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第二十八話「審判の日のように」

 有機体溶解ガスが、地上の生態系を大きく狂わせていると言う話が、宇宙コロニーでも持ち上がった。

 科学力全盛期であっても、「自然は守られるべきものだ」と考えられていたのだが、外宇宙や宇宙コロニーを故郷にする者達は、「地上に存在しなければならない生態系は、宇宙コロニー内部に保存されている」と考えた。

 故に、大種族と、大種族に増やされている「人間」しか居ない星の生態系を守ろうと言う発案は、なされなかった。


 地上での「霊感者」の保護は順調に進んでいる。

 オルタと言う少年も、ガス弾の届かない地下の隔離施設で生活していた。

 その隔離施設の中には、先人である霊感者達の作った、様々な美術品や発明品が陳列されている部屋があった。

 物資が不足しているため、集めた霊感者達に制作活動をさせる事は出来なかったが、彼等が解放される日が来たら、何時でも「芸術的活動」が行なえるように、技を学ばせていたのだ。

 その部屋で、霊感者達の注目を集めている、一枚の絵がある。

 一般的に家として居住される部屋の大きさだったら、天井から床まで覆い尽くすような巨大なキャンバスに描かれた、青い月の絵だった。

 オルタはそれを見て、目の焦点が合わなくなるような衝撃を受けた。

 最初は、他の霊感者達と一緒に、絵を眺めているだけだったが、「人の手と言うのは、このように巨大な絵を微細に描き込むような、複雑な技術すらも操れるのか」と、言う答えが頭の中で纏まると、ようやく、ほぅと息を吐けた。

