第11話 初めてのダンジョン防衛②
ダンジョンの要塞化――それを目指す上でまず、カイトが作り上げたのが土塁と濠だった。これらは土を掘り、盛って押し固めるだけの単純さ故に、古代から作られてきた。
攻め手は濠や土塁を這い上る必要があり、守り手は高所を取ることで優位に立ち回ることができる。構築も容易いことから、最も手軽な要塞と言える。
ただ、それは攻めづらくするだけ。本来ならば櫓や柵などを組み合わせることで、さらに効果を引き出すことができるのだが、その時間はカイトにはなかった。
だからこそ、カイトは着目した――ゴーレムの存在に。
レムに与えた背負子は特別製だ。荷物を運搬できる以外に、その上部は平らな足場になるように作った。そこに人が乗れば、まさにそれは櫓。
今や、レムはこの背負子によって動く櫓と化し。
キキーモラたちはそのレムの肩の上から次々に投擲武器を投げ続けていた。
(上手く嵌まってくれたみたいだな……)
カイトはその光景に思わず吐息をこぼす。眼下ではキキーモラたちの投擲を受け、翻弄されている侵入者たちの姿がある。
石だけではなく、投擲武器も織り交ぜた攻撃に侵入者は土塁半ばで立ち往生している。その光景に隣にいるフィアは目を丸くしている。
「……すごい、ですね。カイト様……あの武器が、こんなに役立つなんて」
「意外と対応しづらいからな。あれ」
フィアに応えながら視線をキキーモラに向ける。彼らの足元に大量に置いてあるのは、縄と石を組み合わせた投擲武器――ボーラだ。
三つ又になった縄の先端に石が取りつけられており、キキーモラはその縄の一端を掴むと、頭の上でぐるぐると振り回す。遠心力を充分つけると、それを眼下の侵入者たちに投げた。
それを侵入者は何とか防ごうとするが、腕にぶつかった瞬間、それがぐるんと巻き付いていく。見る間に侵入者の手足にボーラが巻き付いていた。
(あの連中がフィアの竜の吐息を防いだのは驚いたけど――でも、所詮は弓なし、魔術なしの侵入者だ。それならこちらが遠距離で徹底的にボコれる)
これが土塁や濠――つまり、陣地の利点だ。
高さや斜面を活かせば、安全なところから弱い兵でも一方的に強敵を叩くことができる。無論、飛び道具があればその限りではないのだが――。
今回の敵は運よく飛び道具も魔術も使ってこない。
そのためにこの陣地に対応できず、ボーラや投石に苦戦し続けている。
「……すごい……すごすぎます。カイト様」
震えた声にカイトはフィアに視線を向ける。その賞賛の言葉とは裏腹に、彼女の表情は歪み、今にも泣き出しそうなくらい、瞳を揺らしながら告げる。
「私なんか……役立たずですね。足を引っ張ってばかりで――」
ぽろ、とこぼれる涙。カイトは手を伸ばしてその涙を指先で拭いながら首を振る。
「そんなことない。フィアが時間稼ぎしてくれなければ、ここまで配備は整わなかった。フィアの行動は足を引っ張っているわけではないよ」
ただ、正直相談はして欲しかった。あの独断はかなり肝が冷えたのだ。
少しでもカイトが駆けつけるのが遅ければ、フィアは侵入者たちの手に落ちていたのかもしれないのだ。それを想像するだけで身震いが走りそうになる。
カイトは軽く首を振ってその想像を振り払うと、フィアの目を見て続ける。
「それに――フィアにはまだ役目がある」
「……役、目……」
涙が滲んでいた真紅の瞳が、いつの間にか食い入るようにカイトを見つめている。熱を帯びた眼差しに応えるようにカイトは言葉を掛ける。
「キキーモラもレムも投石でしか攻撃ができていない――つまり今、決定打が足りていないんだ」
そう言いながらカイトは視線を土塁に向ける。そこでは未だ侵入者が二人立ち、じりじりと後退しつつある。手強いのは盾を持った男だ。
それがボーラの攻撃を全て弾いている。キキーモラは巧みな投擲で足元や後ろにいる男を狙っているが、それを察知して盾で全て防いでいるのだ。
(剣や槍なら巻き付けるんだが、盾だと防がれるからな……)
このままだと土塁を降り切り、逃がしてしまう。
それを防ぐには接近戦が必要不可欠だ。だが、キキーモラやレムにはそれが難しい。
だからこそ。
「フィア、連中を仕留めてくれるか?」
カイトは頼れる相棒の瞳を見つめ、はっきりと告げる。その言葉に彼女の瞳は大きく見開かれ――やがてその表情を引き締めると、力強く頷いて告げた。
「はい、カイト様――もちろんです」
「よし、頼んだよ」
カイトは頷くと、フィアの頭に手を載せる。そして、コアから魔力を汲み出すと、彼女へと注ぎ込んでいく。彼女の傷が塞がり、身体が熱を帯びていく。
フィアは深呼吸すると、涙をごしごしと拭って立ち上がる。
「離れてください。カイト様――すぐに、片付けてきます」
そう告げた彼女は毅然とした笑みをこぼす。直後、その全身を紅蓮の炎が包み込む。カイトが下がると、火炎は瞬く間に大きくなり、フィアはその中で姿を変える。
このダンジョンの最強なる魔獣――火竜へと。
「オオオオオオオオオオオオ!」
炎の中から姿を現した火竜体のフィアは咆吼を轟かせ、土塁の上から飛び降りる。突然の火竜の強襲に侵入者は狼狽え、体勢を崩す。
そんな中でも平静だったのは、盾を構えた侵入者だ。向かい来るフィアに対し、盾を構える。その注意は完全にフィアの方に向いている――。
(――隙だらけ、だぞ)
カイトは目を細めながら、竹弓を構え――矢を解き放つ。
直後、風を切って放たれた矢が侵入者の肩に突き刺さった。それに体勢が崩れた瞬間をフィアは見逃さない。踏み込みと同時に前脚で薙ぎ払う。
盾を構えた侵入者が咄嗟に防ぐが、肩を射られて受け止められるはずがない。
轟音と共に弾き飛ばされ、地下空洞の壁に叩きつける。それから地面に力なく崩れ落ちる――その首はあらん方向に折れていた。
そして、残るは一人。その侵入者は呆然とフィアを見上げるだけで抵抗しない。
そんな隙だらけの敵に対し、フィアは容赦なく前脚を振り下ろした。
ぐしゃり、と鈍い音が響き渡り――静寂が訪れる。
恐ろしいほど、呆気ない幕切れ。これまでの苦戦が嘘のようだった。
(――やはり、圧倒的だな)
カイトは土塁の上からフィアを見る。彼女は喉を轟かせると、全身を炎に包んだ。その巨躯が徐々に炎の中で萎んでいく。
その炎が消えれば、そこに立っているのは見慣れた金髪の少女だ。
彼女が振り返り、拳を上げて弾けんばかりの笑顔を見せる。
カイトはその笑顔に釣られて拳を上げると、キキーモラたちの歓声がダンジョンに響き渡った。




