第1話 タイムリミットは5日
「近いうち――早くて五日以内にこのダンジョンを討伐するべく、バーンズ子爵家の領邦軍が差し向けられる。恐らくその数は百人以上になる」
侵入者を撃退し、ジェシカを生け捕ったその翌日――。
ダンジョン最奥の石室にカイトはフィアとローラを集め、その確信を口にしていた。その言葉に彼女たちは言葉を失い、顔を見合わせている。
「……事前に少し聞いていましたが……」
「兄さま、それは本当……? 間違いない……?」
「ああ、ほぼ間違いない。多少、誤差はあるかもしれないが」
最初の尋問から時間を置いて数度、ジェシカから尋問を繰り返し、確かめていた。
彼女は投げやりであり、誘導尋問をするまでもなく、素直に様々な情報を受け答えしてくれた。仲間のことだけは教えず、憎しみの眼差しを向けてきたが――。
「バーンズ子爵家の情報、その本拠の街からここまでの距離も大体、聞き出せた。それらの情報から加味した判断だ」
「確かですか? 嘘をつかれている可能性も――」
「細かい部分には嘘があるだろうが、大軍が攻めてくるのは事実だろう」
そう言いながらカイトはノートを取り出して広げる。
そこには簡単に街と森、そしてダンジョンとの位置関係が記されている。フィアとローラはそれを覗き込むようにし、似たような顔で唸り声を上げる。
「――距離的には大体、三日かな。姉さま」
「そうですね。それで仮に今日戻ってこないことが判明して、出陣の準備をするのに三日かかるとして……」
「いいや、軍となれば準備はもう少し早い。二日で出陣すると考えた」
だからこそのタイムリミットが五日以内。
それまでにカイトたちは迎撃の準備を整えねばならない。
ローラは顔を上げると、不安そうな眼差しでカイトを見つめて訊ねる。
「兄さま、どうするの……?」
「どうするもこうするも、迎撃するしかないでしょう。ローラ」
叱咤してくるフィアに対し、ローラは床に座り直しながら半眼を向ける。
「それは分かるけど。でも姉さま、数は百以上いるんでしょ? それを無策で迎撃するなんて、脳筋がやることだと思うんだけど」
「ぐ……だ、誰が無策だと……」
「じゃあ、何か考えがあるの? 姉さま」
ローラの問いかけにフィアは言葉を詰まらせ、視線を泳がせ――やがて、カイトの方を縋るようにおずおずと見てくる。カイトは思わず苦笑をこぼし、フィアの頭に手を置いた。
「大丈夫だ。フィア。一応、考えはある」
「――だ、そうですよ。ローラ」
「姉さまが自慢げに言うことではないと思いますけど」
自信なさげだったのが一転、見事なドヤ顔を決めるフィア。それにローラは深くため息をこぼしていたが、やがてカイトを見上げて首を傾げる。
「兄さま、それで今回の戦略は?」
「ああ、ローラが言ったように百以上、しかも正規軍を正面から受け止めるのはよろしくない。一方で、昨日使ったフィアとローラに後背を衝かせる奇襲もあまり効果がないだろう。だから、今回はダンジョンの陣地を全面で使用して迎撃する」
「それは、地下空洞の土塁も使って、でしょうか?」
「もちろん。今回、フィアとローラは最奥で待機してもらい、体力を温存しながら戦ってもらう。つまり、完全な持久戦になることを予測している」
つまりは、籠城戦だ。カイトはフィアとローラを見て頷いてみせる。
「大丈夫。あの土塁はガチガチに組んであるから、百人規模の攻撃も耐え切れる。それ以上が攻めてこようとしても、洞窟は狭いから一度に大量に入って来られない」
「つまり、私たちが立てこもっている限りは負けない、ということですね……!」
フィアが表情を明るくさせて頷き、うんうん、とローラも夢中で頷いてくれる。