「すごい絵だよね」と、オルタに声をかけてくる者がいた。青い瞳を持っている、白い肌の女性だった。見た目の年齢は、オルタよりずっとお姉さんだ。

「そうですね」と、オルタは返事をした。「僕達も、こんな物を作れるんでしょうか?」

「目標があれば出来るかも。あなたの得意分野は?」と、お姉さんは聞いてきた。

「樹脂細工です」と、オルタは答えた。「もう、長く作ってないけど」

「私は、ピアノ作曲」と、お姉さんも言う。「もう、長く作ってないけど」

「お姉さんは、音楽を作る人なんですか?」と、オルタは尋ねた。

「ええ。だけど、此処には楽器が無いから」と言って、お姉さんは短い音色を口笛で吹く。

 綺麗な旋律だな、と、オルタは思った。

 一定の旋律を吹いてから、お姉さんは「今作れるのは、こんなの」と述べた。

「良い曲ですね」と、オルタは褒めた。

「ありがとう」と言って、お姉さんは背に後ろ手を組み、展示物で溢れている部屋の中に、歩を進める。

「あの」と、オルタはその背に声をかけた。「貴女の名前は?」

 お姉さんは少し振り返り、目元に笑いジワを浮かべながら、「ラスタ」と答えた。

 オルタは、名前を教えてくれたお姉さんの後について行った。


 何事もない日々は、長く続かなかった。

 過密な状態にあった保護施設の中で、病が広がり始めたのだ。

 最初は、ワクチンによる治療も試みられたが、病を起こすウィルスは瞬く間に変異し、最終的には「感染した者は保護施設から追い出す」と言う処置がとられた。

 耐性スーツも着せられないまま、遺棄された霊感者達は、暫くは保護施設の壁やドアを叩いていたが、何時の間にかいなくなっていた。

 恐らく、毒ガスによって体が溶けたか、「少年団」に捕食されたかと、推測された。

 ある日、ラスタが変な咳をしていた。そして喉を詰まらせるような音を出し、手の平に喀血した。

 保護施設の中で病に罹れば、命はない。

 オルタは、誰も見ていないうちに、ハンカチでラスタの手と口元を拭いた。

 その日の晩のうちに、オルタは緊急避難のために用意されている耐性スーツを二着と、災害用品を備えたリュックを盗んできた。

「ラスタさん。逃げましょう」と、小さな声で囁き、うろたえて居るラスタに耐性スーツを着せた。


 保護施設の外に出ると、辺りは闇と一緒に濃霧が包んでいた。滲んだ車のヘッドライトが流れてくる方向を見て、道路を見つけ出した。

 その道を、霧の晴れる場所まで歩く。

 ロケット噴射の音が遠くで響き、ミサイルが宇宙へ向けて飛んで行った。

 外の世界では戦闘が続いているのだ。

 風が一陣、空を覆う霧を揺らした。


 道路に沿って歩いていると、道の途中で、ズタズタにされた人間用耐性スーツを見つけた。スーツの捨てられていた場所から然程離れていない所に、人骨が積み上げられている。

 体の骨だけを見たら、何の動物の骨かは分からなかっただろうが、その骨の山の上には、皮膚まで齧り尽くした髑髏が飾られていた。

「多分、第二世代の仕業だね」と、ラスタは言った。「彼等は、『首を飾る習慣』を受け継いでいるはずだから」

「そうですね……」と、オルタは答え、髑髏から視線を外した。

 そのまま道路に沿って歩いて行くと、足元の感触と、足音が変わった。

 鉄で出来た橋の上に差し掛かったらしい。しつこく吹き付ける風が、霧を大きく薙ぐ。

 オルタの肘を、ラスタが掴んだ。

「見て」と言って、ラスタは行く先を指で示す。

 霧の一部が晴れた其処には、無数の切り裂かれた耐性スーツと、おびただしい骨が散乱していた。

 バリケードを施されている道路には、血文字で、「食物以外立入禁止」と描かれている。

「立ち入ったものは、食物とみなすって事」と、ラスタは囁く。「道のままに進んでいたら、何時か『少年団』に見つかる」

「じゃぁ、何処へ?」

「風下に進もう。においを探られるのを防げる」

 そう言い合い、二人は西へ向かって歩き始めた。


 空き家の中の温室に隠れ、オルタはラスタに水の入ったボトルを渡した。

 ラスタは耐性スーツの首元を外し、頭部防護具をフードのように後ろに避ける。

 数時間ぶりに口にした水は、ほんのり甘く感じた。しかし、同時に喉の奥がむずむず言い出し、ラスタは「ケクンケクン」と言うような、浅い咳をした。

「胸は、大丈夫ですか?」と、オルタは聞く。

「ええ。少し、むせただけ」と、ラスタは病状を隠した。

 恐らく、肺の中では、一定量の血液が、次に外に出るのを待っている。出来る事なら、オルタに血の痰は浴びせたくなかった。


 一休みを終えた二人は、再び耐性スーツを着なおし、西へ西へと向かった。

 ラスタの記憶が正しければ、西に進み続けると、浜辺に出るはずだった。それから北に向かえば、工場廃棄に汚染されていない、森林地帯に辿り着ける。

「空気の綺麗な場所で、安全に住める場所を探して、せめて、一定の栄養が取れれば、この病も治るかもしれない」

 そんな淡い希望を語りながら、ラスタは足を進める。まだ、息は持つ。足取りはぶれない。命を諦めるのは早い。

「ラスタさん」と、荷物を担いでいるオルタは、呼びかけてくる。「新しく住む場所が決まったら、また口笛を聞かせてくれますか?」

「勿論」と、ラスタは笑顔で答えた。


 もうじき浜辺に辿り着くと言う頃、ザリザリザリと言う、特有の足音が聞こえてきた。それも複数。

 ラスタとオルタは、瞬時に状況を察し、海を左手に、北へ向かって走り出した。

「逃げたぞ!」と、大種族の声がする。

「追い詰めろ!」と、言う声もする。

 霧に紛れたまま森林地帯まで走り切って、森の中に身を隠せれば、一抹の望みはある。

 そう信じて、二人は手を引きあい、走った。

 しかし、次第に辺りの霧は晴れて行く。背後から、ブンッと言う羽を鳴らす音が響き、一匹の大柄な大種族が、宙を舞った。その個体は、羽が退化していない。

 二人の頭の上を通り過ぎ、その大種族は眼前の数メートル手前に降り立った。

 その大種族が振り返る時、足元のアスファルトに、ザリッと言う肢音が鳴る。

 オルタ達は足を止め、互いの腕を握り合った。

「狩りをしたことがあるか?」と、目の前の大種族は言う。「獲物の逃げる方向を、先読みした事は?」

「何故?!」と、オルタは、目の前の個体に呼び掛けた。「あなたは、何故、少年達の暴走を止められないんだ?!」

「『大人達は聞き訳が良いはずだ』と?」と、目の前の個体は言う。「お前は、大きな勘違いをしている」

 その者は言う。

「俺達は、唯、あるべき姿と考えを、子供達に教えているだけさ。人間の思想に毒されていない、純粋な、『ベリリウム星』の民として」

「ベリリウム……」と、ラスタは復唱した。少しでも、会話の時間を伸ばすこと。それが命を伸ばす可能性を生む。「それが、あなた達の来た星の名前なの?」

「いいや? 『ベリリウム』は、地球での、俺達の星の組成を差す呼び方だ。訳してあげたのさ。地球風にね。さて。お前達の周りに、何人見える?」

 その個体が言うように、ラスタとオルタの周りを、大種族の『少年団』が囲んでいる。

 オルタは叫んだ。

「彼女は、逃がしてくれ! 病気なんだ! 彼女を食べたら、お前達だって、病に罹るかもしれない!」

 しかし、目の前の大種族は、首をストレッチするように動かしてから、「生で食べる事はないさ。きちんと塩と火で『消毒』するよ。幸い、海も近い」と答えた。

 無言が辺りを包んだ。周りの「少年団」は、ザリザリと言う足音を立てながら、ゆっくりと二人に近づいてくる。

 ラスタは身を低くし、オルタを守るように抱きしめた。

 彼女は歯を食いしばり、涙を堪えながら、眼前の敵を視線で威嚇する。

 そして、胸元の少年に向かって、囁いた。

「ごめんなさい。私のせいで……」

 オルタはラスタを見上げ、「違う」と呟いた。「僕が、逃げようって……言ったんだ」

「そうだね」と言って、ラスタは天を仰ぐ。「一緒に、天国まで逃げよう」

 オルタは、ラスタの腕の中で、うずくまった。


 そこに、宇宙戦闘機が一機、迷い込むように飛んできた。

 町から押し寄せた爆風が、海までも包む。


 次に目を開けた時、二人の周りに居た大種族達は、跡形もなく溶けていた。

 二人はそれをぼんやりと見回し、霧が完全に晴れて行くのを見た。

 朝日が射す。

「行こう」と、ラスタは小さく少年に囁き、彼の手を取って立ち上がった。

 空から来た使者は、生き残る者を決定したらしい。

 それはまるで、「審判の日」のように。

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