第1話 避難してきたエルフたち
カイトとフィアが想いを通わせ合った翌日――。
二人で地上に赴くと、エルフたちが慌ただしく行き交っていた。見る限り、テント群は急速に数を増やしている一方で、そこには収まりきらないエルフたちが森の方に見える。
その光景を目にしながら、思わずカイトは呟く。
「――結構な数が避難してきたんだな」
「集落は完全に一つは潰され、他の集落も攻撃されたようです。今回、逃れてきた避難民は百人を優に超えます」
フィアの解説に一つ頷きながら、カイトは目を細めて続ける。
「しかも今回は避難の体勢がほとんど取れず、着の身着のままのエルフも少なくない。そんな彼らを受け入れるのは、いくらソフィーティアと言えど大変だろうな」
結局、昨日は大いに忙しく、細かい報告は今日まで待って欲しい、とソフィーティアから念話で伝えられていたのだ。そして今も尚、彼らは今も奔走している。
「今、声をかけても邪魔になるだけですかね」
「どうだろうな。少し様子を見ながらになりそうだな。場合によっては人手を貸さないといけないだろうし」
カイトとフィアはエルフたちの様子を伺っていると、丁度、ソフィーティアが洞窟の方へ歩いてきていた。目が合うと、眉尻を下げながら駆け寄ってくる。
「カイト様、フィア殿、ご機嫌よう――様子を見に来てくれたのか?」
「ああ、そんなところだけど、邪魔になっていないかな」
「大丈夫だ。一応、受け入れは一段落していてね。カイト様も今、お時間は?」
「こちらも大丈夫だ」
「なら、少しだけ時間をいただけるか? 会っていただきたい人もいる」
そう言いながらソフィーティアは手招きして歩き出す。カイトは頷きながら歩き、彼女の隣に並んだ。フィアはカイトの一歩後ろに付き従い、静かに歩く。
それをソフィーティアは振り返り、少しだけ眉を寄せる。
「カイト様、フィア殿……その、余計なお世話だと思うが、きちんと時間は取れたか?」
「ああ、もちろん」
「おかげさまで、ゆっくりとさせていただきました」
カイトとフィアは応えながら視線を交わし合う。目が合えば、フィアは落ち着いた表情で彼を見つめ返し、小さく頷いてくれる。
それだけで思い出すのは昨日のひと時だ。想いを通わせてから、二人は
カイトは微笑み返してからソフィーティアに視線を向けて礼を口にする。
「世話をかけたが、もう大丈夫だ。ありがとう。ソフィーティア」
「――そうか。それなら良かった」
ソフィーティアはふっと表情を緩め、視線を先に向ける。既存のテント群から少し離れた場所には、またテントが張られている場所がある。
「さて――受け入れたエルフ衆だが、ひとまず我々、臣従をすでに誓ったエルフとは分けた場所で待機してもらっている。当然だが、これは反乱対策だな」
「気を遣ってもらって痛み入るよ。ソフィーティア」
「いいや、ダンジョンの一員として当然のことをしているだけだ」
ソフィーティアと共に、カイトとフィアは避難したエルフたちの傍に向かう。そこで座り込んでいる彼らは 怪我している者も少なく、顔色は憔悴し切っている。
そのエルフたちの間ではミレーヌたちを始め、数人のエルフが見て回っているようだ。
「人数は?」
「現状、百二十人余りだ。ただ、まだ逃げ延びてくるエルフはいると思う」
「なるほど、増える見込みか」
つまり、エルフだけで現状、ダンジョン内は百五十人――町までとはいかないが、共同体の規模まで発展してしまっている。
ただ、その中でもソフィーティアはきちんと統制しているらしい。
彼女は厳しい口調ではっきりと告げる。
「エルフたちには規律を守り、互いを尊重するように伝えてはいる。カイト様に不都合があれば、遠慮なく言って欲しい。我々は土地を間借りしている立場なのでな」
「ああ、ありがとう。僕たちにもできることがあれば言って欲しいが」
「なんの。ひとまずゴーレムを貸してもらえているだけで充分だとも。植林も順調に進んでいるからね」
