第2話 フィアルマ VS 冒険者
「侵入者……?」
フィアルマが口にした言葉に思わず眉を寄せながら、視線を傍の鉱石に注ぐ。脈打つ光は軽快を促すように徐々に赤みを強めている。
彼女は一つ頷きながら、早口に説明を口にした。
「このコアは私たち魔獣にとっては魔力を与え、強化してくれる存在です。が、同時に人間からすれば希少な資源に当たるらしく、これを狙う者が少なくないです」
そう告げる彼女の表情は緊迫感に満ちている。余程、その侵入者を警戒しているのだろう。
カイトはよく分からないまま頷くと、フィアルマは申し訳なさそうに眉を寄せながら頭を下げた。
「すみません、詳しい説明は後程。撃退に行ってきます。ここでしばらくお待ちください」
そう言い残して彼女は長い金髪を揺らしながら駆け去っていく。それをカイトは呆然と見送っていたが、吐息をこぼしながらコアを振り返る。
(――ダンジョンコア、ねぇ)
不思議な鉱石だ。どんな仕組みになっているか気になるが、ファンタジーに突っ込みも野暮な気がする。首を傾げながら何気なく手を伸ばし、カイトがコアに触れる。
瞬間、どくんと光が強く脈打ち、視界が真っ白に染められる。
「――っ」
咄嗟に目を掌で庇った瞬間、不意に別の光景が頭の中に飛び込んできた。
目に入ってきたのは、地下空洞の光景だ。
その空洞を数人の男たちが歩いている。それを真上から見下ろすような視点で、カイトはそれを見ていた。目を見開いて掌を離す。
すると、視界は元通りの石室の中だ。目の前のダンジョンコアを見つめながら、カイトは自分の掌を見やり、恐る恐るもう一度、掌で目を覆う。
それだけで視界が切り替わる――あの地下空洞の光景へと。
(もしかして、これもダンジョンコアの機能、なのか……)
困惑しながら左目だけ掌で隠し、右目でダンジョンコアを見つめる。鼓動のように脈打つ光はもはや真っ赤であり、見ているだけでカイトも焦りそうになる。
左目の光景に意識を戻す。その中では地下空洞内の光景が引き続き見えている。そこを歩いている男たちを見据え、微かに目を細める。
(多分、連中が侵入者――)
その装束は革鎧やマントを羽織ったスタイルであり、剣や杖を手にしている。ファンタジーでよく見る勇者やその仲間たちのようだ。
その彼らが何かに気づいたように足を止める。その向かいから姿を現したのは、フィアルマだ。彼女は何も言わずに目を閉じ――瞬間、彼女の姿が炎に包まれる。
「――っ」
カイトが息を呑む中、その炎の中で彼女の身体が変化していく。めきめきと身体が大きくなり、前傾姿勢になって四つん這いになる。
炎が収まるにつれて見えてきたのは、前脚の鋭い爪、真紅の鱗――。
それを見るカイトの脳裏に彼女の言葉が過ぎる。
『このコアは私たち魔獣にとっては魔力を与え、強化してくれる存在です』
(フィアルマ――魔獣……)
その言葉が頭の中で一本に繋がった瞬間、フィアルマを包み込んでいた炎が掻き消える。その下から露わになったのは、全身が鱗に覆われた獣の姿だった。
鱗に覆われ、鋭い爪をもつ四つの脚が地面を掴み、瞳孔が縦に割れた真紅の瞳が敵を睨む。牙が垣間見える口からはちら、ちらと炎がこぼれだす。
その立派な魔獣の姿に、思わずカイトは呟く。
「ドラゴン――」
そのカイトの声に応えるように、魔獣が咆哮を轟かせる。
凄まじい音響は石室にも届き、びりびりと地面が揺れて天井から土埃が落ちてくる。その姿と迫力にカイトは思わず固まっているが、侵入者は速やかに動いていた。
五人が素早く陣形を組んで展開。剣、斧、盾を持った男が距離を詰める。
だが、ドラゴンと化したフィアルマは臆さない。剣を構える男に向かって唸り声を上げると、前脚を薙ぎ払った。その鋭い爪が男を引き裂く寸前、その間に盾の男が割り込む。
轟音と共に盾と爪が激突。一瞬の膠着の後、盾の男が体勢を崩しながらも、竜の爪の軌道を強引に逸らす。その隙に剣の男は踏み込み、竜の懐から前脚を斬り上げる。砕け散る鱗が破片となり、宙で煌めく――。
一方で、フィアルマは怯まない。もう片方の前脚が薙ぎ払われ、剣の男を弾いた。
吹き飛んだ男はそのまま壁に叩きつけられ、その場で崩れ落ちる。当たり所が悪かったのか、首があらぬ方向にねじ曲がり、見開かれた目が虚空を見ている。
(……すごい)
一撃を加えただけで、一人を倒してしまった。
さすがドラゴン。攻撃力、防御力も一見して凄まじく感じられる。
だが、男たちは仲間を失っても怯まない。後衛にいた杖の男二人が構えを取っていた。何かを口にした瞬間、杖から火炎と紫電が噴き出した。
(魔法……っ!)
