第8話 分水嶺の向こう側
冒険者視点
ダンたちは慎重に洞窟へ進み、階段状の段差を降りる。
足を踏み入れたその場所は少し拓けており、四角形の部屋のようになっている。まるで、桝の中に入った気分だ。その先にそびえ立つのは木の門だ。
ダンは足元に落ちている魔石を拾い上げ、明かりで周囲を照らしながら考えを巡らせる。
(スライの斧でぶち破って先に行くか――待ち伏せには気をつけないと)
思考を巡らせていると、不意に微かな足音が耳に飛び込む。ジェシカがはっと息を呑み、辺りを見渡した。
「みんな――気をつけて。周りに小さな気配がする」
その言葉にパーティーの全員が弾かれたように動いた。ジェシカを中心に円陣を組み、四方を警戒する。その中で小さな足音が響き渡る。
その音を探るように視線を動かし――気づく。
この洞窟の壁――その上方。そこには小さな窓が空いている。そこを小さな何かが駆けているのだ。ゴブリンよりも小さくか弱い気配。だけど、統率が取れている。
やがて聞こえたのは、キリリ、という何かを引き絞る音――。
「――っ、ジェシカっ!」
「うんっ」
彼女が魔力を迸らせ、周りを取り囲むように結界を張った。
直後、頭上から夥しい量の矢が放たれた。
「――っ」
結界の隙間を抜け、飛んできた矢をダンは剣で弾き、頭上を振り返る。
先ほど見えた小さな窓。そこから無数の矢が次々と飛び出し続けている。その無数の矢の雨にジェシカは結界を維持しながら呻いた。
「何なの、これ……っ」
「待ち伏せだ、してやられた……っ!」
ダンは言葉を返しながら唇を噛んだ。
(もうすでに、敵の術中だったか……!)
焦りをかみ殺し、ダンは冷静に思考を巡らせる。
矢の雨はジェシカの結界が防いでいる。だが時折、その隙間を縫って矢が貫通し、矢が地面に突き立っている――彼女の守りも完ぺきではないのだ。
(それに魔力も長くは保たない。その間にどうにか反撃をしないと)
だが、敵が攻撃してくるのは、頭上にある小さな窓から。そこには剣も斧も届かない。唯一反撃できる武器はキリルの弓矢だが、ジェシカの結界が逆に邪魔になり、射ることができない。
「くそ、こうなりゃ――」
矢から身を守っていたスライが腰のポーチから魔石を取り出す。それは爆魔石――魔力を込めて放れば、数秒後に爆炎を放つ魔石だ。それで爆破しようと考えているらしい。
名案だ、とダンは同意しようとした瞬間、鼻先を嫌な匂いが掠めた。
ダンは咄嗟に視線を走らせ、地面を見る。そこにあるのは地面に突き立った矢。その表面がどろりと黒い液体が滴っているのを見て、息を呑んだ。
(まずい、これは――)
「スライ、止めろ! 矢に木油が塗られている!」
ダンが叫ぶと、スライはぴくりと動きを止め、周りを見て舌打ちをこぼす。
周りに突き刺さる矢は百本を超えている。木油は可燃性の液体で、それに着火すれば、辺りは火の海――大火傷は免れられない。
「なら、どうするんだ、リーダーっ、このままだとジェシカが……!」
「分かっている、退くぞ!」
ダンが声を張り上げる――もうそれしか選択肢はない。
(いや、ここまで誘い込んで待ち伏せする敵が逃してくれるか――)
ダンは頭に過ぎる考えを振り払い、飛来した矢を切り捨てる。
今は一刻も早く死地から逃れることが肝心だった。
◇
日本の歴史を紐解くと、時代が進むに連れて城は堅牢になっているのが分かる。
古代の朝鮮式山城、環濠集落から始まり、山城は中世、戦国時代で進化していく。そして安土桃山時代で天守が備わった城、城下町を備えた近世城郭が発展。
そして、幕末には五稜郭といった新兵器に合わせた要塞まで誕生している。
そういった城砦は数多の戦いの中で洗練化されており、攻め手を効率よく阻み、討ち倒すのに適した形となっているのだ。このダンジョンに築き上げた陣地はそれらをふんだんに取り入れている。
今回、カイトが構築した陣地もまた、それを参考にしたものだ。
それが桝形、あるいは虎口――戦国時代の城によく見られた入り口の構造。入り口に殺到した敵兵を効率よく殺傷するための防衛設備である。
そうであると知らずに、そこへ無策で突っ込めばどうなるのか。
「まぁ、一方的な戦いにはなるよな」
カイトは左目を掌で覆い、その戦闘の様子を眺める。
入った侵入者たちは入り口を入ってすぐ――門前の区画で立ち往生していた。その区画は少し拓けた場所になっており、障害物などは置かれていない。
