第12話 エルフとフィアの逃避行
フィア視点
(こんな事態になるとは思いませんでした……)
フィアは小さく嘆息しながら木の幹に背を預ける。
辺りは木々がひしめき合う森――西部に比べると密度が高く、薄暗い。移動するのも難儀し、迷いの森の名に相応しい様相だった。
そこをかき分けるように、エルフたちは懸命に歩いている。
彼らは集落から逃げ出し、ひたすらに避難している道中である。怪我人も多く、支えい合いながら必死に進んでいく。ただ、その足取りは明らかに重く。
もはや、追手に追いつかれるのは時間の問題だった。
(――まさか、ソフィーティアの集落が焼かれるなんて)
避難する彼らと出会ったのは四日前のこと。
集落を目指していたミレーヌとフィアは偶然、彼らと出会い、人間たちに集落を襲われたことを聞かされたのである。
不幸中の幸い、というべきか、ソフィーティアの集落では避難の準備が進んでいた。そのため、エルフの男たちが襲撃者たちを食い止める間に、エルフたちは西を目指して移動を開始――その集団と運よくフィアたちは出会えたのだ。
『最初は他の集落を頼ろうかと思ったが、どうにも他の集落も襲われたようでな――そのエルフたちを集めながら、こうして西を目指しておった』
そう告げたエルフの長老は深々と頭を下げ、フィアに対して震える声で告げる。
『伏して願う――どうか、我々をお助け下さらんか』
その悲痛さを感じさせる頼みを無碍にすることは、フィアにはできなかった。少し悩んだ末、フィアは返答を口にする。
フィアはカイトならどう答えるか――それを思い浮かべながら。
『助けられる保証はありません。ですが、あなた方を迎え入れる意思を示した以上、最大限の努力をします』
それからフィアは追手を食い止めるべく、できる限りの手を打ちながら。
ひたすらにダンジョンの方角を目指してエルフを率いていた。
「フィア殿、ただいま戻りました」
その声に視線を上げる。そこには若々しい顔つきをした青年のエルフが立っていた。彼は一礼してから、背後を振り返って告げる。
「言われた通り、いくらか罠を仕掛けてきました。ただ、人間たちは大分距離を縮めてきています。半日以内には、追いつかれる距離です」
「そう、ですか。よく保たせた方でしょうね」
フィアは小さく吐息をこぼし、目の前の青年を労うように微笑んだ。
「ご苦労でした。ジョナ」
彼にはまだ体力が残っている元気なエルフを率い、罠を仕掛けに行ってもらった。罠はカイトから教わった括り罠――蔦や枝があればすぐに作れるものだ。
当然、その程度の罠であれば簡単に脱け出すことができる。
だが、罠があると分かれば、自然と足が遅くなる。仮にそれに足を引っかけて怪我をすれば、それを手助けする人員も必要だ。
(つまり、相手の足を遅くする役目は、充分果たしてくれましたね)
それはこのエルフたちを逃がすのにおいて、まさに値千金だ。
「先に行かせたミレーヌも恐らくダンジョンに到着し、我が主に窮地を伝えたはずです。あともうひと踏ん張りすれば、我々は安全地帯に逃げられるでしょう」
「――上手く行くでしょうか。フィア殿」
「何とかするのですよ。ジョナ。そのために知恵を巡らせるのです」
不安がる青年にフィアは叱咤の声をかけながら、心の中のカイトに呼びかける。
(――そう、ですよね。カイト様。いつも貴方がそうしていたように)
彼もきっと、この状況ならこれが最適解だと判断したはずだ。
そして、彼ならば執る次の一手は――。
「ジョナ、後は怪我人に手を貸し、できるだけ前に進むようにしてください」
「はい。あの、フィア殿は?」
「私はこのまま最後尾にいます。敵が来たら、私が食い止めましょう」
その言葉にジョナは息を呑み、恐る恐る訊ねる。
「それは……危険、なのでは?」
「当然ですね。人間の数がどれくらいかは分かりませんが」
断言する。慢心するつもりは一切なかった。
なぜならば、ここはダンジョンの敷地の外。そのため、フィアの体内魔力は通常に半分以下になっている。
(元の姿に戻れる時間も実質半分――その状況で勝てるかどうか)
冷静に戦力を分析するフィアに対し、ジョナは唾を呑み込んで手を挙げる。
「でしたら、自分も――」
「それは、なりません。というか、足手纏いです。近くに貴方たちがいたら巻き込むことを恐れて、本気を出せませんから」
フィアはきっぱりと首を振り、真っ直ぐにジョナを見据えて告げる。
「大局を見誤らないでください。今重要なのは、貴方たちが一刻も早く安全な領域まで逃げること。それなら、他のエルフたちに手を貸し、一歩でも早く前に進むべきです」
その言葉にジョナはぐっと唇を嚙みしめていたが、失礼します、と頭を下げてエルフたちの方へと駆け出す。それを見届けてから、フィアは背後を見やりながら目を細める。
(――大丈夫です。勝算がないわけでは、ない)
というよりも必ずしも勝つ必要はない――時間を稼げば良いのだ。
そうすれば、ダンジョンからすぐにカイトが増援を繰り出してくれるはずだ。それまで耐え抜く――それに注力すればいい。
(カイト様――信じています)
彼ならば必ずフィアの目論見を察してくれるはず。
彼女はそう信じてエルフたちの最後尾につき、ゆっくりと牛歩のように進み続ける。
――そして、時は来た。
夜を挟んで翌日の朝――近づいてくる人間の匂いを感じ取ると、フィアは素早く最後尾のエルフたちに低く声を放った。
「急ぎなさい――敵が、来ました」
「……っ!」
その言葉に若いエルフたちはいち早く年寄りたちを抱え、素早くその場から駆け出す。全員が一気に前へ逃げ始めたのを感じながら、ついにフィアは足を止めて振り返る。
(ダンジョンまであと一日という距離――間に合いませんでしたか)
あとはフィアがどれだけ時間を稼げるのか。
フィアは唾を呑み込みながら、耳を澄ませる。荒々しく茂みや木々をかき分けて進む人間――それに交じって獣の息遣いもする。猟犬だろうか。
判別しきれないが、息遣いの数は五十。
まともに相手して包囲されれば、フィアとて勝てるかは怪しい数。それを前にフィアは神経を研ぎ澄ませると、体内の魔力をかき集めて燃やす。
今まで戦わず、駆けずに温存した魔力を一気に膨らませる。
瞬間、フィアの身体は業火に包まれた。
業火は瞬く間に巨大化し、その中でフィアの身体は変化していく。華奢な手は鋭い爪を持つ牙に、白い肌は強固な真紅の鱗を生やし、小さな身体は巨大な竜の身体へと。
その業火の中でフィアは大きく息を吸い込み。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
森を震わせる咆吼を、解き放った。




