第9話 歓迎しない訪問者
「――っ」
その感覚が過ぎったのは、ダンジョンの洞窟内を整備していたときだった。
ぞく、と嫌な予感が迸り、胸の奥が疼く。思わず胸を抑えると、一緒に作業をしていたレムが胴突き――土を押し固める道具を置き、心配そうに見てくる。
カイトは手を挙げて、大丈夫、と伝えて胸を軽く擦る。
(なんだ、今の予感――誰かが土足で踏み入ったような不快感……)
思わずカイトは息を呑んで振り返り、石室に続く洞窟に向かう。そのまま全力で駆け、石室に駆け込み――やはり、と歯噛みした。
ダンジョンコアが、赤い光を放っている。侵入者だ。
(ダンジョンを守らないと……フィアは、どこに……っ)
焦りが滲み、息が詰まりそうになる。それを抑え込みながら、カイトは左目を掌で覆い、意識を集中させる。視界に映ったのは外を歩いている鎧姿の男が四人。
(ここは――ダンジョンの外縁部の森、だな……)
獣を吊るした棒を二人で担いで運んでいる。狩りの途中でたまたま立ち寄ったのかもしれない。だが、この進路上だと洞窟に通じる入り口の近くを通りそうだ。
視点を切り替え、フィアを探す――フィアはキキーモラたちと川で作業をしている。
呼び戻すべきか。だが、どうやって――。
(……フィア……っ)
歯がゆい気持ちで左目の視界でフィアを見ると、彼女は何かに気づいたように頭上を振り返った。眉を寄せ、口を動かした。
『カイト様……?』
「……っ、フィア、聞こえるのか……!」
思わず声を上げると、フィアは目をぱちくりさせ、辺りを見渡して声を返してくれる。
『はい、カイト様。えっと、どちらに……?』
「今、石室にいるんだ」
『遠隔で、声が……?』
驚くフィアの様子を見ながら、カイトは右目でコアを見やる。
(これも多分、コアの機能なんだろう)
恐らくは配下の魔獣に意思疎通させることができるのだろう。魔力を送り込めたことも考えれば、不自然なことではない。
ともかく、この機能が使えるのは僥倖だ。カイトはすぐにフィアに声を掛ける。
「フィア、侵入者だ。今、洞窟の入り口の北方向から接近している」
『はい、分かりました。すぐに戻ります』
フィアはすぐに表情を変えて頷き、キキーモラたちに合図を出す。彼女たちがすぐに移動するのを見て、小さく吐息をこぼした。
(ひとまず、これでいい。あとは侵入者がダンジョンに気づかなければそれでいいんだが)
男たちの鎧も金属で尋常ならざる雰囲気を放っていた。さらには連中が狩ったと思しき魔獣もかなりの大きさである。
恐らくは手練れ。真っ向から相手するのは避けたい――。
ただ、戦う場合も想定しなければならない。カイトは左目から掌を外し、踵を返して石室を出る。洞窟を駆けて地下空洞に戻ると、そこではレムが待っていた。
何があったのか、とばかりに首を傾げるレムにカイトは短く告げる。
「侵入者だ。レム、背負子を背負って待機していてくれ。それと武器も準備」
その言葉にレムは一瞬だけ顔の鉱石を強く輝かせ、一つ頷いて動き出す。その一方でカイトは積み上がった土の上に足を載せ、地下空洞内を見渡す。
地下空洞内はフィアに地面を掘ってもらい、レムに岩や土を盛ってもらっている。
それで陣地の形作りは進んでいるが、それもまだ途中――充分な防備が整っていない。
(最悪の場合、これで迎撃するしかないか……っ)
カイトは小さく舌打ちしながら陣地内にある竹弓を取り出し、弦を張る。そのまま準備を続けていると、不意に頭の中に声が響く。
『カイト様、申し訳ありません……っ』
「フィアか。どうした?」
そう言いながら左目を掌で覆う。その視界に映ったのは、フィアがキキーモラたちと共に洞窟内を駆けている様子が目に入った。その表情は焦りが滲んでいる。
『洞窟に入る際、侵入者に見られてしまいました……! もしかしたら、洞窟内に侵入されている可能性が……!』
「……っ、分かった。フィア、すぐに戻ってきてくれ」
そう言いながらカイトは左目を動かす。視界を切り替え、洞窟の出入り口を見る。そこでは男たちが狩った獲物を傍らに置き、地面を剣で突いている。
そして、地面を塞いでいた茂みの偽装に気づいた。偽装を剝ぎ取っている。
「気づかれた……入ってくる」
『すみません、戻るまでまだ時間がかかります……!』
「できるだけ急いでくれ……!」
カイトはそう言いながら歯噛みする。
(フィアだけならまだしも、キキーモラたちは小さくて足も遅い……!)
彼らは一生懸命走っている様子が、左目でも分かる。だが視界を切り替えれば、侵入者たちは慎重に、だが手早く中に入ってきている。
手にしているのは剣、槍、矛、盾――。
(一見すると、弓なし、魔術なし……行けるか?)