だが、実はその区画の壁を隔てた先には小さな通路が張り巡らされており、そこにはキキーモラたちが潜める構造になっている。そして、その通路に開けられた窓から侵入者を一方的に竹弓で撃つことができるのだ。
まさしく現状、侵入者たちは虎の口の中に放り込まれたようなものだ。
窓は高い位置に配しているので、侵入者たちは当然反撃できない。魔術師も結界を張って竹矢を防ぐのが精一杯のようだ。
キキーモラたちの矢の攻撃は止まらない。延々と続く攻撃に侵入者たちは撤退の決意を固めたのか、陣形を組んでじりじりと退き始める。
「ただ、まぁ――残念なことにもう手遅れなんだよな」
カイトはそう告げながら視界を洞窟の出入り口の外に切り替える。そこへ入り口――文字通り、虎口から脱した冒険者が姿を現した。
一息ついて彼らは顔を上げ、一堂に固まる。それも無理はない。
そこで待ち構えているのは、二頭の火竜なのだから。
反応する隙を与えず、フィアが前脚を振り下ろす。侵入者たちは瞬時に反応し、動き出す。だが、魔術師だけは動き出しが遅れ、それを庇うように男の一人が大盾を構えた。
振り下ろされた前脚を大盾で受け止める。その大盾がメリ、と音を立て。
直後、前脚がその大盾ごと二人を押しつぶした――受け止めきれなかったのだ。
(フィアも何度か魔力を与えて強化している。火竜に相応しい力をつけ始めたな)
カイトは目を細めながら視界を切り替える。一方のローラは剣士と斧遣い、弓遣いと対峙している。弓遣いが矢継ぎ早に矢を放ち、剣士と斧遣いが同時に踏み込む。
息が合った波状攻撃――だが、ローラは瞬時に翼を一打ちしていた。
それだけで巻き起こる烈風。それに矢は弾き飛ばされ、剣士と斧遣いも体勢が崩れる。その隙を逃さず、ローラは前脚を振るった。
それをまともに受け、剣士と斧遣いが地面を転がる。斧を持った男は地面を転がり、何とか立ち上がろうとした瞬間、その姿に影が差し――。
直後、ずん、と音を立てて前脚が振り下ろされ、斧遣いの血飛沫が舞う。
援護に来たフィアの前脚だ。剣士はすでに跳ね起き、フィアに向き直るが、そのときにはすでにローラが背後に回り込んでいる。
前門のフィア、後門のローラ――それを剣一本で捌けるはずもない。
フィアに剣を突き出そうとした瞬間、ローラの尾が強かに剣士を打ち付けた。あまりの威力で胴体が裂け、上半身と下半身が分かれてしまっている。
その凄惨な死体に思わず顔を顰める――死体はいつ見ても慣れない。
カイトは視界に焼き付いた光景を振り払うように首を振り、左の掌を外した。深呼吸して気分を落ち着かせてから、念話を飛ばす。
『二人ともよくやった』
『いえ、すみません、カイト様。実は一人仕留め損なって逃がしました』
『……っと、そうか』
先ほどの凄惨な光景で気を取られていたが、確かに二人が討ち取ったのは四人――だが、侵入者は五人。恐らく弓矢を持った青年が逃げている。
(なら、シャドウウルフに追わせて仕留めるか――)
そう考えを巡らせた瞬間、澄んだ明るい声が念話で響き渡る。
『カイト兄さま、私に任せて……っ!』
『……っ、待ちなさい、ローラっ!』
二人の声が重なる。カイトは目を見開くと慌てて左目を手で抑え、再びダンジョンの中を遠視する。目に入ってきたのは、翼を生やした人型のローラが飛ぶ姿――。
その表情がどこか必死さを帯びていて、カイトは急いで動きながら念話を飛ばす。
『ローラ、無理するな! シャドウウルフたちに任せればいい!』
『それだとダンジョンの外に逃げられるよっ、大丈夫、私がきっちり仕留めるから!』
聞く耳を持たず、空を滑るように飛ぶローラ。フィアはその姿を追いかけていくが、木々が邪魔で距離を離されてしまう。
『……っ、すみません、カイト様、すぐに……っ』
『無理するな、フィア。それより事後処理を頼む』
カイトはそう言いながら陣地を抜け、出口に向かって走る。
(――何事もなければいいんだが……っ)
逃げる侵入者は手負いの弓手。火竜であるローラなら遅れをとることは考えられない。
だが、ローラの動きはどこか余裕がなく、一方で弓手は追い詰められて必死だ。追い詰めた敵がどんな手に出るかは分からない。
あの弓手が担いでいた長細い荷物。あれが気にかかるのだ。
嫌な予感はひしひしとする。楽観視はできない。
(万が一のことを備えて動いた方がいい――)
走るカイトが念話を別の魔獣に送ってから、フィアに念話を飛ばした。
『ローラは、僕に任せてくれ――しっかりお説教してやるから』




