第三十話「惑星フェイテス」
気温の高い土地で「夏」を味わってきたイムナは、帰って来るなり「秋旅行に行こう」と、言い出した。
気温が摂氏十九度くらいの土地に、ジニアと一緒に一週間の旅行に出かけた。
飛行船に乗って大陸を移動し、何処とも変わらず曲線が多い町の中を、楕円形の列車と楕円形のバスで移動し、山の方角に向かう。
「毎回思うんだけど」と、ジニアは切り出した。「この星は、何でこんなに簡単に外国旅行が出来るの?」
が、イムナからすると、「外国旅行なんて大袈裟だよ。言葉も文化も通じるし。本当にこの星で『外国』に行くんだったら、先住民の居る区画まで移動しないとね」と言う感覚らしい。
おまけに、「ジニアは、二つ隣の町に散歩に行く事を、外国旅行って呼ぶ?」と、聞かれた。
「呼ばないけど」と答えながら、相変わらずこの星は、何でもビッグサイズなんだなと納得した。
この頃は、ジニアも恥ずかしがらずに、「ボーンの入った丸い服」を着るようになっていた。
脚の部分も、外側に向かって半円形に膨らんでいるので、頭が膨張して大きくなっている事を、多少誤魔化せるようだった。
しかし、山に登るなら登るで、もっと生地のしっかりした、登山用の丸い服も販売されている。
バスを降りて、千メートルもない丘のような山を見上げた。大気を通過する光が、少し黄色がかっている作用で、地球で遠くの山を見る時より、遠近感としては近く感じる。
「こんな軽装で登山するの?」と、旅行用携帯バッグに普段着姿のジニアが聞くと、「唯のハイキングだよ。イズクモミジの樹液採取の頃合いなんだ」と、ジニアと同じように軽装のイムナは楽しそうに答えた。
「道中に、モミジシロップを使った、美味しいお菓子の食べられるお茶屋さんもあるしね」
ジニアはお菓子と聞いて、急に興味が湧いてきた。
食べる事に最優先の興味を持ってしまうのは、宇宙コロニー育ちのさがであろう。
バスに乗っている間に、小雨が降ってきた。
「モミジと一緒に、アー・レリィが見れるかも」と、レンズのついた機械を手に、イムナは期待顔で窓の外を覗く。
ジニアはそのレンズのついた機械が、フォトカメラである事を知っている。
初めてイムナが、ジニアにフォトカメラを向けた時、焦点を決めるためのレーザーを額に浴び、ジニアは驚いてホールドアップをしてしまった。
何せ、この星のフォトカメラは、宇宙コロニーで言う「短銃」と、そっくりの作りをしているのだ。
シャッターを切る音も、撃鉄を起こす時のような、「カチリ」と言う金属音だけだ。
イズクモミジと言うのは、気温に関係なく、年間を通して、赤か黄色の葉をつける、大木の事である。
その葉っぱが全ての枝から出そろう頃に、その木々を保有する農家は、恒星の恩恵をたっぷり受けた樹液を採取する。
香ばしく甘い香りのする琥珀の液体は、蜂蜜とはまた違った味わいがあり、お菓子やお茶に混ぜて楽しまれるのだ。
程々に急な山道を三十分――地球時間で言うなら二時間――も歩いた頃、そろそろ足が痺れてきたと思ったジニアは、「お茶屋さんはまだ?」と、先を歩いていた相棒に聞いた。
「もうちょっと登った所にある。あの辺は見晴らしが良いんだ」と、イムナも軽く息を上げながら答える。
登り路をもう五分進むと、山道は拓け、軒先にランタンを飾ったレンガ造りのお茶屋さんが見えてきた。
ジニアは、小奇麗な上に良い香りをさせているカフェを見て顔を明るくし、イムナは、カフェの庭の先に見える崖からの展望に、顔を明るくした。
ジニアの眼前には、店の窓を飾っているお洒落な文字、イムナの眼前には、カラフルな葉を茂らせたイズクモミジの山麓が見えている。
「うわー、すごいなぁ」と、二人は別の方向を見ながら、同じ言葉を吐く。
イムナは、「だろう?」と言おうとして振り返り、ジニアが店の前に置かれた、カフェのメニュー表を見ている事に気付いた。
「ジニア。君は何時でも食い気ばかりなんだな」
イムナがそうなじると、ジニアは「世界には、まだまだ食べた事のない美食があるんだ」と、もっともらしく言うのだった。
その頃の地球では。
土に潜り、ガス弾による溶解を免れていた種や木の根が、新しい芽を吹き、枝葉を伸ばし始めた。
新しい植物の作り出す酸素を吸い込み、ラスタは目を細めた。
溶けた木々を切り払って作った広場で、ラスタは焚火の番をしている。
最後に喀血をしてから、もう五年も発作を起こしていない。このまま状態が回復して行けば、素人判断とは言え、全快したと言える日も来るかもしれない。
「ラスタ」と、彼女を呼ぶ、オルタの声が聞こえた。「魚が四匹獲れた。火は大丈夫?」
「ええ」と答えて、ラスタは用意してあった木切れの串を、オルタに渡した。
その日の食事を得てから、オルタが「そう言えば」と言い出した。リュックの中を漁り、「これ」と言って、ニュースペーパーを取り出す。
古びているが、大種族用のニュースペーパーだ。
