第20話 聖女、夢の中で“運命の声”を聞く
夜。
ユウヒの唇が額に触れた温もりが、
まだ残っていた。
心臓が落ち着くまでに、どれくらい時間がかかっただろう。
布団に顔を埋めながら、
何度もあの瞬間を思い出していた。
「……もう、寝れない。」
そう呟いて、無理やり目を閉じた。
そして――夢を見た。
◇ ◇ ◇
そこは、白い世界だった。
上下も、前後もない。
光だけが漂う、静かな空間。
(……ここ、どこ?)
自分の足が、雲の上にあるように感じる。
風も音もない。
ただ、“声”だけが響いた。
――〈聖女よ〉
女でも男でもない、不思議な声。
優しく、けれど圧倒的な存在感を持っていた。
「……あなたは、誰?」
――〈お前をこの地に呼んだもの〉
「……召喚した神様ってこと?」
――〈そのように思ってもよい〉
光が揺れる。
まるで、言葉のひとつひとつが世界を動かしているようだった。
「何のために……私を?」
――〈この世界は今、“眠り”を失いかけている〉
――〈人々は焦りと恐怖に飲まれ、安らぎを忘れた〉
――〈ゆえに、我は“安らぎの聖女”を求めた〉
「安らぎの……聖女……?」
――〈お前が笑うとき、人は救われる〉
――〈お前が眠るとき、世界は癒える〉
(……寝てるだけで世界救えるの!?)
(それ、私の得意分野じゃん!)
――〈しかし〉
声の調子が変わった。
――〈“聖女”の眠りを守る者が現れねば、光は長くは続かぬ〉
「守る者……?」
――〈汝が心を寄せた男。彼がその鍵となろう〉
「……ユウヒ、のこと?」
光が揺れた。答えの代わりのように。
――〈いずれ“選ばねばならぬ時”が来る〉
――〈世界か、ひとりの命か〉
空気が変わった。
胸の奥が、ざわりと震える。
「そんなの……選べないよ。」
――〈まだその時ではない〉
――〈眠れ、“安らぎの聖女”よ。愛が、お前の道を決める〉
その言葉を最後に、光が遠ざかっていく。
◇ ◇ ◇
「……っ!」
目を開けると、見慣れた天井。
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
夢の余韻が、まだ肌に残っている。
心臓の鼓動が早い。
けれど、不思議と怖くはなかった。
「……夢、じゃないよね。」
あの“声”の響き。
あの言葉の重さ。
全部が現実よりもリアルだった。
そして――
思い出す。“ユウヒを守る者”という言葉。
「守る、か。」
私は、指先を見つめた。
昨日、彼が触れた額のあたりが、まだ温かい気がした。
(今まで守られるばっかりだったけど、
次は私が、守る番なのかもしれない。)
そう思うと、胸の奥に静かな決意が灯った。
◇ ◇ ◇
その日の朝。
ユウヒが部屋に入ってきて、
いつものように笑った。
「おはようございます、真由さん。」
「……うん、おはよう。」
その笑顔を見た瞬間、
“夢の声”が脳裏によみがえった。
〈いずれ選ばねばならぬ〉――
でも、今はまだ考えない。
この笑顔を見ているだけで、
それだけで十分だから。
「ねえ、ユウヒくん。」
「はい?」
「今日も、いっぱいだらけよう。」
「えっ!? それでいいんですか!?」
「だって、“安らぎ”ってそういうことでしょ?」
「……たしかに。」
ふたりで笑った。
その笑顔が、まるで光そのもののように、
部屋の中を照らしていた。
次回予告
第21話 「聖女、祭壇の前で“未来”を誓う」
――お楽しみに!




