第3話 三人集まれば文殊の知恵
フィア視点
「……フィア……」
カイトは顔を上げる。縋るような目つきの彼をフィアは柔らかく受け止める。
今までは彼に支えられてきた。だけど、今度は私の番。
その気持ちを込め、優しく微笑みながら言葉を続ける。
「カイト様一人だけで考え込む必要はありません。だからこそ、私たちを呼んで下さったのでしょう? 戦略の修正のために。だから」
彼女は彼の手を取り、はっきりと告げる。
「私にも考えさせてください。一緒に考えれば必ず」
その言葉にカイトは目を見開き――やがて、深く吐息をこぼして表情を緩める。眉間の皺もほどけ、柔らかくなった表情で彼は小さく囁いた。
「――ありがとう。フィア。少し肩の力を入れ過ぎたみたいだ」
「そうですよ。たまには私たちにも頼って下さい。そうですね、例えば――」
フィアは少し思考を巡らせる。いつもカイトならどんな戦術を取るだろうか?
(大体は、奇襲、ですよね)
そして、フィアの大きな武器はドラゴンブレス。そこまで考えてぱっと閃く。
「カイト様! 敵を森に引き入れた後、私たちが森を焼き払うのはどうでしょうか! そうすれば一網打尽。工兵部隊とはいえ、道具がなければ立ち行きませんし」
「火計か。目につけどころはいいね」
カイトは微笑みながらゆっくりと頷く。その表情は余裕が戻ってきて安堵するが、名案だという反応ではない。フィアが微かに眉を寄せ、軽く首を傾げる。
「――ダメ、ですかね?」
「ダメではないけど、惜しいかな。まず、木々が湿っていることが難点。伐り倒したばかりの木は乾燥し切っていないから。それにフィアやローラだけだと一部しか燃やせないかな。相手は三百人いることを考えると、もう少し広範に燃やせないと」
「ああー……」
カイトの指摘に思わずフィアは納得の唸り声を上げてしまう。カイトは目を細めると、フィアの頭に手を載せて柔らかく笑う。
「でも、いい考えだよ。惜しかった。後は一気に燃え広がらせるような仕掛けがあれば、充分に行けるんだけど……」
「それには時間が足りませんね……」
木々を乾かす時間や、木油などを用意すればいけるかもしれないが、それには時間がかかり過ぎる。その頃にはとっくに敵は到来しているだろう。
フィアは小さく吐息をつき、振り返りながら訊ねる。
「ローラも何か意見を――ローラ?」
あれ、と眉を寄せる。いつの間にかローラの姿が消えている。どこかへ行ってしまったらしい。全く、とフィアがため息をこぼしていると、慌ただしい足音が響き渡る。
そして部屋に入ってきたのは、両手に荷物を抱えたローラだ。
「ローラ、どこに行っていたんですか。それに、それは――」
「えへへ、ちょっと思いついたことがあって」
そう言いながらローラは抱えた木箱を足元に置く。その中に入っているのは生ごみや腐った果実、泥炭クズ――いわばゴミだ。
それを見てフィアは首を傾げると、彼女は得意げに言う。
「人手が足りないなら、増やせばいい。そのためには、魔力が必要だから――」
「これを魔力に変換する、か?」
カイト先読みして言うと、ローラは我が意得たり、とばかりに満面の笑みを浮かべてカイトの前でしゃがんだ。
「兄さま、どうかなっ、少しは足しになるとは思うけど」
「ああ、まぁ、少しは、な……」
カイトはそう言いながら彼女の頭を撫で、気まずそうに視線を逸らした。
その理由は最初からカイトの傍にいるフィアは充分知っている。小さくため息をこぼすと、フィアはローラの傍に寄って告げる。
「ただ、獲得できる魔力は微々たる量ですよ」
「……え」
ローラは目をぱちくりさせてから固まる。カイトは苦笑を浮かべながら掌をゴミに伸ばした。ゴミがめきめきと動いて圧縮されていく。固い廃材が破砕される音を響かせる。濃い湯気や煙を立てながら小さく小さく縮んでいき――握り拳くらいの大きさになる。
木箱の中でちょこんと小さくなったゴミの塊。それをローラはぽかんと見ている。カイトは傍にあるダンジョンコアを見やり、軽く肩を竦めた。
「……まぁ、本当に微々たる量だ」
「カイト様がこのダンジョンに来た時に、どれがどれくらい魔力を生み出せるか確かめていたのです。確か果実や芋なんかは足しになりますが……」
フィアが補足すると、ローラは深くため息をついてその場に肩を落とす。それを慰めるようにカイトは頭を撫で続け、柔らかく笑う。
「ローラ、アイデアは悪くなかった」
「名案だと思ったんだけどな……」
ローラは恨めしそうにゴミの入った木箱を見やる。そこからはまだゴミが湯気や煙を立てている。フィアは何となくそれを覗き込み、首を傾げる。
「けど、魔力を抽出する作業をまじまじ見たのは初めてですね」
「……確かにな。いつもは土で覆いながらやるし」
カイトは死体を見るのを慣れていないらしく、そういう風に魔力を抽出している。彼が足先でゴミの塊を小突くと、ぼろ、と土くれのように崩れる。
「基本的には圧縮しながら徐々に魔力を抜いていく感じかな。その過程で高熱を発し、徐々に、小さく……」
カイトの説明が尻つぼみに小さくなっていく。フィアとローラが彼を見ると、彼は木箱の中のゴミを凝視しながら、真剣な表情で何かを考えていた。
フィアも視線を木箱に向ける。崩れたゴミの塊はぼろぼろで、合間から臭い液体がこぼれ出ている。それがどうしたのだろうか、とフィアが首を傾げていると、彼は小さく呟く。
「高温、高圧……圧縮……まさ、か……?」
カイトの目が徐々に見開かき、小さな囁きがこぼれ出る。
「くそうず……?」
そのカイトの言葉、真意は理解できない。だが、重要な何かに気づいている――そんな気がする。フィアとローラは固唾を飲んで見守っていると、彼はゆっくりと立ち上がった。
その表情はまだ何か考えているようだが、瞳は強く光を宿している。
何か考えを見つけたときの、カイトの目つきだ。
「……ローラ」
「……はい?」
「もしかしたら、これ、お手柄かもしれない」
その言葉にローラはきょとんとしていたが、やがて、ぱあぁ、と顔を明るくさせた。
「では、カイト様……!」
意気込んでフィアが訊ねると、彼は慎重な表情ながらも確信めいた眼差しで頷いてくれる。
「ああ、まだ仮説段階だが――敵を一網打尽にする考えを思いついた。まずは実験だ。二人とも、一緒に来てくれ」
「はい、お供します」
「もちろん」
瞬時にフィアとローラは応じ、すでに歩き始めたカイトの後ろをついて歩く。その向かう先は迷いがない。土塁陣地に向かう途中、そこに設けられた穴倉の倉庫に彼は足を踏み入れる。その一番奥にあるのは、燃料庫だ。
(確か、木材や泥炭を蓄えてあったはずですが――)
近くには木油もあるが、これは充分な量はなく、竹筒に何本かある程度だ。
(一体、何を始めるのでしょうか……?)
固唾を呑んでフィアが見守る中、カイトは不敵に笑って告げる。
「さぁ、始めよう――抽出作業だ」
それからの四日間は慌ただしく過ぎた。
作戦が一部見直され、それに対応するべくフィアやローラをはじめ、魔獣たちは動き回る。その一方でシャドウウルフたちは虎視眈々と迫り来る軍勢を捕捉――。
そして、迎えた朝――。
木々を伐り拓きながら、ついに敵が姿を現した。




