第1話 異世界転移
日本列島の、とある山岳にて――。
「……っつぅ……しくじったな……」
一人の青年――鳴上海人は地面の穴を踏み抜き、地下空洞に落下していた。
したたかに打った腰を摩りながら、空を見上げる。踏み抜いた穴の淵からぱらぱらと土が降ってきている。かなり高い距離から落ち、したたかに腰を打ち付けてしまった。
不幸中の幸いか、落ち葉がクッションになったおかげで致命的ではないが。
(日本の山だから、と油断していたな)
腰を擦りながら立ち上がり、辺りを見渡す。中は大分広い地下空洞になっており、頭上からの穴の高さもそこそこある。梯子やロープがないと戻れないだろう。
カイトはポケットからスマホを取り出し――思わず顔を顰める。
落ちたときに下敷きになったのか、液晶が割れており、少しひしゃげている。試しに電源ボタンを押すが反応しない。完全に壊れている。
「マジか……こりゃまずいな」
思わず引きつり笑いを浮かべ、空を見上げる。
カイトがこの山で行っていたのは、フィールドワークだ。
この山には過去、とある戦国武将が居城としていたが、大規模な土砂災害で居城ごと崩壊し、一族諸共滅亡したとされている。その城跡を一目見るべく山歩きをしていた。
趣味の一環なので、誰も伝えず、一緒に歩いている仲間もいない。
つまり――助けを求める手段がないのだ。
(――遭難かぁ……)
カイトはやれやれと吐息をこぼし、辺りを見渡す。
正直、焦りはなかった。似たように穴を踏み抜いたことはいくらでもある。今回は軽装備ではあるが、少しは荷物がある。その経験を活かせば脱出は恐らく難しくないはずだ。
(焦らずに落ち着いて――っと)
カイトはそう思いながら背に負った荷物を降ろし、中から懐中電灯を取り出す。それから辺りを照らして空洞の中を探る。
光を空洞の先に向ければ、暗闇が延々と続いている。かなり広い空洞になっているようで、奥から風が入り込むような唸りが響いている。眉を寄せながらカイトは空洞の壁面に触れる。土で覆われた部分を指先で削ると、下から垣間見えたのは石――。
「――石垣?」
ぞくり、と背筋に予感が走る。息を詰めながらカイトはさらに指先で石の周りを擦り、土を擦り落とすと、石が組み合わさった壁が姿を見せる。
明らかに人為的に作られた石垣だ。
(まさか……っ)
思わず空を顧みて懐中電灯で頭上を確認する。その土の色合いは途中から異なり、露出している木の根も一定の深さまでしかない。
それを確かめた瞬間、カイトの身体が思わず身震いする。
(間違いない。ここに城が元々あったんだ……!)
恐らく土台の石垣だけは土砂で流されずに残ったのだろう。つまり、ここはその残された遺構であり――まさに、歴史的な大発見だ。
その発見に身震いする身体を抑え、カイトは深呼吸をして視線を先に向ける。
そこに広がる闇の先には、まだまだ空洞が続いている。
(本来なら手をつけずに、報告するべきなんだろうが――)
何しろ歴史的な遺構は外気に触れただけで急速に劣化することがある。適切な管理の元掘り起こされ、研究されるべきなのだ。
だが、カイトは現在遭難中だ。脱出するにはこの奥に進まねばならない。
幸い、奥からは風が吹いている。どこかに脱出路がある可能性が高い。
何より――この先に何があるか、好奇心が疼いて仕方がなかった。
(――行こう)
心に決めて荷物を背負い直し、懐中電灯で足元や頭上を慎重に見ながら先に進んでいく。この遺跡に何が秘められているのか、胸を躍らせながら。
それが見えてきたのは、しばらく遺構を進んでからだった。
先に見えてきた、ほのかな光に眉を寄せる。念のため、懐中電灯を消してみると、やはり通路の先が光っている。カイトは懐中電灯をつけ直し、壁を照らす。
微かに土で汚れている石組を見やり、ふむ、と眉を寄せる。
(この感じだと城内の地下室か何か――古井戸ではないはずだが)
水の気配は全くない。そうなると光があるのは些か奇妙だ。
もしかしたら崩落していて、上から陽光が差し込んでいる可能性がある。カイトはさらに慎重に頭上を確かめながら歩みを進め――。
やがて、見えてきたものに思わず歩みを止める。
(なん、だ……光る、鉱石……?)
