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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第四章

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第15話 想いを通わせて

 カイトがフィアと出会い、行動を共にしてまだ三か月ほど――。

 だが、思い返せば、彼女と過ごした時間は濃密であり、楽しい毎日だった。

 始めは二人だけだったダンジョン生活はレム、キキ、そしてローラを迎え、徐々ににぎやかになっていく。そんな中でもフィアは傍にいてくれ、常に笑顔を見せてくれた。

 いつしか、その存在が当たり前になっていた日常。

 そのありがたみを彼女が不在の期間で、カイトはまざまざと思い知らされていた。


 事ある毎にフィアの姿を探し、不在を実感して物足りなくなり。

 彼女と言葉を交わせないことに、落ち着かなさを抱いてしまう。

 そんな日々でふとフィアの笑顔を思い出し、急に胸が締め付けられて。

 ――これが恋しい、という気持ちなのかと自覚して、苦笑してしまった。


 そして、ミレーヌから急を知らされたとき。

 フィアがいなくなってしまうことを想像し、大いに狼狽えてしまった。

 どうしたら良いか分からなくなり、とにもかくにも彼女を助けたくて動きそうになり、ローラとソフィーティアに慌てて止められたほどだ。

 どうにか冷静さを取り戻し、カイトはすぐにローラとシャドウウルフたちを援軍に送り出したが、その後、彼は作業が手につかず、頭の中はフィアのことで一杯で。


 だから、フィアが無事に帰ってきたときは我慢ならず、彼女の身体を抱きしめていた。もう傍から離したくない――そんな気持ちが溢れてしまって。


(――さすがに、フィアを困らせてしまったかな)


 居住区に戻ったカイトは反省する。正面に腰を下ろすフィアはどことなくそわそわし、視線を泳がせている。

 すでに二人は小川で泥を流し、身体を清めていた。ソフィーティアが気を利かせて作業を引き受けてくれたため、久々にカイトとフィアは二人だけの時間を過ごしている。

 今までになく落ち着かない気持ちで、カイトは口を開いた。


「ローラはまだ戻らないかな」

「エルフたちの殿軍を引き受けていますので――夕暮れには戻ると思いますが」

「そう、か……だったら今は」


 二人っきり――そう言いかけ、思わず口を噤んだ。フィアもカイトを意識するようにちら、ちらと視線を送っては顔を伏せさせてしまっている。


「――疲れているなら、休んでもいいぞ。フィア」

「いえ、大丈夫です――その、できればお傍に」

「それはもちろん、構わない、けど……大丈夫なら」

「はい、大丈夫、ですので……」


 ぎこちない二人のやり取り。距離感を手探りで探るようなやり取りに、二人は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

 それからカイトは白湯で唇を湿らせてから


「じゃあ――折角だから話を聞こうか。道中、どうだった?」

「はい、申し上げます」


 フィアはこくんと一つ頷き、いつも通りに落ち着いた口調で説明してくれる。


「東部のエルフの集落に辿り着いたわけではありませんが、ミレーヌさんの案内を参考にすると、最短で五日くらいで辿り着けます。ただ、森はかなり入り組んでいるので、飛んでいけば意外と近い距離かもしれません」

