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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第四章

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第11話 フィアがいない日々

「フィア、聞きたいことが――」


 昼過ぎ、竹簡に目を通していたカイトは何気なく声をかけながら振り返り。

 苦笑いを浮かべているローラと目が合い、思わず口を噤んだ。

 彼女は小さくため息をつくと、腰に手を当てて告げる。


「兄さま、まだ姉さまは帰ってきていないよ。当たり前だけど」

「……そう、だな。分かっているつもりだったんだが、つい癖で」


 カイトも思わずため息をこぼし、竹簡を畳んで部屋の椅子に腰を下ろした。

 そう、まだフィアは東部へ出かけてから帰ってきていない。まだ彼女たちが発ってから十日しか経過していない。時間的には確実にあちらにはついているはず。

 だから、戻ってくるのは五日ほどかかる。それは分かっているはずなのに――。

 カイトは再びため息をこぼすと、ローラはカイトの正面に腰を下ろして目を細める。


「姉さまがいないのが寂しい?」

「ん――そうだな。寂しいというか、物足りないというか」


 カイトは頷きながら背もたれに深く背を預ける。

 考えてみれば、この世界に転生してから、フィアは片時も離さず傍にいた存在だ。今は寝室が別だが、まだ石室しかなかった頃は二人で同じ部屋で雑魚寝していた。

 もはや一緒にいるのが当たり前になっていた存在。

 彼女が傍にいないだけで、カイトはどこか落ち着かない日々を過ごしていた。


「で、姉さまに何を聞こうとしていたの?」

「新しく召喚する魔物の候補について。人間社会に溶け込める魔物っていたかな」

「んん……? まぁ、人型の魔物はいくらか思いつくけど……なんで?」

「諜報員として使いたくてな」


 この辺はフィアだったら言わなくても察してくれるだろうな――と思ってしまい、カイトはまた苦笑いをこぼしてしまう。

 あー、とローラは納得したように頷きながら腕を組み、眉を寄せる。


「そういう意味だと魔物を選ぶよね。姉さまも知っているかな」

「やはり、難しいと思うか?」

「うん。人型の魔物ならエルフもそうだし、ドワーフとか、あと獣人とかもそうだね。だけどまず外見が違ったりする」


 確かにエルフは耳が長いし、獣人は察するに獣の身体的特徴が出ているのだろう。人間社会は自然と異なる外見のものを排他する傾向があるため、彼らが社会に入り込むのは非常に難しいだろう。

 それに、とローラは指を立てながら言葉を続ける。


「よくよく探知してみると、体内魔力の質や量が違う」

「体内魔力……というのがあるのか」

「そう。魔術に長けている人間はそれで種族を判別したりする。だから、魔物が街の中に入り込むのは至極困難なんだ。とはいえ、人間社会と交流している魔物もいるのは話に聞くから、社会に紛れ込むのは不可能ではないと思うけど」


 そういえばソフィーティアも言っていた。昔は人間と交易していたエルフもいた、と。


(そして裏を返せば、今はそうではない――)


 人間たちは奴隷としてエルフを狩るような真似もしているのだ。迷いの森東部の街はもちろん、西部も恐らく同じだと思われるが――。

 そこにどうやって諜報を仕掛けるが、非常に悩ましい部分ではある。


「……ソフィーティアに聞いてみたら?」

「無論、聞いてみたよ。ただ、森に棲む魔物以外はあまり詳しくないらしくて。人間に化けることを考えたら、妖霊に近い魔物が良いとは聞いたけど」

「あー、サキュバスとかヴァンパイアとか、そっち系だね。薄暗い場所とか、瘴気が漂っている沼とかに棲んでいる魔物」

「なるほど、そういう子たちもいるんだな。さすがファンタジー世界」


 カイトは頷きながら、今聞いた内容を竹簡の端にメモしてから、それを畳んだ。ローラはそれを眺めながら、少しだけ申し訳なさそうに告げる。


「ごめんなさい、姉さまならもっと意見を出せるのだろうけど」

「いや、気にしていないよ。ローラはローラで、傍にいてくれて楽しいし」

「えへへ、本当? それは嬉しいな」


 ころころと笑ってみせるローラの笑顔は無邪気で、見ていると心が癒される。ただ、やはり妹だけあってその顔はフィアに似通っていて。

 自然とフィアの存在を思い出し、少しだけ寂しさを感じてしまう。

 カイトはそれを打ち消すように首を振ると、ふと気になったことをローラに訊ねる。


「そういえば、ここ数日、ローラは悪戯してこないな。どうした?」


 ローラは何かとつけてスキンシップが激しい子だ。

 特にカイトとフィアが話していると、横から急に抱き着いてきたりするのだが、ここ数日はフィアのように一線を引いた位置で傍にいるだけだ。

 彼女の豊かな胸や柔らかい身体を押し付けられると、煩悩が増してしまうので、カイトとしては助かるのだが――急に距離を置かれると、それはそれで寂しい。

 カイトは不思議に思ってローラに視線を向けると、たはは、とローラは笑いながら視線を泳がせた。


「その――姉さまがいないと、つまらないし」

「まぁ、いつもフィアはいい反応するからな」

「それに……あまり兄さまを困らせるつもりもないし。二人っきりのときは姉さまの言う通り、慎みを持った方がいいかな、って」

(……ふむ?)


