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第二十九話「跳躍者」

 第十六アイラで、大規模な「跳躍」の現象が起こった。

 星のあちこちで、地球から来た人間達が見つかったのだ。その者達の多くは、病に罹っていた。

 大急ぎで対応策が練られ、身を病んだ跳躍者達は、病院に運ばれた。

 第十六アイラの土着生物達が医術を施し、本来、あっと言う間に感染し、変異を遂げるはずのウィルスの毒性を無効化する事に成功した。

 跳躍者達の数十名は、ジニアが来た宇宙コロニーで使われている言葉と、同じ言葉を話していた。

 その者達から事情を聞くと、誰もが「地球で捕食者に襲われそうになった」事と、その時に逃げ場を求めた事、その内に激しい眠気に襲われて昏倒した事を証言してくれた。

 彼等は皆、「どこか遠くを見ているようなぼんやりとした目」をしており、芸術や文才に特化した、高度な知識と技を持っていた。


 地球の大部分は、宇宙コロニーからの攻撃で壊滅しており、地球に居る大種族達は、撃ち上げるミサイルを作る人間すらも失ってしまったと言う。


 地球の年齢では四十歳が目前のジニアは、「跳躍者」に仕事を斡旋する機関で働いていた。

 主に、各地に現れた跳躍者を集め、車で役所に送り届ける仕事だ。

「俺って、ドライバー人生を歩む運命なのか」

 ジニアは長年の付き合いになるイムナに、そう愚痴った。

 外見年齢では、イムナも相当良い歳に成っている。だが、地球の四年は、この星の一年だ。

「僕も、自分が十歳になる事なんて考えてなかった」

 イムナはそう言いながら、第十六アイラ年数で、四歳で死んでしまった、愛犬ポトスのフォトアルバムを見ている。

「平均寿命は二十五歳の世の中だけど」と述べ、アルバムのページを捲る。

 ジニアは指を追って計算し、「平均で百年も生きられるのか」と、呟く。

「平均寿命が延びた理由は、子供の死亡率が減った事が大きいね」と、イムナは解説する。「それから、体を鍛える人が増えた。後、癌が撲滅された。今のこの星の人間の、主な死因って何だと思う?」

