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第四話「休日の眺め」

 ジニアは、何時も通りに冷凍車を運転している。休憩のために立ち寄ったサービスエリアの駐車場から、道路の天上が見えた。鮮やかな葉の緑に映える、薄紅や黄色や白の花が咲いていた。

「機内温度」が春に設定され終わったらしい。

 スペースコロニーの中に季節は存在しないが、定期的に植物に花がつく時期はある。

 何でも、環境保全委員会が、秘密裏にコロニーの中の気温を操作しており、わずかに上下するそれによって「冬が来た」とか、「春が来た」と勘違いした植物が、花を咲かせるのだと言う。

 環境保全委員会の話が、何処まで本当かは分からないが、目を楽しませてくれる物が咲くのは悪い気分ではない。

 つい最近、ジニアの「春」が、地上へ向けて去った。

 プラントから、ラスタが退社したのだ。地上への移動と言う、誰しもがうらやむ栄転であるが、退社の理由が理由なので、盛大な見送りはなかった。

 こっそりと、先日の「治安保全委員会」に関した時の、ラスタの知人友人が集まって、彼女を地上行きの船に乗せた。

 ラスタの花道を見送れてよかったと、ジニアは納得している。

 どこの誰とも知らない奴に、ラスタが危害を加えられる前に、彼女を逃がせてよかった。

 そう思ってみるが、天井に生えている薄紅色の花を見ていると、何となくラスタの事を思い出してしまって、目頭に涙が滲む。

 鱗を脱ぎ去った彼女は、柔らかな茶色の髪と、紺碧の瞳をした、白い肌の女性だった。指先と爪、それから唇はピンク色で、彼女の瞳の色や、肌の白さと合わせると、何とも儚げだが凛とした印象の女性だった。

 地上に行ったら、ラスタのような容姿の女性は、たくさんいるのかもしれない。

 だけど、「人外奇形」の者が持つ慎ましやかさと、地上の人間の美しさを持った「人間」なんて、そうざらにはいないだろう。

 ラスタを送り出すとき、彼女の姉貴分である、グレンにも聞いてみた。

「君も、何時かは地上に行きたい?」と。

 すると、グレンの返事はこうだ。

「私の目標は、『貨物船』の搭乗員になる事なの。私達が来た、濃紺の宇宙に還りたいのよ」

「なんで?」と、ジニアが続けて聞くと、グレンは答えてくれた。

「子供の頃、私は何時も、宇宙船の窓から、何時でも紺色の『お外』を見てた。そこに色んな強さと色で光る星があって、私は永遠に、この星の海の中を旅して行くんだって、ずっと夢を見てた。それを現実にしたいんだ。もう一度、星の光る紺色の窓のある家に、帰りたい」

 グレンは、黒い髪と褐色の瞳をしていて、きりっとした黒い眉が凛々しい。ラスタと比べると「強い女性」と言う印象があった。だけど、彼女だって「人外奇形」の持つ、慎ましやかさは持っていたのだ。

 自分の記憶の中にある、懐かしい「家」に帰りたい。

 そのために、グレンは「人間」の姿を手に入れたのだ。

 グレンの夢……いや、目標も、何時か叶うだろうか。

 そんな事を考えながら、自販機にコインを入れ、カカオ風味料の濃さを決めてから、「販売」ボタンを押した。


 三日に一回の休暇の日。ジニアは、「繁華街」に行ってみた。列車でステーションを三つほど移動して、土埃も舞わない、清潔な路地を歩く。

 見た目が「人外」だからと言って、その心まで「人外れ」である事はない、と、ジニアは信じている。

 貨物船の搭乗員や、子供の面倒を看る施設の人々は、「しっかりした労働者になってくれる子供を作る」ために、信頼関係を大切にしていた。

 人間と言うのは、社会の中に存在する信頼関係を信じる事で、安心して生活を送る事が出来る。

「私達は『仲間』であり、『友人』であるからこそ、助け合えるのよ」と、施設の人々は子供達に語り掛けていた。

 しかし、ジニアも、その言葉は理想である事を、この二十年間の中で知ってしまった。

 どれだけ言い聞かされても、相手を『仲間』だと思えない奴等も居る。鰓持ちは、鰓持ち同士しか自分達のコミュニティーに入れない。

 奇形の姿だった時は仲間意識があっても、「まともな姿」になったために、彼等の友情が壊れるのを何度も見てきている。どちらかと言うと「人外奇形」を持っているほうが、手術後の人間をやっかみ、群れの中から追い出そうとするのだ。

 歩く道には、自販機の紙コップ一つ落ちていない。清掃係が、違法にゴミが投棄されていないか、毎日見回っているからだ。

 天井に生えている植え込みや枝葉は、丁寧に刈られている。あれも、ジニアが知らない誰かが、定期的に手入れをしてくれているから、守られている景観だ。

 町を綺麗にする心は働くのに……と、ジニアはちょっと悔しくなった。

 それから、町の清掃係の人達が、プラントの従業員みたいな「やっかみ」を抱えてると思わなくて良いじゃないかと思い直した。


 丸い電光照明が燈されている繁華街は、建物と人の間を、乾いた空気が流れている。今日の湿度は少し低いらしい。

 フェルトで作られた、洗うとすぐに縮んでしまう子供着や、手に取った途端、表面のラメが剥がれる安っぽい小箱を横目に、ジニアは馴染みの革細工屋で「かっこいいマスク」を探した。

