苦笑いをこぼした。


「本当に個人的な気持ちですので、悪しからず」

「いいや、ありがとう――聞けて嬉しいよ。フィア」


 いつもならば、彼女は自分の意見を封じ、客観的な意見を述べるに留まる。だけど互いの気持ちを通じ合わせた今なら、彼女は心中を共有してくる。

 カイトは髪を梳きながら頭を撫で、彼自身の本心も口にする。


「申し訳ないけど、戦略的に考えた場合、フェイは導入するべきだと考えている。けど、僕の心はフィアからは離れない。もし離れそうなら、戒めて欲しいくらいだ」

「嬉しいお言葉です。それだけで私は充分です」

「本当にこれだけで充分?」


 カイトがからかうように訊ねると、フィアは視線を彷徨わせ、唇を尖らせる。


「……それは……その言い方は、ずるいです」

「でも、正直な気持ちが聞きたいから――我が儘、聞かせてくれるか?」


 カイトはそう言いながら団扇の手を止める。いつの間にか、彼女の髪は乾いていた。フィアは離れる手を名残惜しそうに見やり、迷うように視線を彷徨わせ。

 それから、頬を染めたフィアは遠慮がちに小さく腕を広げ、囁いた。


「今日も――いっぱい、ぎゅっとして欲しいです。カイト様」

「……ああ、お安い御用だ」


 その可愛らしいおねだりに少しだけくらっとしながら、カイトは応じる。

 そして、椅子に座った彼女を掬い上げるように横抱きにした。それだけでフィアは真紅の瞳を熱っぽく潤ませ、甘い吐息をこぼす。

 期待するようなフィアの眼差しにカイトは見つめ返し、柔らかく告げる。


「――寝室に、行こうか」

「はい、カイト様――御心のままに」


 そう言うフィアの身体は熱く、柔らかさも伝わってくる。それに胸を高鳴らせながら、カイトは彼女を抱えたまま、寝室へと向かう。

 今日の夜は激しく熱いものになりそうだった。

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