第5話 順調な開拓
ローラがダンジョンに加わり、一か月。
つまり、カイトがこの異世界に来て二か月が経過した。
平穏な日々を過ごしながら、カイトたちは着々とダンジョンを強化する防御陣地の作成に勤しんでいる。その日も地下空洞ではレムをはじめ、魔獣たちが動き回っていた。
「えいさー、えいさー、よーいっ、よいっ」
響き渡る楽しそうな声と共に、どすん、どすんと地響きが響き渡る。
視線を向ければ、そこで作業をしているのはローラとレムの姿。ローラが腕だけ竜に変化させて太い丸太を支え、それをレムが打ち込んでいるのだ。
(まるで、土搗唄だな……)
カイトはそれを眺めながら思わず目を細める。
昔の日本で堤防を固める普請の際、歌われていた唄だ。その唄は現代でも伝わっており、祭りなんかで聞く機会もある。
その唄にキキーモラたちも身を揺らしながら、リズムよく作業を続けている。
彼らがやっているのは竹弓や竹槍作り。その一方で土塁に逆茂木を設置しているキキーモラたちもいる。この前、キキーモラたちは増員され、現在は二十四人が働いている。
「よーし、レム、これで大丈夫だよ! みんな、少し休憩しよっか!」
ローラの澄んだ声と共に唄が止まる。みんなが思い思いに休憩を取り始めたところで、カイトは手にした籠を提げ、ローラたちに近づく。
「お疲れ。みんな。木の実を持って来たぞ」
「わ、兄さま、ありがとー!」
ローラは近づいてきたカイトにぱっと表情を綻ばせ、手にした籠を受け取ってキキーモラたちを振り返る。キキたちは手を挙げながら無邪気にローラへと近づく。
「はい、順番だよ。みんな。受け取ったら兄さまにお礼を言ってね」
ローラはその場で屈み、一人一人の木の実を手渡していく。キキーモラは受け取ると、カイトにぺこりとお辞儀してから大事そうに食べる。
それを見やりながら、カイトは視線を土塁の方に向けて目を細める。
(――大分、仕上がって来たな……)
地下空洞の敷地を有意義に使った防御陣地――その光景は壮観だ。
「やっている間はよく分からなかったけど、こうしてみるとすごいね、兄さま」
木の実を配り終えたローラは横に並び、感慨深そうに言う。カイトは頷きながら告げる。
「八割方だが、完成に近いだろう――これが僕たちの土塁陣地だ」
そう言いながらカイトは改めてじっくりとその土塁を眺める。
ダンジョンコアに通じる通路を守るように盛られた土は頑丈な土塁となっている。手前に濠を掘り、その土を盛り上げて作る掻揚土塁であり、レムの自重で表面を押し固めている。斜面にはフィアやローラが伐り出した木が配されている。
その木はキキーモラが丹念に先を尖らせており、侵入者を拒むための逆茂木や柵となっているのだ。それだけでも脅威であるのだが、仕掛けはそれだけではない。
斜面の一部は斜面を切り落とし、崖のようになっている。そしてその上には土を盛ることで簡易的な遮蔽物を作り出している。切岸、と呼ばれる防御陣地だ
(有事になったら、そこにキキーモラが待機し、弓矢で隠れながら狙撃する、と)
攻め手は崖を必死に登らねばならないが、キキーモラは崖上で盛られた土に隠れながら、一方的に矢を射かけることができる仕掛けになっている。
斜面や逆茂木だけでなく、この切岸を組み合わせた強固な防御陣地。
それがこのダンジョン土塁なのだ。
「この土塁に加えて、レムが背負子を背負い、キキたちを載せて攻撃することができる」
カイトが指差しながら解説すると、ローラは目を輝かせてカイトを見上げた。
「そうなると、少数だけどかなり長く防御できるんだね、兄さま!」
「そういうこと――何より重要なメリットは、被害を最小限にできることだな」
これまでの戦いで見たところ、侵入者たちの一番の脅威は魔術を駆使した戦いぶりだ。特に炎や雷などを使った攻撃は当たれば被害が大きい。
(とはいえ、どの程度効果があるかは、実際に実戦投入しないと分からないが)
内心で付け足しながら、カイトは振り返って出入り口の方を見やる。
「入り口の通路も工事は進めている。この陣地が役に立たないことを願うけどな」
「んん、確かにそれはそうかも。フィア姉さまはそっちの監督?」
「いや、新しい仲間たちと交流を深めているよ」
そう言いながらカイトは目を細める。丁度、フィアがその仲間たちを連れて戻ってくるところだった。ああ、とローラは納得したように頷き、フィアに向かって手を振る。
「姉さま、おかえり。どうだった?」
「ただいま戻りました。ローラ。カイト様――彼らとは大分、仲を深めてきましたよ。おいで、みんな」
フィアが振り返って声を掛けると、暗がりから三体の魔獣が姿を現す。
闇に溶け込むような黒い毛並みをした狼だ。暗闇の中でも爛々と目を輝かせ、獰猛に牙を剥いている。唸り声を響かせる狼たちにフィアが声を掛ける。
「みんな、お座り。カイト様にご挨拶」