ソフィーティアは軽く笑って告げると、通りかかったエルフに声を掛け、何事かと言い含める。そのエルフは頷くと、足早に避難民のテント群に引き返した。
ソフィーティアはすぐにカイトに振り返ると、真剣な顔つきで告げる。
「カイト様――我らが族長も避難してきている。ぜひ、会っていただきたい」
族長は、避難民のテントの一つにいた。
エルフたちは見た目が若々しい者が多いが、族長は明らかに年老いており、顔や手には皺が深く刻まれている。まるで老樹のような雰囲気だ。
とはいえ、その紫紺の瞳には確かな意思の光はある。
カイトがその前に歩み出ると、族長は立ち上がって深々と頭を垂れた。
「お初にお目にかかる。マスター、カイト様――今回は我らナハト族を始め、エルフ衆を迎え入れたこと、感謝申し上げる」
「いえ、こちらにも利があったからこそ。お礼は不要だ。ナハト族族長殿」
顔を上げて欲しい、と手振りで示すと、族長はもう一度頭を下げてから顔を上げた。同席するソフィーティアは咳払いすると、カイトと族長に手で示す。
「二人とも椅子に座って話しましょう。今後のことも協議する必要があります」
「うむ――とはいえ、ここのことはソフィーティアに一任しているがな」
族長は苦笑をこぼしながら椅子に座り、カイトも椅子に腰を下ろす。その後ろにフィアは無言で立ち、静かに傍で侍ってくれている。
「改めて――マスターのカイトだ。こちらは従者のフィア」
「よろしくお願い致します」
「うむ。ナハト族族長のキリシェと申す」
族長、キリシェと視線を交錯させる。敢えて敬語は使わず、対等であることを意識しながら、カイトは肚に力を入れて言葉を続けた。
「集落が襲撃された由を伺いした――心中お察しし、お悔やみを申し上げる」
「そのお言葉だけでもありがたい。しかし、まさか大規模にあそこまで攻めてくるとは」
「何人ほどが来たか、詳しく伺っても?」
「無論だとも――我々はどうやら人間共を侮っていたようでな」
彼は一息つくと、忌々しそうに表情を歪めて言葉を続ける。
「連中が襲ってきたのは夜のことだった。物見のエルフによれば、百人以上が唐突に森の中から現れたのだ。我々は準備こそしていたが、連中は森に慣れているようでな、気づくのが一瞬遅れ、集落内への侵入を許してしまった」
ただ、と族長は語気を強くし、拳を握りしめながら告げる。
「エルフの戦士たちは大いに奮戦した。集落内の地形を活かして戦い、人質に取られれば自ら命を絶ち、人間たちに優位を取らせまいとした。そのおかげもあり、我々はすぐさま集落を落ち延びることができたのだ」
「――なるほど、勇敢な戦士たちのおかげだったのか」
「うむ……それに比べると、私は生き恥を晒すばかり。先祖代々の地を守れないどころか、森に殉ずることすらできなかった。口惜しや――」
「族長、貴方は充分責任を果たされました。よくぞエルフたちをまとめてここまで」
俯いてしまった族長に、ソフィーティアは肩に手を置いて慰めを口にする。族長は小さく吐息をこぼすと、首を振って視線を上げる。
「私にできたのは、ここまでだ。ソフィーティア。先も申した通り、この地でのことは其方に一任する――我が一族のことを頼むぞ」
「無論です。ですが、族長にも大いに働いていただきますよ。特にカイト様は族長の知識を大いに必要としていると思います」
「そう、であるか――この老樹の知識でよければ、喜んで」
族長は視線をカイトに戻し、小さく笑って見せる。その表情は元気がないように感じられ、弱々しい印象だ。カイトは目を細めると頷きながら告げる。
「頼りにさせていただこう。ただ、その前に充分な休息を取られた方が――」
「お気にされるな。カイト様――むしろ、私に役目を与えてくだされ。そうでなければ、命を賭したエルフたちに顔向けができん故な」
その言葉に目を合わせれば、瞳だけは強い意志の光を放ち続けている。それに思わずカイトは気圧されるように一つ頷き、ゆっくりと口を開いた。
「であれば――お言葉に甘え、その知恵、存分に絞っていただこうか」