「なるほど、木の密度はやはり増すのか?」

「はい、それと沼地が多い印象で――」


 カイトはフィアの言葉に耳を傾けながら、目を細めた。彼女の声を聞いていると、いつもの日常が戻ってきたと実感できる。

 フィアはゆっくりと東部の状況に説明してくれる。

 地形、環境はもちろん、彼女が感じ取ったことを全て。

 それらはカイトが知りたかった情報を充分に含んでおり、非常に参考になる。


「――とはいえ、結局、途中で避難するエルフの誘導を優先し、集落には至れませんでした。折角なら、そこの環境も確かめたかったのですが」

「いや、充分な働きだったよ。特によくあの状況で柔軟に対応した」

「えへへ……カイト様ならどう判断されるか、必死に考えた結果です」


 そう言いながらフィアはカイトを見つめ、苦笑をこぼした。


「カイト様――怖いですね。あんな風に判断するのは」

「確かにな。自分の判断が間違っていたら、と思うと、心臓が止まりそうになる」


 カイトは苦笑を返しつつ、でも、と柔らかく言葉を続ける。


「ただ、誰かを……フィアを失うかもしれない。それに比べればな」

「……っ」


 その言葉にフィアは少しだけ目を見開き、微かに頬を染めて視線を伏せさせる。そして、少しだけ自信がなさそうに言葉を続けた。


「お言葉は嬉しいですが、私の代わりなどいくらでも――」

「いるはずが、ない」


 思わず即座に言葉を返していた。自然と語気が強くなり、フィアは驚いたように顔を上げる。その見開かれた目を見つめ返し、カイトは一つ深呼吸した。


(――いつもなら、口にしないけど)


 数日前、ミレーヌから言われた言葉を思い出す。


『言うべきですの。フィアさんをどれくらい大事に思っているか、とか。意外とこういう気持ちは口にしないと、伝わりませんの』


(――ああ、全くその通りだな)


 カイトは目を細めながら認めると、フィアを見つめながらゆっくりと告げる。


「ここ数日、フィアがいない日々が続いて実感したよ。僕にとってフィアがどれだけかけがえのない存在なのか」

「……カイト、様」

「疑うならローラにも聞いてみてくれ。フィアがいないだけで、作業に手がつかなくて」

「では、ローラが言っていたことは、本当……?」

「ん、もう聞いていたのか」


 気恥ずかしくなって頬を掻くと、はい、とフィアは頷いておずおずと言う。


「私がいないのに、私のことを呼んでくださった、と」

「……ああ。いつもいるのは自然だったから。だから、ついね」


 苦笑を一つ挟み、カイトはフィアの真紅の瞳を見つめる。その瞳は食い入るようにカイトを見つめてきて、視線が絡み合う。

 自然と引き出されるように、カイトはフィアに対する気持ちを口にしていた。


「フィアの代わりはいない。この世界に来てから支えてくれた大事な人で、唯一無二の相棒で、言葉では言い表せないくらいに信頼していて、二度と手放したくなくて――」


 己の心の言葉を口にしようとするが、上手くまとめることができない。

 それでもできるだけ表現しようと言葉を続ける。その言葉にフィアは微動だにせず、ただカイトの言葉に耳を傾け、カイトを見つめる。


(……ああ、もどかしい)


