第2話 聖女、働かない宣言
朝。
目を覚ますと、知らない天井――いや、もう知ってる。
昨日の異世界の天井だ。
「……夢じゃなかったか。」
寝心地の良すぎるベッドに包まれながら、私はため息をついた。
マットレスはふかふか、シーツは絹のよう、枕は神。
たぶんこれが“聖女待遇”というやつだ。
「おはようございます、聖女さま!」
ドアが開き、子犬神官――ユウヒが入ってきた。
朝日を背に受けて微笑む姿は、なんというか……まぶしい。
人の朝には、まぶしすぎる。
「おはよう、ユウヒくん。朝から元気だね」
「はい! 聖女さまのお目覚めをお迎えできる喜びでいっぱいです!」
「宗教的テンション高いな……。」
彼の手には銀の盆。
白い蒸気の立つスープ、焼きたてのパン、カットフルーツ。
完璧な朝食セット。
「え、これ作ったの?」
「はい! 修道厨房で。特製の“聖女さま回復メニュー”です!」
「カロリー高そうだね。」
「滋養と癒しは、聖女さまの務めですから!」
うん、言ってることがよく分からないけど熱意だけは伝わる。
「では、さっそくお召し上がりください!」
「うん、自分で食べられるよ?」
「いえ、これは聖女様専用の儀式ですので!」
スプーンを手にしたユウヒが、完全に“食べさせる気”だ。
私は慌てて手を振った。
「いやいやいや! 口まで運ばなくていいから!」
「ですが……!」
「“ですが”じゃないの。成人女性、まだ介護対象じゃないから!」
彼は少し残念そうに肩を落とした。
その姿がまた子犬っぽくて、怒る気も失せる。
「……じゃあ、せめてお祈りだけでも」
「え、いただきます的な?」
「“聖女さまの一日に神の加護を”という祈りです!」
両手を組んで祈りの言葉を唱えるユウヒ。
その真剣な横顔に、私はつい見とれてしまった。
――ほんとに信じてるんだ、この世界の神様を。
そして、私を“聖女”として。
ちょっとだけ、胸の奥が温かくなった。
……が、すぐに現実が追いつく。
「で、その“聖女”って、具体的に何すればいいの?」
「え?」
「いや、仕事の内容。日報とかある?出勤時間は?」
「しゅっきん……?」
通じてない。
あ、この世界に“社畜”という概念は存在しないのか。
ちょっと羨ましい。
「えっと……神への祈り、癒しの儀式、民の加護……などを」
「それ、つまり“働く”ってことだよね?」
「は、はい……!」
「じゃあ、私、聖女のくせに働かない方向でいこうかな。」
ユウヒがフリーズした。
まるで“理解不能なコマンド”を入力されたAIみたいに。
「……は、働かない?」
「そう。聖女にも有給って必要だと思うんだ。」
「ゆ、有給……?」
「つまり、“神の休暇”。」
「そ、それは……尊い考えかもしれません!」
理解が早い。順応性が高い。やっぱり犬だ。
「では、“聖女さまの休暇”を正式な儀式として記録します!」
「うん、そうして。」
こうして私は、異世界に転生して初日から“ベッドで過ごす休日”を正式に認定された。
世界を救うどころか、シーツを暖めているだけで仕事扱い。
やばい、この世界、私に優しすぎる。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
外は鐘の音が響き、神官たちが祈りを捧げているらしい。
私はというと、もちろんベッドの上。
クッションに埋もれながら、ユウヒが淹れてくれたお茶を飲んでいた。
「ねえユウヒくん、この世界の神様って何してるの?」
「えっと……世界を見守ってくださっています!」
「つまり、働いてないんだ。」
「ち、違いますっ!」
慌てて否定するその様子がかわいい。
ああ、この子ほんと真面目なんだな。
私は笑いながら、紅茶を一口。
異世界の茶葉は意外と香りが良い。
味はちょっとハーブ寄り。でも悪くない。
「……ねえ、ユウヒくん。」
「はい、聖女さま。」
「この世界に、“お昼寝の神”とかいないの?」
「お昼寝……?」
「いたら崇めるんだけど。」
「……では、僕が信仰します!」
「え、何を?」
「“お昼寝の神”――つまり、聖女さまを!」
あ、これ駄目なやつだ。
忠誠心が極まって信仰対象がズレてる。
でもその真っ直ぐな瞳に、私は何も言えなかった。
この世界の“信じる”という行為は、想像以上に強い。
そして、それが私を少しずつ、変えていく。
――まあ、今日はまだ変わらないけどね。
だって休日だから。
◇ ◇ ◇
たぶん私の“聖女生活”は、
世界を救うより先にベッドから出ることから始まる。
でもそれでいい。
この子犬みたいな神官が傍にいてくれるなら――
私は、今日も幸せに“働かない”聖女でいられる。
次回予告
第3話 「聖女、風呂で溺愛される(物理的に)」
お楽しみに!




