第3話 エルフの訪問者
フィア視点
『緊急招集だ。フィア』
その声が響き渡ったのは、とある日の昼過ぎだった。
フィアは地表部で土を掘り返していたが、その声に一瞬で思考を切り替え、耳に手を当てた。それからカイトに思念を飛ばす。
『侵入者ですか』
『ああ――だが、今確認したところだと、どうも様子がおかしい』
『……様子が、おかしい?』
思わずオウム返しで訊ねると、ああ、とカイトの困惑の念が届く。
『とにかく、来てから話す。他の皆には念のため、配備につくように連絡した。ローラには虎口を守るように指示を出している』
『……了解しました。ひとまずそちらに行きますね』
カイトにしては珍しく迷いを感じる采配だと思える。それほどに対応に困っているのだろうか。フィアは足早に洞窟の中に戻り、駆けていく。
途中にあるダンジョン土塁を飛び越え、奥の居住区へ駆け込むと、彼は難しい顔で椅子に座り、何か考え込んでいた。
「カイト様、一体何が――」
「ああ、フィア、実は対応に困っていてな。確かに侵入者が東から迫っているんだが」
そこで言葉を切ると、彼は困ったように眉尻を下げ、言葉を続けた。
「女一人だけなんだ。しかも、耳が長い――恐らくエルフ、だと思うんだが」
(エルフ――? しかも一人で?)
その言葉にフィアは思わず目をぱちくりさせる。
確かに想定外の事態だ。カイトが困惑して対応を取りかねるのも無理はない。彼は首を傾げながらフィアを見つめて訊ねる。
「この世界でもエルフはいるんだよな? 人間側なのか、それとも魔物側なのか――」
「あ、はい、森に棲む魔物がそう名乗っているのは聞いたことがあります。確か木の精と人間が交わって生まれた種族なのだとか」
「なるほど、じゃあ魔物側、と認識していいのかな」
「恐らく。あまり詳しくないので判断がつきかねますが」
その言葉にカイトは頷き、目を閉じて数秒間思考を巡らせている。フィアはその傍で大人しく待っていると、やがて彼は瞳を開く。その目つきは迷いがなくなっていた。
「――今回の侵入者は侵略が目的ではない、と仮定する」
「はい、ではどのように対応しますか?」
「実際に接触して対話することで相手の目的を測る。本来ならば、そこには僕が出向いて対話すべきなんだろうが――」
「それは危険すぎます。カイト様」
その言葉を予想していたフィアは、カイトの言葉を一刀両断した。彼自身もそう言われるのが分かっていたのだろう、苦笑交じりに頷いてフィアを見つめる。
「――フィア、代弁者を頼んでもいいか。場合によっては危険に晒すことになるが」
「任せてください。私は貴方を守る盾であり、矛なのですから」
「ああ。それでも十分に気をつけてな」
その瞳からはフィアを信頼しつつも、心配するような光が宿っていた。それが嬉しくてフィアは胸が高鳴る。だが、己を律し、表情を引き締めて告げる。
「承知しました。カイト様」
(――必ずやご期待にお応えします)
◇
歩き続けてきたソフィーティアは不意に空気が変わったのを感じた。
空気中に含まれた魔力の流れがある。人間では探知しきれないだろうが、エルフの敏感な感覚は木々の様子を鋭く捉えることができる。
彼女は近くの木に手を当て、神経を研ぎ澄ませた。
(――この周囲の木々は、魔力に満ちている。ダンジョンの影響下にある)
やはり、ここにあった、とソフィーティアは安堵の息をこぼす。
実は目星はついていた。西へと向かう途中、仲間のエルフから気になる情報を聞いていた。こちらの方角で大規模な黒煙が上がっていた、と。
それをダンジョンが軍隊を撃退したときのものと考え、ソフィーティアはその方向に進路を取り、真っ直ぐに進んできたのだ。
(となれば、ここから交渉か――)
ソフィーティアは気を引き締めながら、慎重に一歩、また一歩と歩み出す。
ダンジョンは基本的にマスター、あるいはそれに準ずる魔物が棲息しており、周囲の土地に対して恩恵をもたらしている。