その光に吸い寄せられるように、カイトはさらに歩み寄る。
そこは石室のように石壁に覆われた一室だった。その中央にある台座には、光を放っている鉱石がある。ただ一定の光を放つだけでなく、微かに脈打つように光が明暗している。
明らかに不自然な存在。歴史上でも見たことがない構造だ。
(――近寄ってはいけない)
カイトの理性が告げる――これはあまりにも不自然すぎる。
この世で自然に光を放つ物質など数が限られているが、その中には放射性物質なども存在する。また歴史的見地からしても、この場を荒らすのはよろしくない。
様々な見地から言って、この石室に足を踏み入れてはいけない――。
だというのに、カイトの足は自然と動いていた。
目の前の石に自然と引き寄せられてしまう。
気づけば、その光を放つ石の目の前に立ち、手を伸ばし――。
石に、指が触れる。
瞬間、視界が光で真っ白に染まった。
「――っ」
視界が戻ってくる。腕で目を庇っていたカイトは視界が完全に戻るのを待ちながら、わずかな違和感を覚える。空気が少し違う。
(湿っていない。乾いた空気――足の感触も、違う)
瞬きをしながら腕を降ろす。視界に入ってきたのは先ほどと同じ光る鉱石。そして石室――。
(いや、違う……同じじゃない)
石の質が違う。足元も石で固められているのだ。
カイトは弾かれたように振り返る。そこに広がっているはずの暗い通路は一見して同じように見えるが、壁が石積みではなく、洞窟のような土壁になっている。
同じようでいて、全く別の空間にカイトはいた。
「一体、何が――」
困惑で声がこぼれる。妙なガスでも吸って幻覚を見ているのか。
自分の手を見下ろし、それから石室の中心で光る鉱石を振り返る。鉱石は相変わらず不思議な光を放ち続けている。頭の中で疑問が渦巻き続けて答えが出ない。
だが、不意に響いた声がその疑問に答えてくれた。
「貴方は転移したのです。このダンジョンコアに選ばれて」
その声に弾かれて振り返る。いつの間にか通路からやってきたのか、一人の少女が立っていた。燦然と輝く金髪をなびかせ、真紅の瞳で見つめてくる。
鉱石の光で照らされた彼女の顔は整っていて、どこか神秘的で――。
思わずカイトは言葉を失う。その様子に少女が少しだけ心配するように顔を覗き込む。
「――大丈夫ですか?」
「あ、ああ……キミは、一体……?」
「私はフィアルマ。ここでいずれ来るマスターを待っていました」
そう告げて少女はその場で膝をつき、恭しく頭を垂れる。
「ようこそ、我がマスター」
「……僕が、マスター?」
「はい、どこの世界かは存じ上げませんが、貴方様はこの石――ダンジョンコアに触れられたのですよね?」
フィアルマと名乗った少女がカイトの後ろにある鉱石を指し示す。それを振り返ってからカイトは頷くと、彼女は説明を加えてくれる。
「この石はダンジョンコア。この世界に魔力を供給する存在です。私たち魔獣は魔力を糧にしており、その恩恵を受けて生きています。そのコアは自衛のために生物を召喚することがあります」
「……つまり、僕はこのコアに召喚された、と?」
「そうなります」
首肯したフィアルマを見つめ、カイトは思わず黙って腕を組む。
(……にわかには信じられない話だな……)
整理してみれば、発見した城跡の地下で不自然な岩を発見したと思えば、気づけば異世界にいたということになる。まさに荒唐無稽だ。
だが、彼女が嘘をついている雰囲気はない――。
少し逡巡していると、フィアルマが眉尻をわずかに下げ、小さな声で言う。
「――すみません、いきなりこんなことを言われても信じられませんよね」
「……あ、ああ……」
「それでもこれは紛うことなき事実なんです。そして、私たちはこのコアを守らなければ生きる術を持たない――どうか力を貸していただきたく」
そう告げた彼女は頭を垂れる。その真摯な姿にカイトは何も言えなくなり、後頭部を掻く。
(……真っ直ぐ頼み込まれると弱いんだよなぁ、僕は……)
カイトは孤児であり、いろんな人に助けられて生きてきた。特に住んでいた寺の坊主には世話になり、周りの人にも返せるようにと教えを受けてきた。
(自分だけでなく、周りの人も救えるような生き方を、か――)
衆生救済。仏の教えを思い出しながら、カイトは口を開いた。
「そうなると、いろいろ聞きたいことはあるけど――」
瞬間、フィアルマが制するように手を挙げる。その眼光は鋭くなり、表情が緊張感を帯びている。彼女の視線を追いかけ、コアの様子が変わっていることに気づく。
放っている光が、赤みを帯び始めているのだ――まるで警告を放つように。
「すみません、どうやら侵入者が現れたようです」