思考を巡らせていると、フィアの声が返ってくる。
『――このままだと間に合いません。私が、戦います……!』
「待て、フィア……! 逸るな……!」
カイトは慌てて声を掛けるが、フィアの返事は帰って来ない。左目の視界を切り替えると、洞窟の中頃でフィアは足を止めていた。
キキーモラが地下空洞に戻るまでの時間を稼ぐつもりのようだ。
「……っ、レム、前に話した通りに準備してくれ。キキーモラたちにも伝えてくれ!」
カイトがレムを振り返って訊ねると、レムは一つ頷いてから首を傾げる。
カイトはどうするつもりなのか――そう言いたげな眼差しに、彼は盛られた土をひらりと飛び越えながら告げる。
「僕はフィアを連れ戻してくる――!」
◇
フィアは洞窟内の中央で立ち、出入り口の方を見据えながら深呼吸する。
(今、カイト様の傍にはレムしかいない――少なくとも体勢を立て直すための時間を稼がないと……)
何せ、フィアは焦りのあまり、洞窟に入る瞬間を見られるという失態を冒した。もっと慎重に洞窟内に戻るべきだったのに、そのせいで侵入者を引き込んでしまったのだ。
カイトの戦略は、防御陣地を駆使した防衛――そのためには戦力は必要不可欠。
キキーモラを戻すための時間が、何としてもでも必要なのだ。
(だから、私がここで時間を稼ぐしかない……戦うしか能のない、私が……!)
レムは陣地構築や力仕事、キキーモラは手先が器用で様々な道具を作れる。
対してフィアはできることが少ない。
カイトはフィアのことを褒めてくれている。だが、その言葉が嬉しい一方でフィアは役に立てないことを歯がゆく思っていたのだ。
だから、ここで挽回する。フィアにしかできない、戦働きで。
出入口を見やれば、金属音がぶつかり合う音と足音が聞こえる。着実に侵入者たちが近寄ってきているのだ。狭い通路を一歩ずつ、着実に――。
(なら、私がやるのは、確実な撃退方法)
フィアはその場で四つん這いになり、地面をしっかりと掴んで身体を固定して魔力を解き放つ。炎が頭を包み込み、めきめきと音を立てて元の姿を取り戻す。
火竜への変化。ただし、それは首から上だけ。
狭い通路の中で変化するのは、これが精一杯――全身を変化させれば、洞窟が崩落してしまう。それも手ではあるが、あくまで最終手段だ。
(吹き飛ばすのは、侵入者だけでいい……っ!)
大きく息を吸い込む。体内に巡る魔力が喉の奥で空気と入り交じり、爆発的な熱量を生み出す。人間の手足で踏ん張り、洞窟の先を見据える。
近づいてきて見えたのは、四人で進んでくる鎧の男たち――。
それが目に入った瞬間、フィアは限界まで吸い込んだ息を止め。
喉の奥から竜の吐息を解き放った。
轟音と共に噴き出した業火に視界が真っ白に染まる。あまりの出力に踏ん張った手足が地面を削り――直後、真後ろに身体が吹き飛んだ。
「……っ、くっ!」
咄嗟に炎を打ち切るが、推進力は止まらない。その勢いのまま地面に叩きつけられ、凄まじい勢いで転がっていき――。
がつん、と何かにぶつかり、息が詰まりそうになる。
(……う、ぐ……立たない、と……)
フィアは地面に手をつこうとするが、上手く行かない。頭がぐらぐらしてどちらかが天か地かも分からない――前後不覚な状態だ。
あまりの状況に竜化も解け、少女の身体に戻ってしまう。
(でも、ドラゴンブレスは確実に直撃した……撃退は、できたはず……)
その状況で顔だけ上げ、洞窟の先を見据え――目を、見開く。
ドラゴンブレスで焼け焦げ、灼熱した洞窟内。その先から歩いてくるのは、間違いなく鎧姿の侵入者だ。鎧は煤けているが、確実に歩いている。
(なんで……うそ……っ)
とにかく、防がないと。フィアは力を振り絞り、立ち上がろうとしてまた地面を転がる。無様な姿に泣きたくなるが、それを必死に堪える。
ここで防がないと、カイトの元に辿り着かれてしまう。
(あの人の脅威を取り除かないと……私は、それしかできないのに……)
動けと念じても、身体が上手く動かない。
戦えと思っても、魔力が足りない。
そうこうしているうちに近づいてくる足音。それを絶望的に思いながら、フィアは歯を食いしばって地面を掴み――。
瞬間、その身体が不意に持ち上げられた。
(――え)
向かってきた侵入者が遠ざかっていく。フィアは目を見開き、視線を動かして気づく。
誰かが抱きかかえて、走り去っているのだ。ダンジョンの奥へと。
フィアの頭上から、声が響き渡った。
「大丈夫か、フィア――よく頑張ったな」
「……っ」
聞き慣れた、頼り甲斐のある声。
(なんで……っ)
泣きたくなる。何故、彼が危険な前線まで出てきているのか。
だけど、それ以上に彼に抱きしめられていることが嬉しくて――思わず涙で滲んだ目で、彼の顔を見上げる。
主であるカイトの、不敵な笑顔を。