フィアの声に応じ、狼たちが従順に伏せ、頭を深く下げた。その姿にローラが感嘆の声を上げる。
「すごい……! 誇り高いシャドウウルフをしっかり手なずけている……!」
「ああ、とんだじゃじゃ馬たちだったけどな……」
カイトも少し驚いていた。
この子たちは一週間前に召喚した魔獣たちだった。偵察を目的に呼び出したのだが最初、カイトに従う気を見せなかったのだ。その反抗的な姿勢にフィアが怒った。
『時間をください。この子たちを躾けてみせます』
それから一週間――フィアは見事にシャドウウルフを従順にさせた。
カイトが膝をついて手を伸ばし、狼たちの頭を撫でると、媚びるような鳴き声を上げる。掌を差し出せば、大人しく手を載せた。
「……すごいな。一体、どうやって?」
視線をフィアに向けると、彼女はにっこりと微笑んでくれる。
「たっぷりお時間をいただけたので、上下関係を叩き込んできました」
「そ、そうか……上下関係を」
その微笑みには凄味があり、あまり踏み込んではいけなさそうだった。
カイトは詳しく聞くのを止め、別のことをフィアに訊ねる。
「――彼らで斥候は務まりそうか?」
「ええ、もう充分に。カイト様の言うことも通じると思います。ご命令を」
「分かった」
カイトは頷き、膝をついたまま、シャドウウルフたちに視線を合わせる。
「キミたちにはこの森の偵察をお願いしたい――できるか?」
その声にシャドウウルフは揃って一声吼えた。それから踵を返し、ダンジョンの外へと向かい始める。フィアはそれを視線で追いかけ、満足げに一つ頷いた。
「あとは念話などで遠隔から指示すれば、細かく動いてくれると思います」
「……そこまで仕込むとは……すごいな、フィア」
「いえ、私も少しはお役に立たないと、と思いまして」
フィアは少し照れくさそうに笑うと、物欲しそうな眼差しで少しカイトに歩み寄ってくる。カイトは頷いてフィアの頭に手を載せた。
優しく撫でると、彼女は心地よさそうに目を細めてさらに距離を詰める。
尻尾があれば間違いなく振っているようなご機嫌だ。
一方でローラは胸の前で拳を握り、意気込みを露わにしている。
「姉さまに負けないように、私も頑張らないと……!」
「気張り過ぎない程度にな。ローラも充分、働いてくれているよ」
特に卵の回収は食糧事情の安定化に貢献してくれている。それだけでも大分ありがたいのだ。おかげで守りに徹する準備もできつつある。
だが、ローラはその言葉で満足しなかったのか、首をぶんぶんと振る。
「それだけじゃなくてもっと頑張って、姉さまよりすごいご褒美をもらうんだから……!」
「む、もっとすごい、ご褒美ですか……聞き捨てなりませんね」
フィアはむ、と唇を引き結び、ローラに視線を注ぐ。彼女は挑発するような笑みを見せてカイトに声を掛ける。
「ね、カイト兄さま、私が手柄立てたら頭撫で撫でより、もっといいご褒美くれない?」
「……それはもちろんだけど、ローラは一体何が欲しいんだ?」
カイトはフィアの頭から手を離し、ローラに視線を向ける。にやり、と彼女は笑みをこぼし、踊るような足取りで近づいてくる。
「それは例えば――」
そのまま彼女は間合いを詰め、腕を上げた。自然な動作でカイトの首に腕を絡め、顔を近づいてくる。彼女の胸が胸板に押し付けられ、柔らかく潰れる。
その感触に息を詰まらせると、ローラは睫毛を震わせ、小さく吐息をこぼす。
「カイト兄さまの、唇、とか――」
そう言いながら、彼女の柔らかそうな唇が近づく。ん、とローラは目を閉じ――。
「や、止め、止めなさいっ、ローラ……!」
唇が触れ合う寸前、フィアが間に割り込んで腕でカイトとローラの間合いを強引に空ける。フィアは顔を真っ赤にし、ぷるぷると身を震わせて声を上げる。
「ローラ、はしたないです! そんな真似……! カイト様にも失礼です!」
「えー、カイト兄さまは嫌だったー?」
「あ、いや、それは……」
固まっていたカイトは咄嗟に否定できず、視線を彷徨わせる。それにフィアは気づくと、唇を尖らせて、ぽか、とカイトの胸板を叩いてくる。
その仕草にローラは笑いながら、ごめんなさい、と軽く頭を下げる。
「これだとご褒美の前払いになるところだったね」
「……ローラ、フィアをからかうのは程々にな」
「あはは、それもごめんなさい……でも、唇が欲しいのは本心だよ」
そう言いながらローラは片目を閉じて唇に人差し指を当てる。その小悪魔らしい仕草に思わずカイトがどきっとすると、フィアがむうぅ、と頬を膨らませる。
「ローラにカイト様の唇など渡しません……! それならその前に私が……!」
「なら競争だね。姉さま。どっちが先にカイト兄さまの寵愛を受け取るか」
「望むところです……!」
火竜の姉妹が睨み合って火花を散らす。だが、二人とも敵意はなく、どこか戯れのような感覚がある。全く、とカイトは小さく苦笑をこぼし――。
瞬間、不意にぞわり、と胸の奥で嫌な感覚が迸った。




