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ダンジョン暮らしは火竜少女と共に  作者: アレセイア
第二章

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第9話 決死の追撃戦

ローラ視点

(……ごめんなさい、兄さま)


 翼をはためかせ、ローラはダンジョン上空を飛び、視線を走らせる。

 内心では罪悪感で一杯だ。何せ、カイトの念話を無視して、敵を追いかけているのだから。本来ならば、彼の言うことを従った方がいいのだろう。


 だけど、弓手はあまりにも俊敏だった。

 フィアとローラが火竜の姿で攻撃した際にはすでに離脱し、仲間たちを見捨てて遁走していたのである。そのせいでもうすでにダンジョンの敷地外まで逃げられている。

 このままでは奴を取り逃がす――そうなれば、このダンジョンの存在が彼の口から伝わり、ダンジョンを目当てとした侵入者が殺到するのは目に見えている。


(それだけは、許しちゃいけない――)


 ローラは翼をはためかせ、さらに加速する。

 脳裏に過ぎるのは、楽しそうに笑顔を浮かべるフィアと、優しい面持ちでそれを見守るカイトの姿。正直、あんなに生き生きとしているフィアを見るのは初めてだった。

 大好きな姉が毎日楽しそうにしている――そんな環境をローラは守りたかった。


(もう魔力は少なくて、火竜化はできないけど)


 大丈夫。勝てる。そう言い聞かせ、ローラは翼をはためかせ、逃げる敵の姿を睨む。すでにその姿を捉えていた。ローラの姿に気づいたのか、弓手は木陰に隠れた。

 ローラは右腕だけを火竜化させると、急降下と共に木を薙ぎ払う。

 轟音と共に薙ぎ倒される木。だが、その土埃に紛れ、弓手は駆ける。木陰に飛び込んだ、と思った直後、木陰から飛び出す。その手に構えられたのは弓――。


「――っ!」


 咄嗟に身を逸らす。その頬を掠め、矢が顔の横を駆けた。ひやりとしたのも一瞬、ローラは唸り声を上げ、翼を打って敵を追いかける。


(矢なんかに負けない……っ! 私は火竜、ダンジョン最強の一角なんだから……!)


 自身を鼓舞するように咆吼を迸らせ、火竜の爪を全力で振り抜いた。弾け飛び、宙を舞う木々――だが、弓手は思いのほか機敏な動きで動き回り、次から次へと物陰に隠れる。

 その合間にも矢が飛来する。肌を掠めるたびに苛立ちが込み上げてくる。


(鬱陶しい……でも……っ!)


 荒らしまわったおかげか、もう隠れる場所は少ない。弓手が最後の隠れ場所に選んだのは大岩。その周りに爪を防げるような場所はない。


(これでもう、トドメ――っ!)


 ローラは翼をはためかせて大岩を飛び越えながら、トドメを刺すべく爪を振りかぶる。その視界に弓矢の姿が目に入る。ローラをしっかりと見据え、何かを構えている。

 ()()()()()。金属の長細い筒だ。その先端が真っ直ぐローラに向けられ。

 ぞわり、と悪寒が走る。首元に刃が当てられたような、濃厚な死の気配。

 それにローラは息を呑み、動きが止まる。脳裏に過ぎるのは主の笑顔――。


(カイト、兄さま――)


 瞬間、弓手の指が動いた。筒の奥が真っ赤に燃え上がり、何かが放たれる。


「ローラッ!」


 その寸前、真横から何かが飛び出し、ローラの身体に体当たりをぶちかます。それと同時に響き渡る空を震わせる轟音。


(……っ)


