表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/51

第37話 聖女、みかんを布教する――“怠惰の果実と甘いくちづけ”

朝のこたつは、罪の香りがした。

柑橘のように、甘くてやわらかくて。


「……ふわぁ~……あ、ユウヒくん。これ!」


真由が掲げたのは、橙色の小さな果実。

王都の市場で手に入れた“聖果オレンジ”の一種――らしい。


「これ、みかんに似てない?」

「みかん……ですか?」

「日本にあった冬の救世主。こたつとみかんはセット。」

「……こたつの隣に置くと、何か効果があるんですか?」

「あるよ。“幸せ度”が倍になる。」

「科学的根拠は?」

「私。」

「出た……自己完結型の理論……」


◇ ◇ ◇


「とりあえず、食べてみて!」

真由が皮をむいて、一房を差し出す。


ユウヒはおそるおそる口に入れた。

「……っ、甘い!」

「でしょ?」

「すごい……口の中が太陽みたいです!」

「詩的表現ありがとう。さすが神官見習い。」


嬉しそうに笑う真由。

その姿はまるで、太陽そのものだった。


「これ、神殿の皆にも食べさせよう!」

「……えっ、これも布教対象ですか!?」

「もちろん。“こたつ信仰第二章・果実の啓示”!」

「章立てるんですか!」


◇ ◇ ◇


数時間後。


神殿の広間では、こたつの周囲に信徒たちが集まり、

真由がみかんを配っていた。


「はい、神の恵みだよ~。皮は床に捨てちゃだめだよ~。」

「聖女さまのお手から直々に……!」

「ありがたき果実……!」

「うんうん、信仰心高まってるね~。でも食べすぎ注意。」


――そして、事件は起きた。


ユウヒが箱を運んでいる途中、

足をもつれさせて、バランスを崩した。


「わっ……!」


反射的に、真由が支える。


……が、勢い余って――


二人ともこたつの上に倒れ込んだ。


「っ、だ、大丈夫!?」

「ぼ、僕こそ……!」


こたつ布団の中。

至近距離。

みかんの香り。


世界が、止まった。


真由の唇の端に、

一粒の果汁が光っていた。


ユウヒは、息をのんだ。


(ダメだ。見ちゃいけない……)


でも、視線が動かない。


真由が、小さく笑った。


「……ねえ、ユウヒくん。」

「は、はいっ!?」

「この果実、甘いね。」

「……そ、そうですね。」

「でも――」


彼女はそっと顔を近づけた。

風鈴が、小さく鳴った。


「――君の方が、ちょっとだけ甘いかも。」


ほんの一瞬、

唇が触れた。


◇ ◇ ◇


「……えっ、い、今のは……!?」

「布教活動の一環。」

「どんな宗教ですか!?」

「“甘やかしの教え”だよ。」

「……信者になります。」


真由は笑って、こたつに潜り込んだ。

「はい、じゃあ今日の布教は終了~。」

「早すぎませんか!?」

「恋も信仰も、休息が大事。」


その言葉に、ユウヒは苦笑しながら隣に腰を下ろした。

みかんの香りが、静かに広がる。


◇ ◇ ◇


その夜――神殿の記録には、こう刻まれた。


「聖女の果実みかんは、食す者に笑みをもたらす。

 こたつのぬくもりと共に、心を溶かす神の恵みである。」


“――甘さは、救いのかたち。”


◇ ◇ ◇


布団の中。

真由がぽつりと呟く。


「ねぇユウヒくん。」

「はい。」

「また明日、みかん買いに行こ?」

「……もちろん。何箱でも。」


二人の笑い声が重なり、

風鈴がまた小さく鳴いた。


次回予告


第38話 「聖女、雪の日の告白――“こたつより君があたたかい”」

――お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