第二十七話「砕くほどの重力で」
地上への毒ガスによる攻撃は上手く行っていたが、やがて大種族は自分の体を守るための「有機体溶解ガス耐性スーツ」を作り、身に纏うようになった。
それにより、ガスの餌食になるのは、スーツを纏う事も出来ない低い地位に居る小種族や、植物だけになった。
地上の家畜舎に居る「食用人間」でさえ、食品の衛生状態を守るために、防護壁を備えた新しい家畜舎に移動された。
しかし、幾ら保護されていても、餌になる植物を欠いた生存状態であったため、「食用人間」達は、痩せ衰えてしまうか、もしくは子供のうちに餓死するようになった。
宇宙コロニーの戦法に、様々な憶測を抱いた大種族であるが、地上の、ある「委員会」の者がこんな事を言った。
「兵糧攻めと言う戦法が、古代の地上に存在したらしい」
それを聞いて、地上の委員会の者達は、自分達の身を守るスーツ以上の者が必要なのだと、ようやく認識した。
人間用のスーツに身を包んで逃げだした少年を、大種族用のスーツを着た者達が追い回している。
少年のスーツの腕は一部が裂けていて、其処から赤い液体が零れていた。
そのスーツの破損は、ノコギリ状の何かで切り付けられた痕のようだった。
少年は、向かう先からも大種族が近づいてくるのを見て、咄嗟に路地に逃げ込み、朽ち倒れた木々の陰に隠れた。
向かう先から来た大種族は、手に銃器を持っていた。
そして、それを少年の隠れている木々の手前で、撃った。少年を追って来ていた大種族に向けて。
大種族特有の悲鳴を上げ、透明な体液を飛ばしながら、撃たれた者はその場に頽れる。
「何で邪魔するんだ!」と、追って来ていたほうの大種族が声を上げた。
「『霊感者』を捕食する事は、禁じられている!」と、銃器を持った方の大種族が叱責する。
「あんた達が、『人間』を食べる許可を出したんじゃないか!」と、追手の声。
「政府の説明を最後まで聞いたのか?! 『人間』の摂取は備蓄の放出として許可されたが、『霊感者』を摂取する事は、その許可に含まれない!」と、銃器を持っているほうの声。
その対応に、追手達は憤りをあらわにした。
「どうやって唯の『人間』と、『霊感者』を見分けるんだよ!」
「食っちまえば、どっちも肉だろ?!」
「腹が減ったんだよ!」
恐らく治安保全委員会に所属しているらしい、銃器を持った大種族達は、「お前達の『犯罪行為』は認められない。全員拘束する」と述べ、追手達を取り囲んだ。
合計十七名いた追手は、先に撃たれた一名も含め、周りを取り囲んだ治安委員会の者に組み伏せられ、腕の鎌を折り畳んだ状態で、両腕を金属拘束された。
木の陰に隠れていた少年は、大種族同士がいざこざしている間に、さらに遠くに逃げた。
途中で、身を隠せる高い壁を持った家の庭と、まだ使えそうな散水用の蛇口を見つけた。
その庭に入り込み、耐性スーツの腕に水を浴びせた。滴っていた血液が、洗い流される。
少年は、スーツの腕の傷から、水と一緒に外気が入ってきている事に気付いた。
傷が出来てしまったスーツは、もう着ていても意味がない。間近にガス弾が降ってきたら、命は其処で消えるだろう。
意を決したように、何重にも留め具のあるスーツの首を開け、ヘルメット上の頭部を脱ぎ捨てた。
「誰だ?」と言う、大種族の声がした。
少年は目を見張り、その大種族が、「法を守る意思のある者」であるかどうかを、動作から確認しようとした。
その大種族は、彼等の体の形に添った耐性スーツを身に纏っており、倉庫のような場所から出てきた。
ふわりと、干し草の香りがする。
ヘルメット越しの、銀色の複眼が見えた。
「あ……あなたは?」と、少年は、会話を試みた。
「ここの家主さ。君は?」と、聞き返された。
