第4話 子爵家領邦軍の侵入
侵入者視点
バーンズ子爵家の東方に広がる広大な森――通称、迷いの森。
熟練者ですら命が落とすことがある森の中を、隊伍を組んだ軍勢が粛々と進んでいく。前衛を務める兵たちが斧で道を拓き、時間を掛けつつも着実に進む。
斥候も多く送り出し、警戒心を高める彼らに隙はない。
何故ならば、彼らはバーンズ子爵家に仕えし領邦軍の一角だからだ。
それを指揮するのは、一人の女騎士だった。赤みがかった茶髪を一本に括り、吊り目がちの瞳を持つ彼女は馬に跨り、油断なく辺りを見ながら歩を進めていた。
彼女の名はセシリア。子爵家の分家筋出身であり、若くして隊を率いる騎士である。
「セシリア隊長、斥候からの報告が戻ってきました」
その彼女の元に一人の騎士が歩み寄り、頭を垂れる。初老の騎士を見やり、彼女は鷹揚とした態度で訊ねる。
「ん、様子はどうだ?」
「はっ、この先の一隊は木々が乱雑に伐採された地帯があるとのことです。魔力の流れから見ても、そこがダンジョンで間違いないでしょう」
「そうか――やはり、ダンジョンか」
さばさばとした口調でセシリアは応じ、小さく頷いた。
(予想通り、だな)
ジャン・バーンズとその護衛が行方不明になったこと。
そして、その行方を追った冒険者たちが最後に調査していたのが、ここら一帯だった。手練れもいる彼らも含め、全員が消息を絶ったとすれば、ダンジョンを疑うのは当然。
だからこそ、セシリアは子爵から直々に命を受け、軍を率いて森に入ったのだから。
『ジャンはもう助からないだろう。故に貴殿へ下す命令は一つ。ジャンや冒険者たちを討ち取るほどの脅威を突き止め、危険の芽を摘むことだ。隊を率い、速やかに危険を排除せよ』
セシリアに命令を下したバーンズ子爵の言葉。それを思い出しながら、彼女は傍に控えるガーランドを見る。
「まずはダンジョンの入り口を特定する。工兵部隊を前に出し、バリケードになる倒木を撤去。道を拓いていく。歩兵隊でそれを支援だ」
「了解しました。では、指揮に参ります」
「うむ、頼んだよ。ガーランド副隊長」
敬礼してきびきびと進む副隊長を見送り、セシリアは馬を進めていく。やがて視界が拓けて見えたのは、乱暴に伐採された木の数々だ。前に進むにも容易ではないくらい、木々が折り重なっている。
そこを工兵たちが進み、斧を振るって道を拓き始める。手際よく必要な木だけを伐り、塞いだ倒木を退かし、ずらして隊列が進める空間を作る。
(さすがに手際が良いな)
連れてきた工兵部隊の三割は外征の際、設営を担当してきた後方支援のベテランだ。経験の浅い若手たちに巧みに指示を飛ばし、バリケードを的確に排除していく。
歩兵たちはその彼らの作業を手伝いながら辺りを見張り、魔獣の動きに備える。
だが、魔獣の気配を感じないまま、どんどんと工兵は木々を退かしていき――。
やがて、一人の兵士が地面に気づいて声を上げる。
「――ここだ! ここに空洞があるぞ!」
「……セシリア隊長」
「ああ、行こう」
後方で作業を見守っていたセシリアが副隊長と共に歩を進める。歩兵たちが武器を構える中、工兵たちは慎重に土を退かし、そこにあった木の蓋をこじ開ける。
果たして、その下から顔を見せたのは、ぽっかりと空いた空洞だった。
中は踏み固められ、整地されている――ここがダンジョンの入り口だろう。
「よし、工兵部隊、ご苦労だった――歩兵部隊!」
セシリアが手を叩いて告げると、領邦軍の兵士たちが駆け寄り、セシリアの前で整列する。
規律正しい兵たちの動きに満足しながら、彼女は少し考えを巡らせる。
(ここまでは順調――だが、ダンジョンの奥がどうなっているかは分からない)
ジャンたちや冒険者一行がまとめて行方不明になっている。油断はするべきではないだろう。それにダンジョン攻略は、セシリアとしても初めてだ。
幸い、バーンズ子爵は時間を掛けて良いという。
(ならば、手堅くダンジョン攻略を進めるべきだな)
考えをまとめ、セシリアは整列する兵士たちに指示を発する。
