第13話 狩人たちの決断
狩人視点
「――――っ!」
森が、揺れた。
そう錯覚するほどの轟音に、森を駆けていた狩人たちは思わず耳を塞いでいた。猟犬たちは怯えてその場に平伏すほどの大音声。
しばらく彼らはその場に膝をついて身を固くしたが、咆吼が止むと全員茂みから顔を出す。そのうちの一人――狩人を束ねる壮年の男、キッドは低い声を響かせる。
「お前たち、大丈夫か。犬は逃げていないな?」
「あ、ああ……怯えちまって動かねえけど」
「動けるように腰でも叩いとけ――今のは、やべぇぞ」
「分かるけど、一体なんだってんだ、キッド」
茂みの中から狩人たちの声が聞こえる。キッドはしばらくの沈黙の後に答える。
「今のは多分、ドラゴンの咆吼だ」
「ドラゴン――こんなところでか?」
「確かにバカでかい咆吼だったが……」
狩人たちが半信半疑なのも無理はなかった。
彼らはエルフ狩りで金を稼ぐ狩人集団だ。森に慣れており、木々の合間を駆けることはもちろんのこと、魔獣の気配なども感じ取れる。
だが、今までの道中、ドラゴンの気配など一切感じなかったのだ。
匂いはもちろんのこと、排泄物や痕跡の一切に至るまで。
ただ――キッドには確信があった。
「一度、似たような咆吼は聞いたことがある。だからドラゴンに類する何かなのは違えねぇ――お前たち、慎重に行くぞ」
「……退かねえのか? キッド。なんだか危ねえ気がするが」
「少し様子を見るだけだ。もしかしたら、ドラゴンから逃げようとしたエルフを捕まえられるかもしれねえ」
そう言いながらキッドは近場の足跡を見る。そこには真新しいエルフの足跡が刻まれている。つい最近、ここを歩いた証拠だ。
つまり、エルフたちはドラゴンと遭遇した可能性が充分に考えられる。
「犬を充分に使え。エルフを見つけたら即、笛で合図。深追いはしない」
キッドは端的に指示を飛ばせば、狩人たちは頷き、再び前へと進み始めた。キッドもそれに続きながら、わずかに眉を寄せていた。
(――今回のエルフ狩りはどうもきな臭いな……)
キッド率いる狩人集団は、以前から何度もエルフ狩りを行ってきた。
理由は明快――エルフは奴隷商人に高値で売れるのだ。エルフは迷いの森で獣を狩るよりも容易く、それでいて高値がつくのだ。
最初はキッドと数人の仲間だけでやっていたが、次第に仲間が増えていき、大所帯となっていった。そしていつしかエルフを誘拐するだけでなく、集落を襲うようになった。今回も奴隷商人の要請を受け、目星をつけていた集落を襲ったのだが――。
(ほとんどのエルフを逃がしちまったし、逃げたエルフたちも逃げ足が速い――)
襲った集落には、男のエルフたちばかりで、高値がつく女子供は一人もいなかった。その残ったエルフを締め上げれば、もうすでに逃げたという始末。
ならば追いかけて捕まえるまで、と狩人を繰り出したが、なかなか追いつけない。
いつの間にか、あれよあれよ、という間に西の深い方まで進んでいたのだ。
(ここで少なくとも何人かエルフを捕まえたいんだが――)
その意味では、このドラゴンの出現は好機だと思えた。混乱したエルフが足並みを乱し、どこかで隠れているのを捕まえられるかもしれないのだ。
それに期待して、キッドたちは慎重に前へ、前へと進んでいき――。
「――っ」
不意に、異変が目に入り、キッドは思わず足を止めた。
森の一角。そこだけは不自然に拓けていた。そこで何か巨大な何かが暴れたように木々がへし折れており、地面の下草や低木は黒焦げになって煙を上げている。
薄暗かった森だが、木々が蹴散らされたせいでそこだけ明るい。
「――キッド、これは……」
他の狩人たちもそこに至り、息を呑んでいる。狩人の一人が猟犬に匂いを嗅がせていたが、瞬間、猟犬は飛び跳ねて縮こまってしまう。
訓練された猟犬が恐れるほどの何かが、ここにいたらしい。
(だが――周りには他の痕跡も一切ない)
キッドは辺りを見渡す。そこには周りには明確な足跡、爪痕も残っていないのだ。それがつまり意味するのは、巨大な生き物が突然ここに現れ、消えたということ。
あまりにも不気味。背筋に冷たいものが走る。
(エルフは充分捕らえられていない。だが、退くべきか――?)
キッドは思考を巡らせる。今回、捕えられたエルフは男が十数人――これだと取引先である奴隷商人は満足しないだろう。
だが、明らかにここにいた存在は得体が知れない。
(ひとまず辺りを調べるべきか――)
キッドは冷静にそう判断した瞬間だった。
再び、森を轟かせる咆吼が響き渡ったのは。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
その大音声に狩人たちはまたしても耳を塞ぎ、体勢を低くする。キッドは顔を顰め、耳を塞ぎながら音の方向に視線を向ける。
音は森の彼方――いや、違う。
(頭上――空……っ!)
弾かれたように視線を空に向ければ、上空を大きな何かが横切っていった。
それを視界に捉えた狩人の一人が腰を抜かし、その場でへたれ込んでしまう。
「ど、ドラゴンだ……っ、本当に出やがった……っ!」
「や、やべぇぞ、キッド……!」
「おい、こら逃げるな……っ!」
狩人のみならず、猟犬も恐慌状態に陥り、逃げ出そうとしてあらん方向に駆け出す。キッドはすぐに我に返り、弾かれたように叫んだ。
「退くぞ、お前たち!」
キッドの狩人としての鋭い聴覚は、大音声であってもしっかり認識していた。
今の咆吼は先ほどの咆吼と似ているが、全く別物だった。それが意味することは一つ。
(この近くに、二匹のドラゴンがいやがる……!)
そんな危険地帯にいるのは金を積まれても御免だ。
(この際、報酬は二の次――今は命あっての物種だ……っ!)
キッドは瞬時に踵を返し、進んできた道を素早く引き返す。狩人たちも慌ててそれに続き、森の中を駆け抜ける。
その彼らに追い打ちを掛けるように、森の中から獣たちの遠吠えが響いていた。




