第29話 聖女、帰還――“彼の祈り”が届く時
夜明けの光が差し込む聖堂は、
どこか、空っぽだった。
聖女が旅立ってから、
もう三日。
ユウヒは毎朝、祭壇の前に立って祈っていた。
食事もほとんど喉を通らず、
ただ静かに、手を合わせ続けていた。
「……どうか、彼女をお守りください。」
声はかすれ、唇は乾いている。
けれど、その瞳だけはまだ光を失っていなかった。
◇ ◇ ◇
修道女がそっと声をかける。
「……ユウヒ様、少しはお休みを。」
「いいえ。僕が眠っている間に、彼女が戻ってきたらどうしますか。」
「……でも、体が――」
「大丈夫です。」
(本当は、大丈夫じゃない。)
(けれど、信じることをやめたら、彼女が消えてしまう気がして。)
ユウヒは手を握りしめた。
その指先には、真由が最後に残した温もりが、
まだかすかに残っている気がした。
◇ ◇ ◇
――その時。
聖堂の扉が、風もないのに開いた。
光が差し込み、空気が震える。
「……?」
目を上げると、
白い光の粒が舞っていた。
それはまるで、雪でも花でもない“祈りの欠片”。
「……真由さん?」
思わず名を呼ぶ。
返事はない。
けれど――その名を呼んだ瞬間、祭壇の光が強く輝いた。
そして、そこに――
「……ふぁぁ……。ねむ……」
あくび。
あくびが、聞こえた。
◇ ◇ ◇
「……え?」
祭壇の上。
光の中から、ゆっくりと人影が現れる。
金の髪を光に透かして、
ゆるくまばたきをする少女。
「……おはよう。」
ユウヒの時間が、止まった。
「……真由、さん……?」
「うん。戻ってきたよ。……ちょっと寝坊したけど。」
彼女が笑った。
その瞬間、ユウヒは走り出していた。
「真由さんっ!」
祭壇まで駆け寄り、
そのまま抱きしめる。
「……っ、ほんとに……よかった……!」
「ごめんね、心配かけて。」
「もう、二度と……置いていかないでください。」
「うん、置いてかない。
だって、私の“世界”はここだもん。」
◇ ◇ ◇
ふたりの周りを、光が包む。
神殿の外では、長いあいだ降り続いていた雨が止み、
空から虹がかかる。
「……神様。」
真由が空を見上げて、微笑んだ。
「“安らぎ”って、きっとこれのことだよね。」
――〈安らぎとは、共にある心〉
優しい声が風に溶けた。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ユウヒくん。」
「はい。」
「久しぶりに、ベッドで寝たい。」
「すぐ用意します!」
「わぁ、反応早っ。」
「当然です!」
笑い合う声が、
聖堂いっぱいに響いた。
それは“世界を癒やす”よりもずっとあたたかい、
ふたりだけの“奇跡”の音だった。
次回予告
第30話 「聖女、ただいま“ベッド”へ(安らぎリスタート)」
――お楽しみに!