 ローラは咄嗟に体当たりをしてきた人影を受け止め、翼を一打ち。何とか軟着地することに成功する。彼女が受け止めた彼は荒く吐息をこぼしながら着地。

 それと同時に振り返り、鋭く口笛を吹いた。

 直後、それを合図に茂みから三体の魔獣が飛び出す。シャドウウルフたちだ。

 弓手は矢をつがえてローラを狙っていたが、迫ってきた魔獣に狙いを切り替える。だが、彼らを射るにはあまりにも遅すぎた。

 一瞬で間合いを詰め、跳躍したシャドウウルフ。それが弓手の喉に食らいつく。


「――っ!」


 弓手が声にならない断末魔を上げる。その身体に他の二体のシャドウウルフも飛び掛かり、完全に押し倒してその身体に牙を突き立てる。

 最後の敵が動かなくなるのは、時間の問題だった。

 それを見届け、シャドウウルフを指揮していた彼は振り返る。

 彼――カイトは今までにないくらい険しい顔をして、低い声で告げた。


「……これはお説教だぞ。ローラ」


   ◇


 突出するローラに追いつけたのは、シャドウウルフたちのおかげだ。

 彼らはカイトを背に載せ、森を疾駆。ローラが暴れ回っている場所に駆けつけてくれたのだ。おかげで間一髪のところで彼女を助けることができた。


「に、兄さま……」


 ローラが気まずそうにしているのを見ながら、カイトはシャドウウルフたちの傍に行く。その傍には弓手が持っていた長物が転がっている。金属製の筒のようなもの。

 それを拾い上げ、深くため息をこぼした。


(まさか、こんなものがあるとは――さすがに、血の気が引いた)


 それはファンタジー世界に似つかわしくはなく、日本史を学んだカイトがよく知るものだった。それを手にしてカイトはローラを振り返る。


「ローラ、これが何か分かるか?」

「え……っと……金属製の杖、じゃないよね?」

「違う。そんな生易しいものじゃない」


 ローラの答えに首を振り、カイトは声を低くして淡々と告げる。


「これは銃だ」


 カイトはそう言いながら手にしたそれを見る。

 長い金属の筒に加え、木製の持ち手がついた武器だ。火縄銃を彷彿させるが、火縄の代わりに石が取りつけられているところを見ると、フリントロック式の銃に近そうだ。

 その銃口を指で軽く叩きながら言葉を続ける。


「筒の中で火薬を爆裂させ、弾を飛ばす武器だ。小型の砲台といっても差し支えない。この銃口から飛び出した弾は凄まじい速度で人の身体を貫通する。正面から撃たれたら、僕はもちろん、シャドウウルフもひとたまりもない武器だ」


 その説明にローラの顔面が蒼白になっていく。ようやく死の危機に瀕していたことを実感したのか、身体を震わせる。そんな彼女に対し、カイトは努めて厳しい口調で告げた。


「追い詰められた敵はどんな手を使うか分からない。だからこそ追い詰めるときは慎重にならないといけないんだ。ローラ、そこで焦って独断に走るのはどれだけ危険なことか――身に染みて分かったんじゃないか」


 その言葉に彼女は視線を伏せさせる。その目には涙が浮かび、瞳が揺れている――その姿にカイトの心が痛む。


(けど――ここで許したら、またきっと同じことをする)


 短い間だけど、分かっているのだ。

 ローラはとても仲間想いであり、特にフィアのことを大事に想っていること。その仲間を守るためだったら、無茶でも何でもするのだろう。

 そういう手段を選ばない危うさは日々、感じていたのだから。


「火竜が強いのは分かっている。だけど、もう二度と無茶はするな。特に今回は無謀過ぎて――危うく、死ぬところだったんだぞ。ローラ」


 ぐっと手の中にある銃を握りしめる――その手が小刻みに震えている。

 目の前のローラの笑顔が失われる。それを考えるだけでも怖い。カイトは息を吸い込んで顔を上げ、真剣な眼差しでローラを見据えた。


「主として厳命する。もう二度と、独断に走るな――絶対にだ」


 その強い言葉にローラは瞳を潤ませ、こくん、と小さく頷いた。

 それにカイトは小さく吐息をこぼして歩み寄る。ローラは小さく肩を竦め、目を瞑る――その小さな頭にカイトはできるだけ優しく手を載せた。


「……ぇ、あ……」

「でも、よくやった。ローラ」


 そう言いながらもう片方の手でそっとローラの身体を抱きしめる。その小さな身体の震えを止めるように腕に力を込め、頭を丁寧に撫で続ける。


「よく食い止めてくれた。怖かっただろう?」

「う、うん……でも、それが私の役目、だから……」

「ありがとう。助かった。だけど、次は必ず――」

「うん、もう二度としない。兄さまの指示を絶対に聞く」


 ローラは腕の中で顔を上げると、その瞳は微かに潤み、熱を帯びていた。それから吐息をこぼすと、彼女は胸板にぐりぐりと額を押し付けながら言う。


「――兄さまの元に来られて、良かった」

「……ん、そっか」


 ローラがカイトの背に手を回し、甘えるように抱きつく。そのローラの身体を抱き留め、カイトはしばらく頭を撫で続けていた。

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