「日付は、三年前だね」と、確かめてから、ラスタは一面記事の内容を読み上げる。
「保全委員会総合本部、宇宙コロニーへ、『降服』の声明を送る……。宇宙コロニーからの、物資の供給に、期待が寄せられる……」
そう呟くように読み上げてから、ラスタはオルタのほうを見た。
オルタは頷き、言う。
「実際に、水や食料を地上に落として行く宇宙戦闘機も居る。すぐに拾いに行かないと、あっと言う間に無くなっちゃうけど」
「そうか……。終わってたんだね」と、ラスタは表情を緩めた。「もう、何十年もかかった気がする」
「僕も、すっかり背が伸び切ったよ」と言って、オルタは自分の頭を叩いてみせる。
それから、彼は頬を赤らめ、お願いをした。
「あの……ラスタ。もし、出来たらで良いけど……」と言い澱んでから、「口笛を聞かせてくれる?」と。
「うん」と答えて、ラスタは唇を尖らせ、懐かしいような新しいような、歌うような旋律を口笛で奏でた。
オルタは目を伏せ、焚火の明かりが揺れる様を見つめながら、その音色に聞き入った。
トムズの意志を受け継いだウィン・クルーラーは、仲間達と話し合って、宇宙コロニーの復旧作業を指揮している。
宇宙コロニーに勝利をもたらした、「重力場逆展開」の方法は、確実な成功をおさめたが、宇宙コロニーの内部が一時的に無重力状態になると言う、危険を冒さざるを得なかった。
準備と訓練だけはしていたので、死傷者の数は最低限に抑えられたほうだった。
それでも、老人や子供や病人と言った、体の弱い者達の中には、物理的な負傷の他、重力酔いによる重篤な症状を発症した者もいた。
重力酔いの治療の方法は、まだ未開だと言われていた外宇宙から届けられることになる。
遥か彼方の、プラネット・テラ・ナインティフォースを経由し、宇宙コロニーにそのすべをもたらした者は、プラネット・アイラ・シックスティーンスの住人であった。
岩の大地の上に横たわっていたリノアは、腕が痺れる感覚で目を覚ました。
そこは夜のようだった。
立ち上がろうとしたが、踝を壊された片足が、言う事をきかない。
盗んだ物は何処にあるのかと探したが、電気麻薬を入れてあった鞄は影も形もない。
仕事は失敗したのか。今は生き延びても、「親方」に殺されるかもな。
リノアはすっかり諦めて、柔らかくない地面に、背を預けた。
この風景、何処かで見た事がある気がする。
そう思ったが、何処で見たのかは分からなかった。
暫くぼうっと夜空を眺める。赤く焼けた雲が浮かんでいる。何処かから車の車輪の音が聞こえてきた。
首だけ起こしてみると、夜景を浮かべる町のような場所から、一台の楕円形の乗り物が近づいてくる所だった。
リノアは轢き潰されないか心配だったが、乗り物はだいぶ離れた場所で停まり、中から、一人の男性が降りてきた。
カラフルで、妙に丸い形をした服を着ている。見た目の年齢は、五十歳程。
「リーパー。着地地点はあってる?」と、その男性は車の中から引っ張り出した無線機に、声をかける。
「あってるはずだ。お前の着地した場所は覚えてるか?」と、ノイズ交じりの声が返ってくる。
「七年前の事は忘れてるかも」と、その男性は言う。それから辺りを見回し、リノアと目が合った。
「居た」と、男性は反射のように言い、無線を車の中にしまった。代わりに、何かの入っているバッグを助手席から取り出し、肩に担いだ。
ゆっくりとした足取りでリノアのほうに近づき、声をかけてくる。
「大丈夫か? 怪我はない?」
彼はリノアの片足の様子に気付いた。
弾丸によって足の骨が砕かれ、鈍く出血している。
「ひどい有様だな。よし。まず、止血をしよう」
そう言ってから、その男性はバッグから取り出した道具で、てきぱきと処置をし、担いできたバッグを胸のほうに回しかけると、リノアの両腕を自分の肩にかけさせ、脚を掴んでおぶった。
「町に連れて行ってあげる。良い医者を知ってるから、そこまで我慢してくれよ」と、勝手に話を進めると、彼は当たり前のようにリノアを楕円形の車の後ろに乗せた。
男性は運転席に座り、「リーパー。一人見つけた。女の子だ。だけど、片足を負傷している。すぐに医者に連れて行く」と、無線に声をかけた。
「了解」と、向こうからの返事。「ジニア。医者に到着したら、一報をくれ」
「分かった」
そのやり取りの後、車はゆっくりと走り出し、大分幅広い後部座席から外を見ていたリノアは、その風景を思い出した。
あの日に盗んだ、小さな手帳のような本。あれに載っていた絵とそっくりだ。
赤く焼けた夜空に、星が散り、水を纏った青い月が浮かんでいる。
「おじさん」と、リノアは運転席に声をかけた。「あの青い月は何?」
ジニアは、笑みを浮かべているのが分かる声で答える。
「ああ。この星の母星だよ。プラネット・フェイテスって言うんだ」
「フェイテス……」と呟いて、リノアは再び夜空を仰いだ。
金色の光を帯びた、透明な鳥が一羽、飛んでいる気がした。




