第9話 エルフたちと話しながら
「フィア殿のことが心配かな。カイト様」
エルフが建てたテント。そこで雑談をしていたカイトに、ソフィーティアは悪戯っぽい表情で訊ねてくる。カイトは一息つくと、少し苦笑した。
「分かるか? ソフィーティア」
「うむ、少し上の空に感じられる。そうだよな、ミレーヌ」
「ええ、それだけ想われていることに羨ましく感じますの」
お茶を口にするミレーヌも穏やかに言い、軽く首を傾げる。
「もしかして、特別な関係だったり?」
「フィアは大切な相棒だよ。最初期からいる仲間だね。先も話した通りだけど」
ここのテントにお邪魔してから、カイトは彼女たちとこれまでのことを話していた。
フィアと二人で罠を作り、せっせと魔力集めに励んだ日々。フィアとローラは健啖家で食事の作り甲斐があることなど――。
ソフィーティアとミレーヌが聞きたがったので、つらつらと話していたのだ。
それを思い出したのか、ソフィーティアは微笑んで頷いた。
「ふむ、なるほど。だからこその信頼関係、というわけか。何かと呼吸が合っているようだし。何気ない目配せも交わしているようだし」
「ま、その辺は想像にお任せするよ」
肩を竦めながら茶を再び口に運ぶ――その口に広がるのはまさしく茶の風味だ。
ソフィーティアが集落から持ち込んできたものであり、エルフが愛用するお茶らしい。だが、チャノキではなく、どうやら植物の豆から作っているらしい。
ほぅ、と一息ついて飲み干すと、ミレーヌは微笑みながら首を傾げる。
「おかわりは?」
「いただいても?」
「もちろんですの」
ふんわりと笑い、ミレーヌは茶の支度を始める。木の筒に入っていた豆を一粒取り出し、木の器にそれを入れる。そしてそれを軽く砕いてから湯を注ぎ入れた。
それで完成らしい。ミレーヌはそっとカイトにその器を差し出した。
「熱いので気をつけて」
「ああ、ありがとう。ミレーヌ」
「どういたしまして」
器を受け取って香りを確かめる――やはり、茶の香りだ。
不思議なものだな、と思いながら、カイトは唇をエルフ茶で湿らせていると、ソフィーティアはカイトを見つめながら口を開いた。
「カイト様とフィア殿の関係性は詮索しないが、最近、きちんと話しているか?」
「ん、ちゃんと時間は取っているつもりだが」
何せ居住区はカイト、フィア、ローラの三人で共用なのだ。食事や就寝前の時間はきちんと共にし、何気ない会話を挟んでいる。
(あ、でも――)
最近は夜も忙しくしている。エルフが来てからは名簿を作ったり、今後の計画を練ったりしており、それの相談をすることが多い。
何気ない会話、という意味では、ここしばらくしていない――。
それでもしかしたら、フィアの心も不安定になっているのかもしれない。
(結構、フィアは自己肯定感が低いから、ソフィーティアと自分を比較しているのかも)
カイトは思わず眉を寄せていると、ソフィーティアは小さく吐息をこぼして苦笑する。
「マスターであるなら、きちんと自身の配下のケアをしないといけないぞ。たまには二人きりの時間を設け、肚を割って話すべきじゃないかな」
「……諫言痛み入る。とはいえ、時間は用意しているつもりだけど」
「本当ですの? きちんと己の気持ちを伝えておりますの? カイト様」
「…………」
思わずカイトが無言になれば、ふむ、とソフィーティアは腕を組んで目を細める。
「差し詰め、気心が知れ合っているからこそ、あまり気持ちを口にせんようだな」
「……ご明察だな。考えてみれば、口にしていない、か」
最近のフィアは察しが良く、全てを語らずとも行動してくれるところがあった。それに甘えている部分も少なくない。
ミレーヌは苦笑しながら諭すような口調で告げる。
「言うべきですの。フィアさんをどれくらい大事に思っているか、とか。意外とこういう気持ちは口にしないと、伝わりませんの」
(……それも、そうだが)
ただ、改まって伝えるのも、気恥ずかしいのも事実だ。
フィアに対する気持ちはもう感謝だけでない。好ましく思う気持ちもあって――それを正面切って伝えるのは、なかなか勇気がいる。
だから、カイトはごまかすように肩を竦めた。
「時間があれば伝えたいが――ただ、キミたちが来て忙しい日々でね」
「それを言われると耳が痛いな」
「ですの」
ソフィーティアとミレーヌは顔を見合わせて困ったように視線を交わし合う。だが、すぐに二人はカイトに視線を戻し、微笑みかけてくれる。
「だが、エルフ衆が揃ってからは、必ず力になれるはずだ。女子供とはいえ、森の力を最大限に引き出せる種族だからな」
「話を聞いたところだと、食事とかに苦労していたみたいですけど、そういう生産面はお役に立てると思いますの。すでに目途も立っていますし」
「それはありがたい――想像以上に助かるよ」
カイトは軽く頭を下げて謝意を示し、ふと思い出してソフィーティアに視線を向ける。
「と、そういえばそろそろ、またエルフたちを迎え入れるんだよな?」
「ん――ああ、その予定だな。一応前に話した通り、明日にはミレーヌを発たせる予定だ。そこでこのダンジョンに加わることを同意した面々を連れ、戻ってくる」
「目途だと三十人になりますの。ただ、他の集落から希望者が来ている場合も考えられるので、それ以上は考えていただきたいかな、と」
「そうか――なら、ついでに挨拶しに行くべきかな」
何気なく告げた言葉にソフィーティアは目を見開き、いやいや、と笑って手を振る。
「その気持ちはありがたいが、そこまでしてもらう必要はない。むしろ、その道中でカイト様に何かあったら、フィア殿やローラ殿に殺されてしまう」
「とはいえ、僕じゃないとしても誰かしらはダンジョンの代表として、親善の挨拶に行くべきだろうな――」
それに、と内心でカイトは思考を深める。
(この森の東部――その情報を収集する必要もある)
ソフィーティアはでき得る限りの情報を提供してくれたが、別の角度からの情報が必要になってくる。エルフの集落までの距離、エルフの文化など、彼女たちの主観では気づきにくい情報が。
そのためにも、カイトでないにしても、彼の意を受けた者が行くべきだ。
信頼における、腹心のような者が。
そんな相手は、一人しか思い浮かばなかった。




