第36話 聖女、堕落(※安らぎ)の日々――“こたつと恋の季節”
冬――。
セレニア王国の神殿にも、白い息の季節が訪れた。
けれど、この聖堂だけは違う。
「……ぬくぬく……最高……」
“こたつ”。
異世界における人類史上最強の聖具(※非公式)である。
「真由さん、また朝食をここで……」
「だって出たら寒いんだもん。」
「でも、聖堂の者たちの見本として――」
「君も入ってるじゃん。」
「……そ、それはその……見張りとして!」
言い訳の温度がすでにぬるま湯だ。
ユウヒは書類を片手にこたつの中へ沈み込み、
気づけば同じ姿勢でお茶を淹れていた。
◇ ◇ ◇
神殿の空気は以前よりずっと穏やかになった。
昼寝の間に続いて“こたつの間”が正式設置され、
信徒たちもこたつで祈るという奇妙な風習が広まっている。
「聖女さま、今日もこたつ講話をお願いします!」
「え~……寒いからパス。」
「聖女さま、それがこたつのありがたみかと!」
「じゃあ今ので伝わったね。講話完了。」
「ありがたきお言葉~~!!」
――信仰とは、勢いである。
◇ ◇ ◇
夕暮れ。
真由とユウヒはこたつの中で並んで座っていた。
熱いお茶をすすりながら、
ふたりの間にはいつもの穏やかな沈黙。
「ねえ、ユウヒくん。」
「はい。」
「この世界の冬って、なんか好きかも。」
「どうしてですか?」
「寒いから、君が近くに来るでしょ。」
一瞬、ユウヒの動きが止まった。
「……それは、ずるいです。」
「え?」
「そんなこと言われたら、もっと近づきたくなります。」
「~~っ!」
真由が思わず視線を逸らす。
けれど、その頬はこたつの熱よりもずっと赤い。
(あーもう……ずるいのはどっちだよ……)
◇ ◇ ◇
「……ねぇ、ユウヒくん。」
「はい。」
「こたつって、“出られない魔法”みたいだね。」
「ええ、たしかに。温かさの呪縛です。」
「でもさ、君と一緒なら……
この魔法、ずっと解けなくてもいいかも。」
「……僕も、そう思います。」
二人の手が、
布団の下でそっと触れた。
その瞬間――こたつの魔力が二倍になった気がした。
◇ ◇ ◇
「真由さん。」
「ん?」
「あなたがこの世界に来てくださって、本当によかった。」
「え、なに急に。プロポーズ?」
「いえ、その……感謝の気持ちです!」
「ふふっ、焦り方かわいすぎ。」
真由は笑いながら、
彼の肩にもたれかかった。
こたつの中は、二人分の呼吸と心音で満たされていく。
◇ ◇ ◇
外では雪が降っていた。
けれど、神殿の中は春のようにあたたかい。
「……ねぇユウヒくん。」
「はい。」
「次はね、“こたつみかん”作りたい。」
「……また新しい聖具ですか?」
「そう。怠惰の果実。」
「……神に怒られませんか?」
「大丈夫。きっと神様も食べたいはず。」
風鈴が鳴る。
雪の音と混ざりながら、
その音は“恋の季節”を告げていた。
◇ ◇ ◇
――そして、その夜。
神殿の記録係はこう記した。
「この冬、世界は静かに救われた。
聖女は働かず、笑い、温まり、
人々もそれに倣った。」
“――安らぎは、共に過ごすこと。”
それが、聖女真由がこの世界にもたらした最大の奇跡だった。
次回予告
第37話 「聖女、みかんを布教する――“怠惰の果実と甘いくちづけ”」
――お楽しみに!




