こんな奇跡いらない!
放課後の教室。
空は夕焼け。
教室にはもう数人しか残っていない。
佳奈はそわそわしていた。
なぜなら
「……一緒に、帰らね?」
そう、悠真くんに誘われたからだ。
「え、え、ええっ!? 一緒に帰るって、あの、その、並んで!?」
「……うん、そうなるな。嫌ならいいけど」
「い、いやじゃない……けど……!!」
かあああと頬を真っ赤にしながら、液タブで作業していた右手をぎゅっと握りしめる佳奈。
そして勇気を出して立ち上がった。
──────
「駅まで、一緒に歩く?」
「……う、うん……」
並んで歩く。学校の坂を下りる道。
なんだかぎこちない。でも、悪くない。
佳奈はうつむきがちで、ときどき横目で悠真くんを盗み見る。
悠真は悠真で、手持ち無沙汰そうにスマホをいじりながら、たまに気まずそうに笑った。
「……佳奈ってさ、どこ住んでんの?」
「えっ、あ、えっと……〇〇区……だね」
「えっ。マジ?それ、俺も」
「……え、まじか」
「え、じゃあ最寄りの本屋は?」
「え、〇〇図書」
「えっ!?同じ、ってことはさ……家、わりと近い……?」
「えっ……」
ふたり、ぴたっと止まる。
「……」
「…………」
「……まじで?
「……まじ……だと思う」
「えっ、えっ、あの、まって、そ、それって、え、う、うちの最寄り……○○○駅なんだけど……」
「俺も……○○○駅。あの、スーパーあるとこ」
「スーパーの前の文房具屋の向かいの細道、通ってる……?」
「通ってる……」
「ご、近所さんじゃん……!!!???」
「な、なんか……変な汗でてきた……!」
──────
ぎこちなかった歩調が、オタクトークで一気に加速する。
「でさ、さっきの第24話の話なんだけど、クロノがセシリアの腕引いてさ、“俺の命なんて、君に使うためにある”ってあの台詞……」
「やばかった……し、死んだ……しんどすぎて……心臓がもたない……」
「しかもその後の“……お願い、もう……行かないで……”でダメ押しね。俺、あれ見て3回吐いた」
「……ちょっとわかる……布団でうずくまって泣いた」
「俺、壁殴った。隣の部屋の母ちゃんに怒られた」
「えっ、やばっ……ww」
「いやまじで、もう、“推しカプ供給過多しんどい死”って言葉はあのときのためにある……」
「わかる……それ描いてた私も、泣いてた……自分で描いてて……しんどかった……」
「マジ感謝……。いや、ほんとにさ、佳奈ちゃんの絵って、なんつーかこう、表情とか感情が、もう……こっちの魂にぐさって来るんだよね。やばいって、ほんと」
「えっ……えっ……な、なんか恥ずかしい、けど……嬉しい……」
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悠真がふいに、スマホを取り出して画面を見せる。
「あ、これ。俺のアカウント。@mori_001208 ってやつ。実はずっと、カナナンのファンで。初期からずっと見てる」
「えっ!?!?!?!?!?」
スマホに映ったそのアカウント――
見覚えが、あった。
というか、いいねもRTも、何度も来てた。
何より、ひとつだけ――
「(……やばい……この人……R-18の絵にも……いいねしてる……!!!)」
真っ赤になって佳奈が口元を押さえる。
「……あの、その、R-18も、見たんだ……?」
「……ごめん、でも……全部、尊かったから……」
「うあああああああああああああ!!!!!」
顔を覆って座り込みそうになる佳奈。
「う、うそ、し、死ぬ……!!あれ、趣味全開で描いたやつ……!!台詞とか……!!」
「最高だった。構図とか、あのクロノの腰の動きとか、神だった。あれはもう、芸術」
「やめてぇえええええええええ!!恥ずかしいぃいいいい!!」
顔を両手で隠してうずくまる佳奈に、悠真が優しく笑いながら言う。
「……でも、やっぱりすげぇと思う。描けるって、すごいよ」
「……そ、そういうこと言わないで……余計、恥ずかしい……」
──────
駅に着いて、2人で並んで改札を通る。
そして――電車が来る。
2人は並んで乗り込む。
空いてる車内。
でも、会話は、ない。
「…………」
「…………」
(気まずい……!さっきまであんなに話してたのに、なにこの気まずさ……)
(だって、R-18の話された後とか……むり……しんどい……でも好き……)
そんな沈黙の中。
ふいに、スマホがブルッと震えた。
見ると、DMが届いていた。
"さっきはごめん。恥ずかしがらせたね。でも、ほんとに好きだから。
尊いと思ってる。絵も、世界も、描いてる君も。
……あ、フォロバ、ありがとう。"
佳奈はそれを見て、声を出さずに、小さく――笑った。
そしてスマホを打ち返す。
"ありがとう……真横にいるのにこうやって会話するの、笑う"
悠真が小さく吹き出して、目を細めて隣の佳奈を見る。
「……やっぱ、佳奈って呼んでいい?」
「…………っ、もう、好きにしてよ……」
──────
了解です。
第3話の次回予告を、アニメや青春ドラマ風の雰囲気で、少し詩的にまとめますね。
タイトルも含めて構成します。
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次回予告 第4話
「君のアカウントの中の、君を見た」
偶然なんかじゃない気がした。
フォロバ、そして、DM。
「本屋、行かない?」
現地集合。
待ち合わせなんて、何年ぶりだったっけ。
あの棚、このタイトル、語り合ううちに――
「え?なんか今日……会話、弾んでない?」
気づけば、漫画を買い合っていた。
おすすめって、信頼だ。
ちょっとずつ、心の距離が縮んでく。
けれど、スマホを見たとき――
彼女は“mori”というアカウントの中にある、
もう一人の僕を知ってしまう。
「……案外、フレンドリーなのかもね」
揺れる電車の中、無言の間にも、
少しずつ何かが育っていた。
次回、「フレンドリーな森下くん」
世界は、同じ“好き”でつながっていく。