「え? 老衰?」と、ジニアは答えた。イムナの手元の写真を覗き込みながら。

「半分当たり」と、イムナは言う。

「じゃぁ、もう半分は?」と、ジニア。

「聞いたら、たぶん気分悪くなると思うけど」と、前置きし、「聞きたい?」と、イムナは問う。

「出来る事なら聞きたい」と、ジニアは答えた。

「もう半分の死因は、『堕胎』」と、案外さらっとイムナは述べた。「人間だと認定される前に殺されるか、認定されてから限界まで生きさせられるかの、どっちかなんだ」

「究極の極端だな」と、ジニアは感想を述べ、割れない泡で出来ている、ふわふわのソファの上でぐんにゃりした。


 火星に疎開していたリノア達に、「戦争の終結」が告げられた。

 聞くによれば、地球から宇宙コロニーへ、「降服」の声明が届けられたそうだ。

 皆、暴力の蔓延る息苦しい穴倉生活に、別れを告げられると安堵した。

 しかし、暴力をふるう事により、脳内にドーパミンを過剰放出できることを知ってしまった子供達と大人達は、「もう少しだけ」穴倉生活が続く事を願った。

 平和な状態になっても、誰かの頭に拳を振り下ろしたり、誰かを岩で殴って昏倒させたかった。

 そんな有様なので、大人達は些細な事でも子供の頭を殴ったし、子供達は「戦争ごっこ」ではなく、「奇襲ごっこ」をするようになった。

 しかし、人間と言うのは言葉を持っている。

 殴ってくる大人は「嫌な大人」として子供達に記憶され、「奇襲ごっこ」をする子供達は、同じく子供達の間で疎外された。

「嫌な大人」は、子供達が睨むような眼で見てくるのが、気に食わなかった。かつてのように「怖いけど言う事を聞くしかない」と言う、服従の姿勢を見せない事が。

「奇襲ごっこ」をしていた子供達も、群れの中の仲間同士以外で孤立する事が増えたが、彼等は「自分達は人気者に違いない」と信じ続けた。

 のろまな誰かに対して、「上手くやってのけている」のだから、かっこよくて強い事を周りに示せていると信じ切っていた。

 そんな子供達は、暴力的な大人達にとって「愛するべき弟子」であった。

 奇襲ごっこが好きな子供達は、媚びへつらうと言う方法を知っており、大人の前では大人しくて明るい良い子の顔をする事が出来たのだ。

 穴倉生活の中のストレスを、誰かに岩と一緒にぶつける事で発散出来ているのだから、明るい良い子の顔も出来るだろう。

 子供達は、「奇襲ごっこ」をする子供達を、疎外しながらも、自分のほうにその岩が飛んでこない事を願っていた。


 ある日、疎開地で大人の死亡者が出た。大人の男にしては小柄で、そんなに力も強くない人物だったが、子供の頭を殴り飛ばす快感を覚えている一人だった。

 地面に伏していたその人物は、背後から岩を投げつけられ、体のあちこちを岩で殴られ、頭を割られたようだった。

 どうやら、彼に殴られたことのある子供達が、「奇襲」をかけたらしい。

 大人達は進んで犯人を捜そうとした。大人を殺す意思を持っている子供を、野放しに出来ないと言う、保身がためである。

 しかし、暴力をふるう意思を持つ子供は、大抵、大人の前では笑顔で朗らかな印象を与えた。

 どちらかと言うと、他の子供達に「間抜けでダサい奴」だと思われている子供のほうが、大人に対しても不信感を持っており、暗い表情と伏しがちな視線を向けてきた。

 大人達は、後者の子供達のうちの誰かが犯人に違いないと考えた。

 子供の社会の事は分かっていない大人達は、「間抜け」達を問い詰め、彼等が返事をしないと、「やはりお前達なんだな?」と決めつけた。

「間抜け」達は、壕の中の一番奥に作った「牢」に隔離された。

「なんで、大人を殺した奴を、放っておくの?」と、朗らかな方の子供達は聞いてきた。「仕返しはしないの?」

「牢に閉じ込めるだけでも、充分罰になるんだよ」と、大人のうちの穏やかな個体は言っていた。

 牢に閉じ込められた子供達は、自分達の身の周りの環境が、段々と劣悪に成って行く事を知った。

 やがて、また大人の死亡者が出た。

 先に閉じ込められていた子供達は、「ほら、僕達じゃないでしょ?」と言ったが、大人達は「また別の『悪い子』が出て来たって事だろ?」と聞き返した。

 大人達は、また暗い表情をしている子供達の中から「犯人」を決定すると、牢に隔離した。

 朗らかな方の子供の一人は、腐った食物と排泄物の臭いがする牢を訪れて、「きったない」と呟くと、牢の柵から届かない場所まで離れ、隔離された子供達の方を見て、にたりと笑んだ。


 疎開地への迎えの船が来るまでに、大人が三人と、子供が三十六人死んだ。

 子供達の死因の多くは、牢の中で病に罹った事による。

 宇宙コロニーから迎えに来た人員達は、状況を聞き、疎開地の人間達全員に、精神的なケアが必要であるとした。

 医師と話しをさせているうちに、「明るく朗らかな子供達」の一部が、「死んだって仕方ないよ。あいつ等、『間抜け』なんだから」と言っていた。

「どうしてそんな事を考えるんだ?」と、医師に聞かれてから、「明るく朗らかな子供」達は、自分達が不味い事を言ったのに気づいた。


 リノアは、暴力には巻き込まれなかったが、すっかりと盗癖がついていた。

 生存のために必要とする物を手に入れるには、たくさんの品を持っている者から奪い取らなければならないと、学習してしまっていたのだ。

 宇宙コロニーに帰る船の中でも、時々物を盗んだ。

 生きるのに直接必要な物だけではなく、大人達の持ち物から、貴金属も盗んだ。

 特定のお店で、そう言った高価な物を渡すと、大人達がお金に換えてくれる事を知っていたのだ。

 ある日、リノアは船の中で、本を盗んだ。

 小さな手帳ほどの本だった。そんなに価値はないだろうと思ったが、一応、中を確かめた。

 幾つかのページに、写真のような絵が描かれており、そのうちの一つが目に留まった。

 赤い夜空の中に浮かぶ、青い月の絵だ。

 その絵を見るうちに、急に目の焦点が合わなくなってきた。ぐらぐらと視界が歪み、慌てて本を閉じた。


 送迎船から降りる時に、持ち物の検査を受けた。そこで、リノアの荷物の中に、幾つもの貴金属が入っている事がばれてしまった。

「これを、何処で手に入れたんだ?」

 そう問われて、リノアは硬直した。何か言わなければならない。黙っていたら、牢に閉じ込められる。

 リノアは答えた。

「牢の中で死んじゃった子から、預かったの」

 咄嗟に思い付いた嘘だったが、大人達はそれをすんなりと信じた。貴金属は没収された。


 宇宙コロニーは、「荒れ果てている」と言う様子を見せていた。

 常に天井のほうにあったはずの植物が、色んな場所から芽吹いている。

 ゴミ一つなく掃除されていた道も、平面だった地面が、所々で隆起したり、陥没したりしている。

「重力場展開によって、ミサイルを撃ち返した時の影響が残ってるんです」と、疎開者達の案内をしていた役員が言う。「宇宙コロニーをめがけて発射されたミサイルを、斥力で跳ね返したんです。それによって、地上には大打撃を与えられました」

 そう誇らしげに語る役員の目は、血走っていた。


 数年後。復旧が続く宇宙コロニーの中で、リノアは相変わらず盗みを働いていた。

 ある時、電気麻薬と言うカプセルのたくさん入った鞄を盗んだ。

 そのカプセルを飲み込んだ者は、一定時間、脳の中に大量の伝達物質が溢れ出す。ナノフォーカスと言うごく小さな機械が、血液の中に入り混じる事で起こる作用だ。

 それを盗み出して、「親方」に引き渡す事。それがリノアの仕事だ。

 しかし、何度も電気麻薬を盗まれた者達は、それまで以上に厳重な警戒を敷いていた。

 追いかけて来る組合員達が、リノアの足にめがけて発砲する。

 片足の踝を打ち抜かれ、彼女は掴んでいた鞄ごと、地面に倒れた。

 骨を砕かれた痛みで、気が遠くなって行く。ぼやけた視界の中には、銃口を向けて来る「敵」の姿が移った。

 逃げなきゃ、そう思った途端、ふつりとリノアの意識は途切れた。

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