「さすが兄さま! まさに稀代の軍略家!」
「それは言い過ぎだよ。歴史上の軍略家に怒られちまう」
「カイト様の世界ではそうかもしれませんが――ダンジョンに陣地という概念を持ち込んだのはカイト様です。素晴らしいお考えだと思いますよ」
称賛するフィアとローラに面映ゆくなってくる。カイトは軽く手を振ってから、とにかく、と話の矛先を逸らす。
「籠城戦は事前の準備が肝心だ。食料や物資の調達に、陣地の補強を行わないといけない」
その言葉に二人は真っ直ぐな視線で頷いて見せた。フィアは胸に手を当てて頭を垂れ、ローラは拳を胸の前で握ってやる気を見せる。
「何なりとお命じ下さい。カイト様」
「私たちが全力でお手伝いするから……!」
「ああ、頼りにしている」
頼もしい二人の言葉にカイトは頷き、まずフィアを見て告げる。
「幸いにも、今回の迎撃で魔力は充分補給できた。ゴーレムを数体増やすから、フィアはそれを率いて木材や泥炭の回収を頼む。もう隠蔽は考えなくていい」
その言葉にフィアはすぐに理解を示し、真紅の瞳を光らせて訊ねる。
「では、もう木を選んで狩る必要はない、ということですか?」
「そういうことだ。どうせ森全体に攻められたら居場所は割れるのは時間の問題だし。できるなら、木でバリケードを作るくらいに伐り倒してくれ」
「ふふっ、思いっきり暴れていいんですね。大得意です」
意気込んだフィアに微笑みかけ、カイトは言葉を付け足す。
「燃料になる泥炭も念のため、できる限りゴーレムに収集させるように」
地中に潜れるゴーレムは地下資源を採集するのにはもってこいだ。現在、台所の竈の燃料や、冷える夜のストーブ用に使っている。
(石油とかなら、火計に使えるんだが――)
ないものねだりをしても仕方ない。カイトは思考を切り替えてローラを見る。
「ローラは森の幸や卵を回収。取っておいた芋や果実も全部回収してくれ」
「了解っ。魚もやっとくね!」
心得た様子でローラは手を挙げる。その溌溂とした笑顔に釣られてカイトは笑って頷く。
「僕はフィアたちが回収した木を、キキーモラたちと一緒に加工する。逆茂木はいくらあってもいいからな。シャドウウルフは偵察に向かわせ、いち早く接近を察知できるようにする」
カイトの言葉に頷き、フィアとローラは同時に立ち上がった。
「なら、一刻も早く行動しないとね」
「ええ、森を丸裸にするくらいに行動しましょう……!」
「フィア、防衛を意識できる程度には木を残すんだぞ」
「わ、分かっています……! 物の例えです……!」
カイトが茶々を入れると、フィアが頬を膨らませ、ローラが楽しそうに笑う。その雰囲気に少しだけ和みながら、カイトは笑いかける。
「焦らなくてもいい。怪我せず、的確に仕事をしてくれ。いつも通り、夕方に返ってきてくれれば、みんなでご飯の時間だ」
「はいっ」「うんっ」
二人が元気よく応じ、石室を後にする。それを見届けてからカイトは長く吐息をこぼして視線を落とす。その視線の先にあるのは地図が描かれたノート。
事細かにメモを残し、見落としがないように進め、万全を期しているが――。
(陣地も万全じゃない。弱点もある)
それを衝かれれば陣地は直ちに無力化される。
それ以外にもこの世界には魔術も存在する。あくまでこの陣地は対人戦を想定して組み上げたもの――魔術は想定に入れていないのだ。
不確定要素は絶えない。カイトは不安を抱えながらも首を振り、前を向く。
(どうであれ、今は最善を尽くすしかない。人事を尽くして天命を待つしか――)
そして、弱点を衝かれないことをただひたすらに願うしかない――。
だが、数日後、カイトの祈りはいとも容易く打ち砕かれることになる。




