第8話 複雑な心境
ローラ視点
「――あ、いた。姉さま」
ダンジョンの傍の小川。そこにローラが足を運ぶと、フィアは膝を抱えて座っているのが目に入った。小石を拾っては投げ、水面に波紋を立てさせている。
ローラはその隣に腰を下ろすと、フィアは少しだけ目を見開いた。
「……ローラ、カイト様のお供は?」
「ソフィーティアに任せた。臣従しているから問題ないと思って」
「それはそうですが――よく新参者に任せたというか」
「その新参者が重用されているから、姉さまは拗ねているのかな?」
「…………」
フィアはむっつりと黙り込み、膝の間に顎を載せてため息をつく。それを見てローラは苦笑しながら水面に視線を移した。
「気持ちは分かるけど、大人げないんじゃないかなー?」
「……ローラは、いいですよね」
ぽつり、とフィアは不機嫌そうに呟いた。ローラはきょとんと首を傾げると、フィアは小石をまた拾いながら言葉を続ける。
「翼があるから、いろいろカイト様から頼んでもらえます――貴方だけの役目が、多くあるではありませんか。それに……胸も大きいですし」
その言葉と共に小石がまた放られる。ぽちゃん、と水音が響き渡るのを見ながら、ローラはちらりとフィアを見る。彼女は口を噤みながら軽く首を振っていた。
「――いえ、ごめんなさい。忘れてください」
「あはは、いいよ。姉さま。愚痴ぐらい聞かせて」
「愚痴というものでは――いえ、愚痴ですね。すみません」
また謝る言葉を口にするフィアの様子に、あちゃあ、とローラは苦笑をこぼす。
(今回はまた重傷だね……姉さまの自己肯定感が低いのは今に始まったことじゃないけど)
今までも自分と他者を比較し、劣っていることを自覚して凹むことは珍しくなかった。それをカイトはよく理解し、ケアしていると思う。
ただ最近、目まぐるしい状況変化で、カイトもフィアも多忙だ。
二人の気持ちは徐々にすれ違いつつあるのだろう。
今までならゆっくり時間を取ることで、フィアの機嫌も直っていたのだが。
(これ以降はそうもいかないよねぇ……)
何せ、カイトはダンジョンマスターなのだ。臣従する魔物たちを分け隔てなく愛さなければならない。いくらフィアやローラが古参とはいえ、特別扱いするわけにはいかない。
無論、それなりの理由があれば、また別なのだろうが。
「分かっています。私は火竜の中でも陸竜――平時で役に立てるのは土掘りくらい。対してソフィーティアは知識も多くあり、魅力的な方です。カイト様が重用されるのも無理はないでしょう……それは理解、しているのですが」
「面白くないよねぇ、それはやっぱり」
「……はい。彼が他の者に笑顔を向けていると、胸がもやもやしてしまって」
「兄さまって、優しい人だからね。身内限定だけど」
「それが良さなのは理解していますが――はぁあああ」
フィアの深いため息がこぼれ出す。それからいじいじと地面を弄り始めていた。うんうん、と頷きながらローラも小さく吐息をこぼした。
「これからもっと兄さまの傍に人が増えるんだよね……そういう意味だと、私も憂鬱」
「そう、ですよね……あの、ローラ」
「ん? 何かな、姉さま」
「その、ですね」
珍しく言い淀む姉――少なくとも、妹であるローラには言いにくいことでもずばずば言ってくるのだが。目をぱちくりさせていると、フィアはおずおずと告げる。
「……ローラって、カイト様のこと、その、好き、ですか?」
「いや、それはまぁ好きだけど……」
そうすぐに答えたローラだったが、フィアの微妙そうな表情に気づいた。それにもう一度目をぱちくりさせ、もしかして、とローラは言葉を続ける。
「姉さま、恋愛的な意味で言っている……?」
「そ、そうですよ……っ、それ以外の何がありますか……っ」
フィアは耳を真っ赤にして声をわずかに荒げる。どうどう、とローラは宥めるように手を挙げながら一つ吐息をこぼす。納得した気分だった。
(最近、兄さまに絡むと、姉さまの機嫌が急降下していたからなー)
前からフィアがカイトに好意を抱いていることは、ローラも理解していた。だからこそ、焚きつける意味も込めてローラはカイトに色仕掛けをすることが多かった。
だが最近、フィアの反応は芳しくなく、機嫌が悪くなるだけだった。
それを不思議に思っていたのだが――。
(姉さま、自分の気持ちに気づき始めたんだね。どういう種類の好意なのか、を)
つまり――自身の恋心を、自覚しつつあるのだ。
そっか、そっか、とローラは頷けば、フィアは唇を尖らせながら正面を向く。
「ローラに聞いた私がバカでした」
「ひどいなぁ、姉さま」
ローラは苦笑をこぼしながら自分も近くにある石を拾い上げる。それを眺めながら、何となく自分の胸中の気持ちを口にする。
「そういう意味だと――私の兄さまに対する気持ちは、違うかな」
「……と、言いますと?」
「兄さまは姉さまと同じくらい大事な人、って感じだと思う。だから、いろいろ甘えたいし、悪戯してからかいたいな、と思っているよ」
その正直な言葉にフィアは小さく吐息をこぼし、呆れたように半眼を向ける。
「……なんというか、ローラ――相変わらずですね」
「えへへ」
呆れたようなフィアの言葉に、ローラは小さく笑って舌を突き出す。それから姉に視線を向け、目を細めながら続ける。
「だから、兄さまと姉さまの間に入るつもりはないよ。安心して」
「……っ、べ、別に私は……っ」
フィアは慌てて視線を逸らし、また川に向かって石を投げる。それを見ながらローラはにやりと小さく笑い、背中を叩いた。
「ごまかさなくてもいいよ。姉さま。少なくとも兄さまを意識しているんでしょう?」
「……それは、否定しませんが」
こほん、とフィアは咳払いを一つ挟み、真剣な顔つきを作る。
「いいですか、ローラ。私たちは従者――カイト様に仕える魔物です。主人から寵愛を受けようなど烏滸がましいまで、できるはずがありません」
「じゃあ、いいの? ソフィーティアにカイト様を取られても」
「……っ、……っ、……っ!」
(おー、すごい百面相……)
憤怒、嫉妬、苦悩――そんな表情が一瞬でフィアの顔に浮かんでは消えていく。それから浮かんだのは悲哀が滲んだ諦めの表情だった。
「――カイト様が、それを選ばれるのであれば」
「……姉さま、そこまで葛藤するくらいなら、兄さまに話せばいいのに」
「何を話せというのです。きっと、私の気持ちはあの人の負担になるだけ――」
そう言ってフィアは膝の間に顔を伏せてしまった。ローラはひっそりとため息をつく――本当に恋する乙女のようだ。
(これはしばらく拗らせそうだな――)
フィアがこういう性格であるのはローラも重々承知している。この拗らせようを解決できるのは多分、カイトしかいない。
(とはいえ、今の兄さまに負担を増やすわけにもいかないし)
ただでさえ、エルフの迎え入れで彼は多忙にしている。この前も一人で竹簡に迎え入れたエルフたちの名簿を黙々と作っていたくらいなのだ。
(今は私が愚痴を聞いて慰め続けるしかないかな――)
今回は長引きそうだ、とあきらめることにし、ローラはフィアの愚痴に耳を傾け続けていた。