彼らと上手く交渉できれば、エルフたちもその恩恵に預かれるかもしれない。
(だが、下手をすれば敵対――覚悟しなければ)
ごくり、と唾を呑み込みながら、慎重に進んでいき――。
不意に木々が途切れた。ソフィーティアは目の前に入ってきた光景に思わず足を止める。
そこに広がっていたのは黒焦げになった大地――木々は焼け落ち、大地も焦げている。その光景に森を愛するエルフは胸が引き裂けそうになる。
(煙が上がっていた、といっていたから、予想はしていたが――)
それでも心が痛む光景だ。それに立ち尽くしていると、正面から何者かが近づいてきた。その姿にソフィーティアはわずかに身構える。
見たところ、小柄な少女――だが、その身体からは隠し切れないオーラが滲み出ている。何者かは分からないが、高位の魔物であるのは確かだろう。真紅の瞳が値踏みするようにソフィーティアを見据えてくる。
(……まずい……っ)
本能が警鐘を鳴らす――あれは敵対してはならない相手だ。
ソフィーティアは反射的にその場で膝をついていた。それから深々と頭を下げ、敵対する意思がないことを示す。
「許可を得ずに足を踏み入れた頃をお詫びします――私はナハト族のソフィーティア。東の森から参りました」
ソフィーティアは冷や汗を滲ませ、交渉できることを祈る。しばらくの沈黙の後、不意に目の前の少女が口を開いた。
「何の用でこの地に足を踏み入れましたか。エルフよ」
淡々と誰何する少女。感情を殺した声に背筋が凍りそうになる。その恐怖に吞まれないように自信を律しながら、言葉を慎重に返す。
「我が一族が暮らす集落は人間の侵略を受けており、多くの同胞が被害に遭っています。このままではエルフ存亡の危機――そのため、避難できる地を探していました。それでこの地を訪れました」
「…………」
再びの沈黙。それにソフィーティアの鼓動が荒れ狂う。
相手の言葉を待ち続けるべきか、それとも何か説明を付け加えるべきか。それに激しく逡巡していると、静かに少女が口を開いた。
「貴方の集落は、どこに?」
その問いかけにソフィーティアは一瞬言葉を詰まらせ、すぐに答える。
「ひ、東の方です」
「距離は?」
「ここまで……十日、歩きました」
「なるほど。そして人間はどこから攻めてきていますか?」
「我々の集落から見て、東からです。東には人間たちの街があり、そこから攻めてきているのだと思います」
受け答えが続く。そのことにソフィーティアは落ち着きを取り戻しつつあった。少なくとも知りたがっていることを述べている間は交渉を保てる。
何より、殺されることはないだろう。
(……この子は情報を引き出したがっている……?)
推測を深めていると、少女はまた暫くの沈黙の後に口を開いた。
「貴方は森に詳しいエルフと見受けます。この森についてはどれくらい知っていますか? 例えば、広さであったり、どこに何があるかなど」
その言葉に一瞬、ソフィーティアは思考を巡らせ、そして慎重に言葉を口にする。
「多少は知識を有しています。無論、全てを知っているわけではありませんが、我が集落には長老もおり、様々な知識をご提供できるかと」
(……どうだ?)
ソフィーティアは相手の様子を伺う。今、彼女は敢えて返答の内容を曖昧にした。それでいて、エルフの有用性を示唆したのだ。
もし、彼女――もしくは、彼女の裏側にいる人物が聡明ならば。
今の情報を総合してこう判断するはずだ。
ここでエルフを保護すれば、貴重な情報を得ることができる――と。
やがて、少女は小さく吐息をこぼして告げる。
「――なるほど、貴方はしたたかなようですね」
その言葉に息が詰まりそうになる。不興だっただろうか――。
だが、彼女が次に続いた言葉は歩み寄りを感じさせるものだった。
「我がダンジョンの主が、貴方に敬意を示す、と申しております。詳しいお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」




