第10話 聖女、初めての街デート(護衛つき)
朝。
目を開けると、カーテンの隙間から柔らかな光が差し込んでいた。
「……ユウヒくん、朝だよ。」
「はい! 今日は外出日です!」
外出。
その言葉だけで、布団の中に潜り込みたくなる。
「行かなくてもいい?」
「ダメです! 王都の民が聖女さまを一目見たいと!」
「オンライン配信じゃダメ?」
「その概念はありません!」
◇ ◇ ◇
そして数時間後。
私は王都の大通りを歩いていた。
……正確には、護衛十名に囲まれていた。
「完全に要人警護だね、これ。」
「聖女さまは国宝ですから!」
「いや、人間ですけどね?」
周囲の人々が道端で手を合わせてくる。
パン屋の娘、商人の夫婦、子どもたちまで。
みんな笑顔で、「聖女さまだ!」と声を上げていた。
(……すごいな。寝てるだけで人気者って。)
ユウヒは私の隣で、いつもより緊張した様子だった。
「ご無理はなさらないでくださいね。
人が多いですし……手、離さないでください。」
その言葉と同時に、手をそっと握られた。
……温かい。
彼の掌が、思っていたより大きくて、やさしい。
「え、えっと……」
「危険防止です!」
「そ、そういうことにしとこうか。」
顔が熱い。
日差しのせい、ということにしておこう。
◇ ◇ ◇
市場に入ると、屋台が立ち並び、香ばしい匂いが漂ってきた。
焼き菓子、果実、ハーブティー――全部おいしそう。
「ユウヒくん、あれ食べたい。」
「どれですか?」
「全部。」
「えっ!?」
護衛たちがざわつく中、ユウヒは真剣に財布を取り出した。
「……では、全部買いましょう。」
「え、冗談だったんだけど。」
「いえ、聖女さまの望みは僕の使命です!」
「やめて、それ重い!」
結局、両手いっぱいに包みを抱えたユウヒが戻ってきた。
その姿が完全に“買い物に付き合う彼氏”で、ちょっと笑ってしまう。
「そんなに持って大丈夫?」
「はい! 聖女さまは手を汚さないでください!」
「……君、ほんとに甘やかしのプロだね。」
◇ ◇ ◇
昼下がり。
広場の噴水のそばに腰を下ろした。
護衛たちは少し離れたところで見張っている。
私は買ってもらった果実タルトをひと口。
「……おいしい。」
「よかった……!」
ユウヒの顔がほっと綻ぶ。
その笑顔がまぶしくて、私は思わず目をそらした。
風がそよぎ、白い聖衣の袖が触れ合う。
ほんの一瞬、世界が静かに止まった気がした。
「ねえ、ユウヒくん。」
「はい?」
「私、こういうの、久しぶりかも。」
「こういうの……とは?」
「誰かと、のんびり歩いたり、食べたりするの。」
ユウヒは少し考えて、そして笑った。
「僕もですよ。」
沈黙。
でも、悪い沈黙じゃない。
穏やかで、心がふわっとする。
◇ ◇ ◇
「聖女さま! もうすぐ日が暮れます!」
護衛の声で我に返る。
「そろそろ帰りましょう。」
「うん。」
立ち上がったとき、足元の裾を踏みそうになって、
バランスを崩した――その瞬間。
「危ない!」
ユウヒが私を抱きとめた。
体が重なって、距離が、近い。
彼の瞳が、ほんの一瞬、揺れた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「う、うん。ちょっと重力に負けただけ。」
「……やっぱり、聖女さまは軽いです。」
「褒めてるのそれ?」
「はい。守りやすいので。」
(この子、やっぱり人を油断させる天才だな……)
◇ ◇ ◇
帰り道。
馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。
夕焼けが王都の屋根を染めている。
「今日は、どうでしたか?」
「うーん……疲れた。でも、楽しかった。」
「それなら何よりです。」
ユウヒの笑顔は夕日の色を映して、やさしかった。
その横顔を見ながら、ふと思う。
(……この子がそばにいるなら、異世界も悪くないな。)
そう心の中で呟いて、私はまた、心地よい眠気に落ちていった。
◇ ◇ ◇
――この日、王都ではこんな噂が流れたという。
「聖女さま、民の間を歩かれた!」
「隣にいた神官と手をつないでいたぞ!」
「尊すぎて死にそうだ!」
……噂の伝播速度、異世界でも速すぎない?
次回予告
第11話 「聖女、夜の聖堂で“お祈りごっこ”」
――お楽しみに!




