第7話 エルフによる開拓
「これは――凄まじいな」
「もうこんなに整備が進んでいるんですね……」
エルフをダンジョンに迎え入れてから五日後。
地上はすでにエルフたちの手が加えられ、様変わりを始めていた。
洞窟の入り口付近では、そこを取り囲むようにエルフの簡単な寝泊まりをするテントが立てられ、簡単なキャンプ地が出来上がっていた。
その傍には畑が作られ始め、そこには作物がすでに植わっている。
わずか五日にして、彼らは生活できる体勢を整え始めていたのだ。
カイトとフィアはそれを呆然と見渡していると、傍に一人のエルフがこちらに気づいて歩み寄ってきた。茶髪のエルフ――ミレーヌだ。
「こんにちは。カイト様、フィアさん」
「ああ、ミレーヌ――すごいな。少し見ないうちに地上が様変わりしている」
「あはは、これくらいは簡単ですわ。自然と活かしながら恩恵に預かるのは、エルフの得意技。それにソフィーティアが指揮していますの」
ミレーヌは穏やかな雰囲気で微笑んでみせると、畑の方に視線を向けて告げる。
「育ちの早い植物なら、あとひと月もできれば収穫できるようになりますの。幸い、この土地は非常に栄養豊かで、私たちが少し手伝うだけで育ちそうですわ」
「……それは、すごいな。じゃあ自給自足も?」
「それくらいだったら難しくないと思いますよ」
「頼もしすぎるな、それは――」
ここまでいとも容易く食糧問題を解決するとは。
思わず肩の力が抜けそうになっていると、ふと畑の方からソフィーティアが銀髪をなびかせながら歩いてきた。カイトを見つけると、小さく笑って近寄ってくる。
「ああ、カイト様、丁度良かった。少しいいだろうか」
「構わないが、何か問題でも?」
「いや、実はここに木々をある程度、移植しようと思っていてな。今、杭を立てている場所があるんだが――」
ソフィーティアは振り返りながら、焼け跡を見る。そこには確かに杭が点々と打ち込まれている。そこを示しながら彼女は言葉を続けた。
「そこが予定地だ。それで相談なのだが、ゴーレムたちの力を借りてもいいだろうか」
「ああ、力仕事が必要なのか」
「そういうことだ。木の選定もすでに終わっている。植える位置も防衛を意識している。櫓として機能させるつもりだ」
「なるほど。そこまで考えているなら、問題ないと思う。レムたちには声をかけておくよ」
「ありがたい。話が通じるマスターだと助かるよ」
「ソフィーティアが優秀なおかげではあるけどな」
場所や木の選定は手際よく、きちんとカイトに対して確認も取っている。さらに必要に応じて助力も求めてくる――見事な采配だと感心してしまう。
ミレーヌが高く評価するのも納得だ。
「他にこちらから支援できることはあるか? 人手とか」
「確かに人手は欲しいが、お気持ちだけ受け取っておこう」
カイトの申し出にソフィーティアは苦笑交じりに応える。その一方で軽く首を傾げながらミレーヌは口を挟む。
「ソフィーティア、水汲みを手伝ってもらうのはいかがですの?」
「さすがにそこまで手伝ってもらうわけにはいかんだろう」
「……水汲み?」
カイトが聞き返すと、ソフィーティアは少しだけ肩を竦めて畑に視線を向ける。
「畑の水やりや生活用水はかなり使うんだ――現状、それに人手が割かれていてな」
「ああ、なるほど」
カイトは思わず納得しながら少し考え、軽く目を細める。
「なら、用水路を引いてみるか?」
「……用水路?」
「川の流れの一部をこちらに引き入れ、水場を近くに持ってくるんだ。灌漑というんだが」
その言葉にソフィーティアも目を細めた。なるほど、と呟きながら腕を組む。
「その考え方は盲点だったな。となれば、上流から流れを作れば――」
「その点なら、僕がやった方がいい。ダンジョンマスターはある程度、地形に手を入れられる。その分、魔力が必要になってくるが――」
「であれば、効率の良い水路の位置取りを考えた方がいいか?」
カイトの考えにソフィーティアは素早くついてきて提案してくれる。自然と視線が絡み合い、二人で不敵な笑みをこぼしていた。
「これに関しては少し時間をかけて考えてみないか? ソフィーティア」
「賛成だ。カイト様と意見を擦り合わせた方がいい考えが出そうだ」
ふふふ、ははは。
二人が不気味な笑い声を響かせているのを、ミレーヌは少し引いたような表情で見やり、引きつった声をこぼす。
「な、なんだか悪だくみをしているみたいで怖いですわ……? ねぇ、フィアさん――フィアさん? 大丈夫ですの?」
(……ん?)
カイトは笑いを止めて振り返ると、顔を伏せているフィアが目に入る。どこか意気消沈しているように見えて――だが、カイトの視線に気づくと、取り繕うように笑顔を見せた。
「楽しそうですね。カイト様」
「ああ、ごめん。フィア、蚊帳の外にしてしまったか」
「いえ、気にしていません、から」
そう言いながら笑うフィアはやはりどことなくぎこちない。
カイトは眉を寄せていると、頭上から翼をはためかせる音が響き渡った。振り返れば、ローラが頭上から舞い降り、ひらりと着地するところだった。
「姉さま、交代の時間だよ」
「もうそんな時間でしたか。ではカイト様、私は休憩を取ってきます」
フィアがぺこりと頭を下げ、その場からすたすた離れていく。その様子にカイトは首を傾げていると、歩み寄ってくるローラも不思議そうに首を傾げている。
「姉さま、元気ないね……何かあった?」
「いや、そういうわけでもないが――最近、確かに元気がない」
「……また姉さま、こじらせているのかな」
「こじらせ?」
「あ、ううん、こっちの話」
ローラは首を振ると曖昧に笑い、ちら、とソフィーティアの方を見る。
「ねぇ、ソフィーティア、さん」
「ソフィーティアで結構だぞ。ローラ殿」
「じゃあ、ソフィーティア。少し兄さまのこと、任せていい? さすがにダンジョンマスターに護衛をつけないのは不用心だし」
「ふむ――新参の私に任せて構わない、と?」
ソフィーティアは軽く目を眇めて訊ねるが、ローラはあっけらかんとした口調で告げる。
「だって臣従しているでしょ? 裏切れないはずだし」
「いかにもそうだが」
「それに貴方はこの人がエルフにとってどれだけ重要かも知っている。そうでしょ?」
「……いかにも、その通りだな」
「なら、確認するまでもないじゃない」
当たり前のことのように告げたローラはカイトを振り返ると、すまなそうに眉尻を下げた。
「ごめんなさい。兄さま。少し姉さまの方を見てくるね」
「ああ、大丈夫――手間をかけさせるな。ローラ」
「貸し一だからね。兄さま」
無邪気に笑い、彼女は軽やかな足取りでフィアを追いかけていく。それを見送っていると、ソフィーティアは少しだけ苦笑をこぼしていた。
「このダンジョンの人材は優秀だな。カイト様の知識には目を見張らされたが、ローラ殿もまた食えないお方だ」
さて、と言葉を切り、彼女はカイトの肩を叩きながら笑いかける。
「折角だから、エルフの茶でも飲んでいくか?」




