第26話 聖女、恋と使命のはざまで(選ばれし者)
昼下がりの光の中。
私は聖堂の裏庭で、花の手入れをしていた。
“安らぎの聖女”になってから、
こうして花を撫でるだけで、周囲の草木が元気になるようになった。
(やっぱりチート能力なんだよね、これ……)
(努力してないのに褒められると、逆に罪悪感あるやつ。)
そんなことをぼやきながら、
花びらをそっと撫でる。
すると、ふっと風が止まった。
音が消える。
空気が張りつめて――。
「……また、来た。」
耳の奥で、あの声が響く。
――〈聖女よ〉
「……神様。」
――〈そなたの“安らぎ”は、世界に満ちた〉
――〈だが、均衡はいまだ崩れたまま〉
――〈この地を満たす“穢れ”を鎮めねば、永き安息は訪れぬ〉
「……それって、どういう意味?」
――〈いずれ、“選ばれし者”のみが聖域に至る〉
――〈安らぎを生む力を捧げよ〉
「力を……捧げる?」
――〈己の幸福を手放す覚悟があるか〉
その言葉に、心臓がひやりと凍った。
(幸福を……手放す?)
(それって――)
「……ユウヒくん、のこと……?」
風が揺れた。
まるで肯定するように、葉がざわめいた。
「……そんなの、無理だよ。」
――〈聖女は世界を癒すために選ばれた〉
――〈一人の愛に縛られるは、定めを壊す〉
「でも、私、人間だよ。」
「好きな人がいて、笑って、一緒にご飯食べて、
その時間があるから、生きられるんだよ。」
――〈愛は強く、時に世界を壊す〉
「……だったら、世界なんて壊れてもいい。」
その言葉を口にした瞬間、
風が鋭く吹き抜けた。
花びらが舞い上がり、空に消えていく。
――〈選択の時は近い〉
声が遠ざかり、
風が止んだ。
◇ ◇ ◇
「……真由さん!」
振り向くと、ユウヒが駆け寄ってくる。
息を切らして、心配そうな顔。
「急に姿が見えなくなって……大丈夫ですか!?」
「うん……ちょっと、風に話しかけられてた。」
「風……?」
「うん、神様の電波。ちょっと強めのやつ。」
冗談めかして言ったけど、
胸の奥は重かった。
「……真由さん?」
「ねえ、もしも、私が“この世界を救う代わりに、誰かを失う”って言われたら――」
ユウヒの表情が凍る。
「あなたなら、どうする?」
彼は少しの間、何も言わなかった。
そして、ゆっくりと答えた。
「……あなたが悲しむのなら、僕は世界を救いたくありません。」
その言葉が、
胸の奥に突き刺さった。
「……そんなの、ずるいよ。」
「あなたに教わったんです。“ずるくていい”って。」
私たちは、顔を見合わせて笑った。
でも――
笑いの奥に、互いの不安が隠れているのを、どちらも分かっていた。
◇ ◇ ◇
夜。
ベッドの中で、
私は天井を見上げていた。
「……ねえ神様。」
静かな声でつぶやく。
「私、たぶんもう“聖女”より、“ひとりの女の子”として生きたいんだ。」
「それでも、この力が誰かのためになるなら――」
布団を握りしめる。
「どうか、“彼を失わずに済む道”をください。」
その祈りは、
誰に届くとも分からない。
けれど確かに、涙の中で光っていた。
次回予告
第27話 「聖女、神託の地へ――“別れ”の前夜」
――お楽しみに!




