第5話 動き出す罠
侵入者視点
「――行き止まり、か?」
セシリアは魔石を掲げて先を見やる。
進んできた洞窟は分岐はあれど、ほとんど一本道だった。魔術師の探査によって的確にルートは割り出され、真っ直ぐにセシリアたちは進んでいく。
だが、その道もついに行き止まりがやってきた。セシリアは立ちはだかる壁に首を傾げる。
一方でフリーダは壁の土を指で擦り、何かに気づいたように目を細める。
「真新しい土です。多分、ここは塞いだだけかと」
「じゃあ、この先に敵がいる、ということか?」
「ええ、向こうに大きな空洞と――魔力の反応があります。この先で複数の魔獣が待ち伏せしていると思われます」
「数は?」
「小型が三十、中型が五――かと」
その言葉にちら、とセシリアは後ろを見た。引き連れている部下は全員やる気に満ちている。
小型はもちろん、中型の魔獣にも後れを取るつもりはないだろう。実際、そういった精鋭たちで部隊は組織されているのだから。
「よし、突破しよう」
セシリアは即決し、兵たちに指示を出す。配下の兵たちは斧や剣を手にすると前に進み出て、掘削を始める。その様子をセシリアとフリーダは見守り――。
不意に、頭上から轟音が轟いた。思わず身体を低くし、剣に手を掛ける。
(――もしかして、洞窟の外……?)
セシリアは眉を寄せながら振り返り、クリスに念話を飛ばそうとした瞬間、不意に鋭い念話が頭の中に響き渡った。
『セシリア隊長、地上に火が――森が、燃え――』
『クリス? 大丈夫か、クリス!』
セシリアは慌てて念話を返す。だが、応答がない。
(森が、燃えている……?)
一体、何が起きたというのか。セシリアの顔から血の気が引いている。
その洞窟内にどこからか、焦げ臭い空気が漂い始めていた。
◇
轟音が響き渡る少し前――。
洞窟の外では拓けた場所で野営の準備が進んでいた。工兵部隊が忙しなく動き回り、幕舎などを手際よく建てている。
その近くでガーランド副隊長は工兵たちの様子を眺めながら一息ついていた。
切り株に腰を下ろし、束の間の休息を取る。彼は今回編成された部隊の中でも年長格であり、軍を率いた経験の浅いセシリアを意欲的に補佐していた。
(とはいえ、隊長は若さの割に賢い。私が補佐するまでもなかった気もするが)
引退は近いかな、とガーランドは顎鬚を撫でつけながら苦笑する。
その視線の先では工兵たちが作業を進める。その中の三割はベテラン、七割は若手で構成されている。今回の作戦は若手を鍛えることも意識しており、至る所で叱る声や指導する声が響いている。魔獣の気配もないおかげで、彼らは指導に専念できているようだ。
(……そういえば、不思議なものだな。ダンジョンだというのに)
ダンジョンといえば、魔獣がうじゃうじゃいるのが当然。
だが、ここに入ってからは魔獣一匹にも遭遇しない。何なら道中の方が魔獣に遭遇していたくらいだというのに。さすがに洞窟の中では魔獣の気配はしていたが――。
ガーランドが薄気味悪さを感じていると、不意に工兵の間から声が響き渡る。
「なんだ、これ……うわ、くせぇっ」
「なんでこんなものを落ちているんだ……?」
ガーランドはそちらに視線を向けると、若い工兵の数人が竹筒を持ち上げていた。その中からこぼれた黒い液体が手に掛かり、嫌そうな顔をしている。
眉を寄せながらガーランドは腰を上げ、その工兵たちの方へと向かうと、若い工兵たちは慌てて礼をする。それを手を振って崩させ、軽く声を掛ける。
「ご苦労――それで何を拾ったのだね?」
「はっ、これです。中から臭い液体が出てきまして」
工兵の一人が恐縮しながら竹筒を手渡してくれる。それをガーランドは受け取り、中身を確かめる。そこから鼻につんと来る臭いが漂ってくる。
(……まさか)
ガーランドは目を見開き、竹筒をひっくり返した。中から地面に零れ落ちる、粘性のある黒い液体――老練な騎士はその正体を一瞬で看破した。
「まずい、これは瀝青――」
その言葉に工兵の一部――ベテランの兵たちが一斉に言葉を失った。ガーランドも血の気を失った瞬間、若い男の声が次々と耳に届く。
「おい、ここにも臭い液体が」
「竹筒が埋ってやがる」
その言葉の数々でガーランドは悟る――嵌められた。
魔獣がいなかったのも、木々が乱雑に伐採されているのも、全て敵の術中。
(今すぐここから逃げないと――死ぬ)
「法螺を――」
言いかけた瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が駆け抜けた。
とてつもない魔力が近くで弾ける気配。ガーランドは思わずそちらを振り返ると、森の中から大きな影が飛び出し、空を舞った。
翼をはためかせるのは、巨大な赤い竜――それに全員が固まってしまう。
(――ドラゴンだと!)
魔力による探知に反応はなかった。恐らく何かに化けて巧みに隠れていたのだ。
その間にもドラゴンは翼をはためかせて高度を上げていた。その身体から次々と何かが降ってくる。ガーランドが避けた足元に落ちたのは、竹筒――。
それが砕け散り、黒い液体が飛び散る。それが鎧に付着したのを見て、ガーランドはこの後の展開を瞬時に予測した。周りを振り返り、大声で叫ぶ。
「全員、今すぐここから逃げろ――」
その声をかき消すように、上空から響き渡るのは巨大な咆吼。それと共にドラゴンが降下して地面に向け、牙を剥く。その喉の奥から炎が渦巻いた。
そして放たれる竜の火炎。それが地面に触れた瞬間、轟、と音を立てて広がり。
一瞬で、視界が高熱の渦に包み込まれていた。