「長期戦も見据え、野営地を敷く。ここから少し離れた場所で野営地を敷いてくれ。歩兵部隊は二つに分け、一隊は設営する工兵部隊を警護しつつ、退路の保持を命じる――指揮はガーランド副隊長に委任する――もう一隊は私と共に、ダンジョンに突入だ」
セシリアが指示を下すと、兵たちは踵を揃えて、了解、と声を鳴らした。
(――頼もしい限りだな)
セシリアは思わず目を細める。
彼らの練度は隊長であるセシリアがよく知っている。対魔獣訓練を積んでおり、連携は充分。単独でも中型の魔獣くらいなら相手になり、連携すれば大型魔獣にも臆することなく戦える面々だ。負けるなど、余程のことがない限り、あり得ない。
(とはいえ、初のダンジョンアタックだ――慎重に行くに越したことはない)
セシリアは深呼吸すると、目の前に残る配下の兵たちに声を掛ける。
「フリーダ、お前の隊を前衛にする。中衛は私の部隊。後衛はクリスに任せる。魔獣に接敵した場合、連携して対応に当たる――警戒は怠るなよ」
その言葉に部隊の仲間たちは真剣な表情で頷く。そして前衛を務める兵――フリーダとその隊員たちが先陣を切ってダンジョンへ突入。セシリアはその後に続いて兵を連れて足を踏み入れた。
兵の一人が魔石のランプを片手にし、先を照らす。進んでいくと目に入ったのは、門扉がそびえる広い空間だ。陣形を組んで油断なく周囲を見やり、気配を探る。
(――魔獣の気配は、ない。ただ、この扉の向こう――)
軽く鼻を鳴らす。魔獣の匂いがこびりついている。ここを恐らく魔獣が頻繁に行き来しているのだろう。セシリアが手で合図すると、フリーダたちが斧を手にして門扉の破壊を始める。程なくして門は破られ、慎重に先陣を切る。
その後をセシリアが続き、ゆっくりと歩を進める。しばらく歩を進めていくと、フリーダが手を挙げて停止。前衛が立ち止まったのを見て、セシリアは慎重に距離を詰める。
「――セシリア隊長、これを」
フリーダが前を示す。その視界に飛び込んできたのは、ダンジョンに似つかわしくない構造物だった。木を組んで組み立てた、障害物――。
「逆茂木に、柵……?」
「どういう、ことでしょう……ダンジョンらしくありません……」
困惑を滲ませるフリーダにセシリアは考え込む。じわり、と冷汗が滲み出ていた。
(このダンジョンには明らかに人の手が入っている)
脳裏に過ぎるのは、魔人の存在。
人は大なり小なり魔力を有しているが、中には魔力を扱いこなせずに理性が侵され、狂ってしまう者がいる――それが魔人。知性ありし脅威だ。
(魔人がいるとすれば、ジャン殿たちが敗れたのも納得する。我々でも敵うかどうか)
確認しなければならない。セシリアはたっぷり思考を巡らせてから決断し、振り返る。
「クリス。隊を率いて後退。破った門の辺りで退路を確保してくれ。万が一、我々が戻らなかったらガーランドと合流し、撤退して欲しい。魔人がいる可能性がある」
その言葉にフリーダとクリスは表情を強張らせた。
「でしたら、戻るのはセシリア様であるべきでは――」
「私はバーンズ子爵家に仕える者としての責務がある」
もし、バーンズ子爵家に魔人の脅威が迫っているのであれば、それを確かめなければならない。例え、我が身を犠牲にしても。
その覚悟を見て取ったのか、クリスはごくりと唾を呑んで頷いた。
「分かりました。異常があれば魔力を飛ばして下さい」
「もちろんだ――頼んだぞ。クリス」
セシリアが微笑むと、クリスは拝礼して踵を返す。その姿を見届けてからフリーダと共に頷き合った。
「前に進もう。フリーダ」
「お供します。セシリア隊長」
セシリアは感じていた――あまりにも異質なダンジョンだと。
ここで慎重を期し、ダンジョンから引き返していれば、彼女たちの運命は変わったかもしれない。ここで体勢を立て直し、全軍で攻めれば、あるいは――。
だが、彼女は前に進むことを決意した。
逆茂木の間をすり抜け、柵を斬り倒す。時間を取られながらも着実に――。
そして、彼女たちは辿り着く。その洞窟の先へと。