 何となく取ってつけたような理由に、カイトは首を傾げる。

 嘘は言っていない気がするが、はぐらかされているような気もして。

 カイトはローラをじっと見つめてみるが、彼女は視線を逸らしたまま、カイトを直視しない。仕方なしにカイトは腰を上げ、彼女の正面に向かう。


「に、兄さま、何かな?」

「いや、何か隠されているような気がして」

「に、兄さまに、隠し事なんてないよ……っ」

「なら、目を見て話してくれるか」

「う、うん――」


 ローラはおずおずとカイトと目を合わせる。無邪気な表情は今はどこか神妙になり、そわそわと身動きしている。次第に真紅の瞳は少し潤み、頬も朱に染まり。

 視線が、また逸らされてしまう。

 その様子にまさか、とカイトは目を細めた。


(恥ずかしがっている――? ローラが?)


 試しにカイトは手を伸ばし、彼女の二つ結いにされた髪に触れる。これはいつものスキンシップであり、事ある毎にやっている行為だが。

 彼女は緊張するように身を強張らせ、視線をあらん方向に漂わせていた。


「に、兄さま、くすぐったいよ……」

「そうか? いつも通り撫でているだけだぞ?」


 そう言いながらさらさらの髪を撫で続ける。ほんの少しだけ、いつもより丁寧に。そしてその延長で頬を指先で撫でてみると、ひゃんっ、とローラは上ずった声をこぼし。

 慌てて身を引き、上目遣いでカイトのことを睨みつけてくる。


「に、兄さま、からかっているでしょ……!」

「はは、悪い。あまりにも反応が可愛らしくてな。いつもの仕返しだ」

「……っ、姉さまがいないからって……っ!」

「そういうわけじゃないけど――なるほど」


 自分で積極的にスキンシップしてくる割に、ローラは恥ずかしがり屋らしい。相手から迫られると余計に戸惑ってしまうらしい。

 予期せぬローラの一面を知り、思わず笑みをこぼしていると、ローラは拗ねたように唇を尖らせ、ふん、と鼻を鳴らす。


「兄さまがその気なら、姉さまに言いつけるから」

「何をだ?」

「兄さまが姉さまのこと、恋しがっていたって」

「まぁ、それは事実だけどな」

「じゃあ、兄さまに虐められたって」

「フィアがそれを信じるかな。日頃の行いを鑑みると」

「ぅぐ……っ」


 言葉を詰まらせたローラはぐぬぬ、と悔しそうな顔をする。あまり見たことがないローラの顔に笑ってしまいながら、悪い、と軽く頭を叩いた。


「少しからかい過ぎたな。フィアがいないと、どうも調子が狂うな」

「うう……姉さま、早く帰ってきて欲しいな……」

「本当に。そうしないと、またローラをからかうしかないからな」

「もうっ、兄さま……っ!」


 怒ったように両手を振り上げるローラだったが、本気で怒っている様子はなく、口元は少し緩んでいて。カイトは笑いながら、悪い、と謝り続ける。

 その一時を過ごしながらも――ふと思う。


(フィアも一緒に、こんな時間を過ごせたらな――)


 フィアが不在の日々。それを過ごすたびに、彼女がいないことが身に染みていて。

 どれだけ彼女の存在が大きかったか、思い知らされる。

 早く帰って欲しい――そう願いながら、カイトはローラと他愛もない時間を過ごす。


 そして――その一報は不意に訪れた。


『カイト様! 一大事だ!』

「……っ」


 唐突に響いたソフィーティアの念話に、笑みが引っ込む。手を挙げてローラとの会話を切り上げ、意識をソフィーティアに集中させる。


『一体どうした。ソフィーティア』

『ミレーヌが戻った。緊急事態につき、彼女だけ先行して駆けたらしい』

(ミレーヌが……?)


 その言葉に思わず目を見開き、片手で目を塞いだ。念視でダンジョン内に視界を飛ばす。ミレーヌの姿を探すこと数秒、地表が視界に飛び込んでくる。

 土に塗れ、その場に座り込むミレーヌ。その頬には傷が走っている。

 周りにはエルフたちがいて、彼女を介抱している。ミレーヌは呼吸を整えると、傍のソフィーティアと目配せし――瞬間、念話にミレーヌの意識が割り込んでくる。


『私たちの集落が焼き討ちに遭いましたの……っ』


 その言葉と共に、彼女が見た光景も共有される。

 焼けた集落から落ち延びるエルフたち。それを連れ、フィアとミレーヌたちは来た道を引き返し、急いでダンジョンへと向かう。

 だが、その後ろから追撃してくる人間たち。それを感じたフィアは足を止め――。


『フィアさんが殿軍を引き受けています――至急、援軍を……っ!』

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