 見つめるだけで自分の気持ちが伝わればいいのに。

 彼女の瞳から彼女の気持ちが伝わって来ればいいのに。

 柄でもなくそんなことを願ってしまう。

 カイトは思わず視線を彷徨わせるが、フィアは椅子に静かに座り、彼の顔を見つめ続ける。どこか熱に浮かされたように、潤んだ瞳で彼の言葉を待っている。

 彼はそれに背中を押されるように、絞り出すように気持ちを吐露していた。


「――どうしようもないくらい、フィアのことが、好きなんだ……」


 ああ、言ってしまった。

 カイトの内心を痛烈なくらい気恥ずかしさが襲う――ここまで言うつもりはなかった。第一、告げられたとしても、フィアは困るだけだろう。

 あくまで、カイトは主人、フィアは従者――この感情はその垣根を越えてしまうのだから。思わず顔を抑えながら、カイトは再び口を開こうとする。

 忘れてくれ――そう、言おうとして。


「――嬉しい、です。カイト様」


 フィアからこぼれた、熱を帯びた小さな声。それに思わず指の間からフィアの顔を見る。目が合うと、彼女は頬を火照らせながら感極まったように瞳を揺らしていた。

 泣きそうに表情を揺らがせながら、でも同時に微笑みも浮かべようとしていて。

 彼女は頬に手を当てて、小さく言葉を続けた。


「そんなお言葉をいただけるなんて、思いもよりませんでした……本当に嬉しくて、嬉しくて……どうしましょう、私、夢を見ている……?」

「……夢でもなければ、嘘でもないよ。フィア。僕としては恥ずかしくて、忘れて欲しい言葉だけど……」

「カイト様のお言葉なれど、今回ばかりは無理です……っ」


 フィアはぶんぶんと首を振り、両手で自分の顔を覆い隠してしまう。その隙間から垣間見えた彼女の表情は喜びを隠しきれず、嬉しそうで――。

 やがて、彼女はほんの少しだけ視線を上げると、切々とした声で告げる。


「――ずっと、心のどこかで諦めていました。私たちは主従――従者の身分で、貴方に好意を抱くこと自体、不遜だと思っていました」

「……あ……」


 その言葉はカイトにも重なるものがあった。

 いつしかカイトも主人たろうとして、どこかこの気持ちから視線を逸らしてきた。正直に告白するのが恥ずかしかったこともあるが、同時に既存の関係に甘えていたのだ。

 この居心地のいい、主従関係に。


(でも――気づいてしまったら、もう戻れない)


 カイトは自然と立ち上がり、フィアの方に歩み寄る。彼女は両手で隠しながらも上目遣いでカイトを追いかけ、そっと立ち上がり。

 その両手をカイトの胸板に当てる。確かめるように、ゆっくりと。

 そして、そっと自らの意思で彼女はカイトの胸の中に身体を預けた。


「ああ、カイト様――カイト様」


 小さく名を口ずさみ、フィアはカイトの背に腕を回す。カイトもそれに応え、彼女の身体を優しく抱きしめた。

 今までは抱きつくことも、触れ合うことも遠慮がちだったフィア。

 だけど、今は自身の意思で歩み寄ってくれた。

 瞳を見つめれば、胸から熱い想いが込み上げてくる。

 だけど、苦しくなくて、愛おしくて、優しくて――今までに感じたことがない。

 優しい、鼓動。


「……フィアルマ」

「……カイト様」


 互いに名を呼び合えば、交わった視線に引き寄せられていく。

 気が付けば、フィアの長い睫毛が間近で揺れている。上気した頬と、蕩けた瞳。熱い吐息がぶつかり合い、お互いの唇を濡らす。

 そして、互いに最後の距離を詰めて。


 唇が、そっと触れ合った。


 湿った部分が、燃えているように熱い。背筋を熱いものが走り、思わず身震いをする。フィアはそっと目を開け、照れくさそうにはにかんだ。


「キス……しちゃいましたね」

「もう少し、するか?」


 カイトの掠れた声に応じたのは、フィアの唇だった。食いつくように身を乗り出し、唇を押しつけてくる。重なった唇から、熱い吐息が漏れた。

 カイトは一瞬驚いたが、すぐにその肩を支えて優しく抱きしめる。

 そのまま、フィアの髪に手を添え、優しく梳きながらそれに応えた。

 柔らかくキスを受け止め、鼻がぶつからないように少しだけ首を傾ける。彼女は夢中でむさぼるように唇を重ね――熱に浮かされた瞳で見つめてくる。


「ん……っ、カイト、様っ、ん、ん……っ」


 唇が重なり合うたびに響き渡る水音。甘い喘ぎ声が重なり、耳が蕩けそうだった。

 息継ぎで、お互いの息がこぼれる。どちらからともなく、笑みがこぼれだした。さらに唇を求めてくるフィアの頬に手を添えて、カイトは目を細める。


(もう――主従関係だけでは、いられない……)


 もうその一線を踏み越えることに、躊躇いはなかった。


「――フィア、大好きだ。ずっと、傍にいて欲しい」

「はい、カイト様、大好きです。永久に、お傍に」


 想いを口にし、再び唇を重ね合う。

 胸から突き上げる気持ちはもう止めようがなく、二人はひたすらに互いを求め合い続けていた。

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