私の秘密
高山佳奈、高校2年。身長149cm
髪は重めのぱっつん黒髪、前髪はギリギリ目にかかる程度。制服はきっちり、声は小さく、休み時間は机で読書、昼はいつも一人。体育は見学、放課後は即帰宅。
そんな彼女はクラスでは「大人しい子」としか認識されていない。いわゆる“陰キャ”。
——でも、それは「表の顔」。
彼女の裏の顔は、Twitterで6万人超のフォロワーを持つ人気絵師。
アカウント名は、カナナン。
とあるジャンルのNLカップリング(男女恋愛)が大好きで、そのカプのイラストを描き続けてきた。キス未満のじれじれした距離感、ほんの些細な仕草に宿る恋情、切なさとあたたかさの交錯するストーリー性……「この人、恋してるでしょ」「感情の描写が天才」と評価され、界隈では神絵師とまで呼ばれている。
もちろん、学校では誰にもバレていない。
……はずだった。
その日、いつものように授業を受け、休み時間にこっそりスマホを見てツイートを確認し、下を向いて黙々とノートを取っていた佳奈は、突然名前を呼ばれた。
「……高山さん、ちょっといい?」
振り返るとそこには、クラスの男子・森下悠真が立っていた。
特徴的なメガネに、ややボサついた黒髪。決してイケメンではないが、清潔感はある方。アニメやゲームが大好きで、放課後はアニメイトに行ってるという噂もある。俗に言う「チー牛オタク」のイメージで、クラスでも浮いている存在。
佳奈は焦った。
(えっ、何? 話しかけられるような接点ないはずなんだけど……)
「……なに?」
できる限り無感情に返す。
すると、森下は少し声を潜めて言った。
「@KANA_NANANANって、高山さんだよね?」
——時間が止まった。
(……えっ? えっ、えっえっえっ!?!?)
心臓が、跳ねた。いや、飛んだ。
口の中がカラカラになる。
「……な、な、なに言ってんの?」
必死に平静を装うが、声が裏返る。
「いや……ごめん、違ってたらアレなんだけど。でもさ、いろいろ一致しすぎてて。名前も“かな”って珍しくはないけど、ツイートの時間帯とか、内容も。例えば“体育休んだ日”とか、“今日の給食うまかった”って話とか。“低身長でつらい”って呟いてた次の日に、教室で牛乳踏んで転んだって話もあってさ……」
「………………(死にたい)」
佳奈は今にも窓から飛び出したい気持ちだった。
「あと、絵の感じ。黒のインクの線の入り方とか、塗りの仕方。文化祭の時のイラスト係、あれ高山さん描いてたでしょ? 似てるんだよね、めっちゃ」
バレバレじゃん。
てかなんでそんな見てんの!? 調べすぎじゃない!? 怖っ!!
……そう思ったけど、佳奈は恐る恐る尋ねた。
「な、なんでそんなに、知ってるの……?」
森下は、少しだけ頬を赤らめた。
「だって、好きだから。その……そのカップリングが」
「……は?」
「いや違う! 高山さんが好きって意味じゃなくて、まだ! ……そのカプが好きって意味で!」
「まだって何!!?」
森下は真っ直ぐ佳奈を見た。
「俺、カナナンの絵、大好きなんだ。毎回見てる。フォローしてるし、通知もオンにしてる。ていうか、尊敬してる」
「う、うそ……(もうやめて……)」
「こんなに“恋”をわかってる人が、リアルでこんな近くにいるなんて、すごいなって。ずっと会ってみたいって思ってたけど、まさか同じクラスだとは思わなかった……」
佳奈の顔は、もう真っ赤だった。
耳まで熱い。というか、熱すぎて沸騰してる。
「高山さん……いや、もう“佳奈”って呼んでもいい?」
「えっ!? えっ!? 無理無理無理無理無理っ!!!」
心臓が壊れるかと思った。
でも——
どこか、ほんの少しだけ。
「秘密」がバレたことが、怖くなかった。
むしろ——
「好きなものを好きって言ってくれる誰か」と繋がれたことが、少しだけ、嬉しかった。
これは、人気絵師の“秘密”から始まる、
陰キャ女子と陽気オタク男子の、
ちょっと不器用で、すごく甘いラブコメのはじまり。
──────
次回予告:第2話「こんな奇跡いらない!」
「えっ、まさかのご近所さん……!?」
放課後、森島くんに“帰り道”を聞かれた高山佳奈。 偶然すぎる奇跡――それは、電車通学のお隣さん判明イベント!
「俺、moriってアカウントなんだ」
「…………え!? フォロワーだったの!? しかもめっちゃ語っるじゃん……!」
オタクトークが止まらない帰り道。
だけど、心のどこかはずっと恥ずかしさで爆発寸前。
さらに、森島くんからの“あるひと言”が佳奈の心に刺さって……?
ちょっとずつ、でも確実に近づくふたりの距離。
電車の中、静寂のすき間で―――
次回、『カナちゃんの秘密』
第2話「……家、どこなの?」
「……佳奈って、呼んでいい?」
その言葉に、胸が跳ねた。