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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第三章

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第6話 ダンジョン火計

 森が、火炎に包まれていた。

 ローラの吐き出した炎は地面に触れた瞬間、弾けて飛び散り、一瞬で炎が拡大していく。逃げ惑う兵たちも早すぎる火の手に追いつかれ、断末魔の声を響かせる。

 その光景を遠視で見ていたカイトは目を閉じて、小さく吐息をこぼす。


「……上手く、行きましたか」


 その様子を傍らで見守っていたフィアはおずおずと訊ねる。カイトは一つ頷き、左目から掌を外して彼女の顔を見つめて微笑んだ。


「ああ、大成功だ――」


 そこで一息つき、カイトは言葉を続ける。


「火計は、成功した」


 カイトが執った戦略は、火計だった。

 その実行の課題になったのは火力。木々は水が抜けきらず、生木であるため、ローラが火を放っても充分に着火できない可能性があった。

 それ故にフィアが口にしたときにもやんわりと退けたが――予期せぬところで、その課題を解決する方法が見つかった。

 それがゴミから魔力を抽出したときに現れた、黒い粘液である。

 偶然の産物で見つけたそれは歴史の知識が豊富な彼には、あるものに見えた。

 歴史上で草水、臭水、瀝青など呼ばれる古代燃料――。


 つまり化石燃料の、原油である。


 思えば、魔力を抽出する過程では、高温と圧縮が発生していた。それは恐らく魔力を抽出する過程で起きた副次効果だろうが、奇しくもそれによって地中で起きる現象が再現されていたようだ。


(恐らく、単純な高温と圧縮では化石燃料はできない。魔力を抜く過程で何らかの反応が起きているのだろうけど――)


 細かい理屈が気になるものの、重要な事実はたった一つ。

 魔力を抜く工程で、原油を生み出せる可能性。そして、その原油は課題になっている火力不足を補うにはあまりに充分すぎる。

 それに気づいた彼はフィアとローラに協力してもらい、原油を生み出す実験に挑戦。様々な試行錯誤の末、泥炭に下草を少し混ぜたものから不純物が少ない石油を生み出し、それを元にカイトは仕掛けを施した。


 森全体を炎上させる、大火計を。


「抽出した石油は竹筒に入れて保管。それを森の至る所に配置。ローラにもできるだけ持たせて、いざ敵が侵入してきたときに上から散布。そして――」


 カイトは再び左目を掌で覆い、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。


「ローラのドラゴンブレスで、仕上げだ」


 その言葉と共に眺める外の光景は、立ち上る黒煙と紅蓮の炎だ。飛び回るローラの視界にはそれらがはっきりと映し出されている。

 視界に入っていた領邦軍は丸々、その業火の中に巻き込まれている。


(できるだけ耐えて、奥まで誘い込んだからな)


 前衛の部隊が深入りするなら、後詰の兵は援護するために前に進まざるを得ない。そうして、領邦軍は火計の範囲内に全て入ったタイミングで火を放った。

 石油は領邦軍の逃げ道を絶つように、円状に配置している。どこへ逃げても石油で燃え盛る火炎が行く手を絶ち、そうこうしていれば煙に巻かれて死んでしまう。

 唯一、火から逃れられるのは川の方向だが、そちらには重点的に石油を仕掛け、さらには足が取られる程度に浅い落とし穴も作ってある――そちらに逃げても地獄だろう。


「一網打尽――ですね」


 フィアが小さく呟く。その表情は戦慄半分、感心半分、といったところか。眼差しはどこか熱を帯び、カイトを見つめて深く頭を垂れる。


「さすがです、カイト様。まさか、ここまでとは」

「いいや、まだだ。最後まで油断はできない」


 何せ、一部の兵は洞窟の中層まで入れているのだ。カイトは遠視を切り替え、ダンジョン内の光景を次々と確認していく。


「――洞窟内入り口も煙が入ったのか、無力化は進んでいる。だが、奥に進んだ兵たちは無事だな。すでに動き出して、封鎖した通路の開削を再開している」

「判断が早いですね。地上の混乱が伝わって、もう少し戸惑うかと思いましたが」

『どうする? 兄さま。私も迎撃に加わる?』


 念話を繋いでいたローラから声が返ってくる。彼女は悠然と宙を旋回し、黒煙を避けながら炎上する森を見下ろしている。カイトはすぐに言葉を返す。


『ローラは外で待機だ。どっちにしろ、その火炎地獄だと戻るのも大変だろうよ』

『まぁ、それはそうだね。火竜が火に強いとはいえ、苦しくて熱いのは嫌だし。でも、ヤバそうなら言ってね。無理にでもすぐに戻るから』

『ありがとう。助かるよ。ローラ。あとでたっぷりご褒美だ』

『やったっ!』


 ローラの嬉しそうな声に表情を少しだけ緩めてから、カイトは意識を戻す。覆った左目にはまだ残存する敵が映し出されている――その数は五十だ。

 彼らは最前線に立ち、塞がれた洞窟を掘り進めている。程なくすれば土塁が築き上げられた地下空洞に至るはずだ。この掘削速度から、あと十分で掘り抜かれるだろう。


(装備は剣や槍――弓はなし。魔術は分からないが)


 少し考えてから、カイトはダンジョン全体に意識を向け、魔力を吸い上げる。コアに魔力を少しずつ蓄えながら、フィアに視線を向けた。


「その侵入者たちは真っ向から受け止める。土塁の情報からゴーレム、キキーモラの連携で遠距離攻撃を主とした防衛を行う。その指揮は僕がここから。そして、最後の要は――」


 そこで言葉を止めると、カイトとフィアの視線が交錯する。

 自信と信頼に満ちた眼差し。それを受け止め、カイトは口角を吊り上げる。


「フィア、任せる。火竜の力を存分に振るい、侵入者を討ち払え」

「もちろんです! カイト様の手を汚させはしません」


 フィアは威勢よく答え、その場で膝をついて一礼する。カイトはその彼女に近づくと、頭の手を載せた。そして、魔力を彼女へと注ぎ込む。

 顔を上げて目を見開くフィアに、カイトは目を細めて告げる。


「少数とはいえ、油断はできない――受け取って。フィア」


 この魔力は倒れたばかりの兵士の亡骸から吸い上げたものだ。二百人以上の亡骸から吸い上げた魔力は膨大な量――それを受け止め、フィアは力強く頷く。

 いつになく力強く光を放つ目でカイトを見つめ、彼女は不敵に微笑んだ。


「お任せください。カイト様。完膚なきまでに叩きのめしてみせます」

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