第3話 救援の代償
「あの……ありがとう、ございます。マスター」
気が付いたら、床に座り込んでぼんやりしていたようだ。
ふと響いた声に顔を上げれば、いつの間にかフィアルマが戻ってきていた。所在なさげに視線を迷わせていたが、やがておずおずと彼女は訊ねる。
「あれは……貴方が助けてくれたんですよね?」
「あれ、というのは?」
「……戦いの途中、急に力が流れ込むのを感じました」
「ああ……それか」
カイトは軽く苦笑しながら一つ頷き、床から立ち上がる。間近な距離でフィアルマを見れば、その姿は怪我しているようには見えない。
「よく分からないけど、そうみたいだな。僕としては、助けたいと思っただけだけど」
「そうでしたか……重ねて、感謝を申し上げます。マスター」
「気にするな。したくてしたことだし」
それより、と言葉を重ねながら、カイトはフィアルマに歩み寄って訊ねる。
「怪我はないかな。大斧で斬られたみたいだけど」
「あ……それは、問題ありません。いただいた魔力で回復したので」
「そっか。なら良かった――しかし、魔力、か」
「はい。恐らくもうすでにマスターはコアと強く結びついてしまったのだと思います。現に、右手を見て下さい」
言われてカイトは右手を持ち上げる。その手の甲に紋章が浮かび上がっており、ぼんやりと光を放っている。それに目を見開くと、彼女は説明してくれる。
「それはダンジョンマスターの証であり、契約を結んだ証拠です。貴方はマスターとしてコアの魔力を操ることができ、いろいろな恩恵を預かることができます……ただ、その代わり」
そこで言葉を切り、フィアルマは言いにくそうな口調で告げる。
「――もう、この世界から離れることはできなくなりました。元の世界から切り離され、貴方はもうこの世界の住民として認められてしまったのです」
「……ああ、なるほど。そうか」
カイトは小さく苦笑する。コアに触れる直前に抱いた直感は間違っていなかったようだ。もはや後戻りはできなくなってしまった。
ただ、後悔はない。孤児だったがために、身寄りがいないのも大きい。
仕事を放りだす形にはなったが、同僚は優秀だ。きっとすぐに収拾をつけてくれる。
唯一、心残りがあるとすれば――。
(――発見したあの城址を報告できなかったことか)
正直、歴史書に残るレベルの発見だっただけに、それだけはひたすらに惜しい。
ただ、それはもう未練だ。カイトは振り払うように首を振ると、フィアルマに視線を戻した。
「うん、それなら仕方がない」
「……よろしいので?」
「今更足掻いてもどうにもならない話だろう?」
肩を竦めて言うと、そうですが、とフィアルマは頷きつつ、気遣うように見つめてくる。その視線を真っ直ぐに見つめ返してカイトは微笑む。
「気にしないで。これは僕が決断したことだ。フィアルマを助けたいと思ったから、こうしてコアに触れたわけなのだし。できるなら、今後もフィアルマの力になってあげたい」
「……マスター……」
その言葉にフィアルマは感極まったように胸を手で押さえ、じっとカイトを見上げてくる。その眼差しがくすぐったく、カイトは少し冗談めかして言う。
「まぁ、フィアルマは強かったし、僕の助けは不要かもしれないけど」
その言葉に彼女の表情が曇った。視線を伏せさせ、力なく肩を落として口を開く
「――いいえ、弱いです。私は火竜……本来ならば最強であるべき魔獣なのです。なのに、あの程度の人間に遅れを取ってしまい、危うく殺されるところでした。マスターに強化してもらわなければ、この場にいなかったかも……」
そう告げる彼女の声は消え入りそうなほどの声が小さい。瞳も光が弱々しく微かに揺れている――その様子にカイトは何とも言えずに口を噤む。
(ドラゴン――火竜、か)
カイトが見た光景がすでに現実離れしていたが、火竜というのはそれよりも凄まじいのだろう。正直、想像がつかない。
でも――それならば。
「だったら、一緒に頑張ろう。フィアルマ」
カイトは一歩歩み寄り、手を差し出す。その声に彼女は顔を上げる。見開かれた真紅の瞳を真っ直ぐに見つめ、彼はさらに言葉を重ねる。
「僕が魔力を与えて強くなれるなら、どんどん魔力を渡す。鍛える必要があるなら、一緒に鍛えよう。だから、一緒に頑張ってみないか」
「で、も……強くなるのに時間がかかるかも……」
「それでも諦めるのは早い。僕はフィアルマと一緒に頑張りたいと思っている」
力強く言葉を返し、彼女の瞳を見つめると、彼女の瞳が大きく揺らいだ。自信なさげだった表情が微かにひび割れ――やがて、おずおずとその手が伸ばされ。
ぎゅっとカイトの手を、縋るように握っていた。
カイトはその小さな手を握り返すと、フィアルマに笑いかける。
「僕の名前はカイト――フィアって呼んでもいいかな?」
「は、はい……私もカイト様、とお呼びしても?」
「ああ、いいよ。別に、様付けでなくても――」
「い、いえ! ご主人様を呼び捨てになんかできませんっ」
慌ててふるふると首を振るフィア。それがおかしくなってカイトは軽く笑い声をこぼす。釣られたようにはにかんだ彼女にカイトは目を細め、改めて告げる。
「よろしく。フィア――僕はこの世界を全く知らない。だから、いろいろ教えて欲しい」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。カイト様。微力ではありますが、お力添えさせていただきます。火竜の誇りに賭けて」
そう告げた彼女の表情は嬉しそうに綻び、声は力強く弾んでいた。
その意欲に満ちた二人を祝福するように、ダンジョンコアは力強く輝いていた。