カイトが目を見開く中、火炎と紫電はフィアルマの顔を直撃していた。呻きをこぼしたフィアルマの隙をつくように斧を持った男が彼女の側面に回り込んでいた。
踏み込んだ男が雄叫びと共に、大斧をフィアルマに叩きつけられる。
大斧が振り抜かれた瞬間、血飛沫が舞い散った。
「グオオオオオオオオオオオ!」
フィアルマの絶叫が空を轟かせる。激痛に瞳を怒りに湛え、振り返りざまに前脚を振るう。
だが、その瞬間には盾の男が割り込んでいた。爪と盾が再びぶつかる。だが、今度は盾の男は弾き飛ばされない。踏ん張って受け止めている。
それにフィアルマが喉を轟かせた瞬間、その横顔に火炎と紫電が直撃する。
その衝撃にフィアルマはたたらを踏んで後退する――その魔獣の顔は分かりにくいが、怯んでいるように見える。苦戦、しているようだ。
(連携が巧みだ。一人一人なら、勝てるのだろうが――)
再び斧と盾の男がフィアルマに向けて距離を詰めている。それを前にフィアルマは喉から唸り声を上げつつ、体勢を低くしている。
彼女自身も不利を悟っているのだろう。その腹からは血が滴り続けている。
(このままだと彼女は負ける――)
カイトは思わず歯を食いしばる。脳裏に過ぎるのは、彼女の真摯な眼差し。
その目に応えたい。助けたい――。
その考えが頭に過ぎった瞬間、目の前のコアが一際強く脈打った。右目でそれを見やると、コアの鼓動はさらに早くなる。まるで、カイトの想いに応えるように。
思わずそれに手を伸ばし――だが、指先が触れる直前で止まる。
(……本当に、いいのか)
頭のどこかで予感がしている。これ以上、コアに触れたらもう後戻りはできなくなるような、そんな予感だ。それに息が詰まりそうになり――。
だが、躊躇いは一瞬だった。カイトは息を吐き出すと、手を伸ばし。
掌でしっかりとコアに触れる。
瞬間、コアが強く脈打って何かが腕を通じて流れ込んでくる。身体が熱くなり、力が湧いてくるような感覚――恐らく、これが魔力。
使い方は直感的に分かった。カイトは左目の視界に捉えているフィアルマを意識する。
(フィアルマ、受け取れ――!)
カイトの心の声と共に、全身から魔力が迸る。それと同時に、斧と盾の男が視界の中で踏み込み――。
フィアルマの身体から紅蓮の炎が噴き出した。
その異変に素早く男たちは距離を取る。その中でフィアルマは炎を身に纏いながら喉を震わせ、微かに視線を上へと向ける――カイトと、目が合う。
そして、その口から高らかな咆吼を放った瞬間、身体の炎が解ける。
その身体は明らかに一回り大きくなり、脚も大きく太くなっている。腹につけられた傷も塞がり、迫力のある瞳でじろりと男たちを睨む。
「…………っ!」
男たちは怯んだのも一瞬。頷き合うと、一斉に駆け出した。
果敢に向かってくる男たちに対し、フィアルマは唸り声を届かせると、前脚を薙ぎ払う。それを受け止めるべく盾の男は腰を落として踏ん張る。
轟音と共に激突。男の構えた盾と爪が拮抗する。
だが、それも一瞬。次の瞬間、男の身体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。衝撃で壁がひび割れ、落ちた盾は完全にひしゃげている。
(――力が、上がっている……!)
盾の防御を失くした斧の男は無防備だ。だが、彼は引かずに雄叫びを上げて大斧を振るう。それがフィアルマの前脚に叩き込まれ、澄んだ音を響かせる。
それによって砕けたのは鱗――だけではない。
大斧の刃も砕け、破片を散らせている。それに男が呆然とした瞬間、フィアルマの前脚が振り下ろされた。ぐしゃ、と鈍い音と共に血飛沫が舞い散る。
あまりに生々しい光景。一瞬、カイトは左目を瞑る。だが、すぐに首を振って目を開いた。
フィアルマはすでに残された杖の男二人に歩を進めていた。その二人は戦意を喪失したのか後ずさり、そして踵を返して逃げていく。
彼らが駆け込もうとしているのは狭い通路。そこに逃がせば大きな身体のドラゴンは入れないと踏んだのだろう。フィアルマは無理に追いかけようとせず、大きく息を吸い込んだ。その喉が轟き、ちらちら、と口の合間から炎が垣間見える。
(――まさか)
思わず目を見開いた瞬間、フィアルマが四つ足を踏ん張って口を開く。
直後、眩い閃光と共に、彼女の口から真っ赤な火炎が噴き出した。火炎の奔流は凄まじい勢いで空間を焼き尽くす。男たちは為す術もなく、火炎に呑み込まれてしまう。
フィアルマが口を閉ざすと、火炎は収まり、後に残されたのは熱せられた地面ばかり。その先には、炭と化した物体が二つ転がっていた。
それにフィアルマは喉を鳴らすと、その身体が静かに炎に包まれる。
炎は次第に小さくなり、少女の大きさまで縮まると、炎は自然と消えた。そこに立っているのは元通りの姿になったフィアルマが立っている。
彼女は深く吐息をこぼしながら上を振り返る――また、目が合う。
そして、彼女は嬉しそうにはにかんだのを見て、カイトもまた吐息をこぼした。
(――守れたんだな。これで……)
左目を覆った掌を退けると、力が抜けて思わずその場に座り込む。台座に寄りかかり、カイトは頭上を見やる。
そこでダンジョンコアは相変わらず瞬いている。
その色から赤みはなくなり、真っ白に煌々と輝いていた。