 今も、差しさわり無い、無難な黒の革マスクをつけていたが、今流行りの模様のマスクは出ていないかを見に来たのだ。

「人外奇形」を持っている大人は、顔を隠したがる傾向が多いので、模様の無いカラフルなマスクの他に、アイビー柄、火炎柄、隈取柄、豹柄、虎柄、ゼブラ柄、と、色んな模様のマスクが置いてある。

「よぉ。ジニアじゃないか」

 店のカウンターの奥から、老年の店主が声をかけてきた。

「新作はまだ出てないけど、ゆっくり見て行ってくれよ」

「ああ」と、ジニアも答えた。

 施設を卒業してプラントに就職し、洒落っ気がついてきてから、ジニアはこの店の店主に親しくしてもらっている。

 初めての給料で買ったのは、この店の「ゼブラ柄のマスク」だった。当時十二歳だったジニアは、そのマスクが白黒でお洒落だと思ったのだが、それをつけてプラントに行ったら、同年代の青少年達に「お前、おばちゃんかよ」と、だいぶ笑われてしまった。

 その事を店主に打ち明けると、励まされた。

「何がカッコイイかを分からない奴の揶揄いなんて、真に受ける必要はない」と。

 それから、ジニアの「お洒落道」は、この店の店主と二人三脚である。

 人の良い店主は、当時、セーターを着て布ズボンと安価なスニーカーを履いていた、ジニアの服装を見て、「まずは、足元だな」と言うと、そのマスクに似合う靴を買いなさい、と助言してくれた。

 現在のジニアは、黒の革のマスクをしていて、白いシャツを着、黒いジャケットを身に着けている。足元は、「デニム」と言う労働着の生地を使った青色のズボンと、黒の革のショートブーツを履いていた。

 細身のジニアは、衣服をつけている様子だけ見ると、存外カッコよく見えるらしい。

「貴方のために祈りたい」と言う変な人や、「雑誌のための写真を撮らせてくれないか」と言う人まで、色んな人が声をかけてくる。

 だけど、「これでも良いなら」と言って、ジニアがマスクを外すと、大体の人々は「お化けに遭った」とでも言いたそうに、目を剝いて逃げて行くのだ。

 それだけ、ジニアの口元の奇形は異様なのだろう。


 革細工屋を物色した後、カカオカフェに立ち寄って、アイスカカオを頼む。その時、必ずストローをつけてもらう。マスクをしたままでも飲み物が飲めるように。

 温かい飲み物以外は、大人達は大体の場合にストローをつけてもらう。

 ストロー無しで飲み物を味わっているのは、彼等の子供くらいだ。

 ジニアの席から見える範囲でも、少ないながらに子供を連れている大人がいる。

 よっぽどの理由が無い場合、子供を連れて歩く時は、両親が付き添う事になっている。

 何故なら、両親の特徴が分からないと、その子供の奇形を説明できない場合が多いからだ。

 一般に、人外奇形は遺伝すると言われている。実際に遺伝する奇形も存在する。多毛であったり、多指であったり、身長の大小は、遺伝しやすいとされている。

 手術を受けて「まともな姿」を手に入れた者でも、子孫に自分の奇形が遺伝するのではないかと危ぶんでいるので、元・「人外奇形者」同士が子供を作る事は、あまりない。

 それでも、レアケースとして、自分達の特徴を個性と受け取ろうと言うムーブメントを持っている者達も居る。

 先日のラスタの件みたいに、「まともな姿」を手に入れた者の中には、同じ手術後の人間に、その気を出す場合もある。

 ラスタは拒絶したが、人によっては相手の申し込みを受け入れ、「夜の帳の中」に入って行く者達も居る。

 そうすると、人間としてあるべき姿の外見をしているカップルの近くに、奇妙な子供がいるパターンも存在してくる。

 その場合は、子連れの親子である事を示すための「保護者証」が必要になってくる。

 地上用の姿をしたカップルが、その子供の保護者である事を保証するための、身分証のようなものだ。

 其処に居る奇妙な姿の子供が、施設からさらわれてきたのではないかと言う事を、この社会の大人は案じているのだ。


 テイクアウトの「チップス」を幾つか買って、ジニアはプラントの寮に戻った。

 寮の部屋に入ったらマスクを外し、ポットに水を入れて、五分後にタイマーをセットする。コロニーの食物の中で、唯一手に入る有機物である、カカオの粉を陶器のカップに入れる。

 その間も、棒状に固められた高栄養食品を、ぼりぼりと咀嚼する。

 錠剤より「何かを食べている」気分にはなれるが、味覚を豊かにしてくれる味ではない。

 酸っぱい物が食べたいときは、「果実味」。甘くこってりした物が食べたいときは、「カカオ味」。ピリッとした物が食べたい時は、「ステーキ味」。その三種類が、市販チップスの主な味付けである。

 ジニア達は、有機物の「果実」も「ステーキ」も食べた事はないので、カカオ以外はチップスの味の名前を鵜呑みにするしかない。

 有機食品の溢れている地上は、遥か遠かった。

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