少年は、たどたどしく返事をする。
「家族が……ガスで死んでしまって、家を……追われて……。途中で、『少年団』に捕まりかけて……それで……」
「それで?」と、家主は問う。
「それで、傷の手当てが出来る場所を探して……此処へ」と、返答を締めくくると、その家の家主は「ふむ」と頷いた。
「その傷の大きさからみると、水をかけただけじゃ治らないだろう。こっちに来なさい。人間用の衛生用品はあるよ」
その言葉を信じるべきかどうか、少年は迷った。
家主は付いてこない少年のほうをちらっと見て、「おいで」と声をかけた。
少年は、恐る恐ると言う風に、その大種族の後に続いた。
「アガサ。怪我人だ。手当の道具を」と、家主は自分と同じくらいの身の丈の、別の大種族に声をかけた。「だいぶ深い傷を負っている。縫合糸と針を用意してくれ」
密閉状態の家の中であるからか、アガサと呼ばれた大種族はスーツを着ていなかった。その代わりに、エプロンをしている。どうやらそれが彼女の普段着らしい。
「まぁ。まだ血が出ているじゃない」と、アガサは言う。「腕を上げて。付け根を縛るわ」
そう言いながら、手頃なタオルを両手に持ち、差し出してきた。
少年は、言われた通りに腕を持ち上げた。
スーツ越しでも、腕の血管が圧迫されたのが分かるくらいの力で、ぎゅっと肩を縛られる。
その間に、家主はスーツの留め具を外し、ヘルメットと耐性スーツを脱いでいた。
身の丈の大きな、恐らく「第一世代」の大種族の姿をしている。
「そこにかけて」と、家主は一人掛けのソファを指さす。
少年は、まだ警戒していたが、「第一世代」は法に従順なはずだと思いなおし、言われた場所に座った。
「私の名前はアリス」と、向かいのソファに座った家主は名乗り、尋ねる。「君の名前は?」
「僕は……オルタ」と、少年は名乗る。
アガサは身を低くしてローテーブルに近づき、その上に針と糸と消毒用アルコールのスプレーを置いた。
少年の腕の傷を縫う間、アリスはずっと昔に一緒に暮らしていた「人間」の女性の話をした。
「とても美しく、利発な子だった。その子にきょうだいを与えようと思って、私は娘を作ったんだ。しかし、それは間違いだったらしい。今、私の娘は、何処かの『少年団』に入って、人間を狩っているそうだ」
「なんで、『第二世代』は、法を守らないんでしょう……」と疑問を呟きながら、オルタは皮膚を縫われる度に、時々顔をしかめる。
「私達、第一世代が、彼等の『旺盛な食欲』を肯定してしまっていたからだろう」と、アリスは言い、諦めたような表情で溜息を吐く。
「私達と『第二世代』は、根本的に育った環境が違い過ぎると言う事を、私達は理解していなかったんだ」
「その……あなた達と一緒に暮らしていた『人間』は、『霊感者』だったんですか?」と、オルタは聞いた。
「そうだ。君と同じね」と、アリスは応じた。
「なんで、分かるんですか?」と、オルタは疑問を口にする。
アリスが縫い終わった皮膚に、アガサがピンセットでつまんだアルコール脱脂綿で、消毒をした。
アリスは針と糸をしまいながら、こう答えた。
「『霊感者』達は、特有の表情をしているんだ。どこか遠くを見ているような、ぼんやりとした視線を持っている。それを見分けられるのも、私達の世代だけに成ってしまった。今後生まれて来る『第三世代』や、『第四世代』には、『美味しい肉の特徴』として知られて行く事になるだろう」
それを聞いて、オルタはびくっと肩をすくませた。
アリスはオルタの様子を見て、「怯えないで良い。私達は、『肉』は食べないよ」と述べた。
「生涯の中で、最も悔いる晩餐を得てしまったからね」
そう言っているアリスと、オルタの腕に包帯を巻いてくれているアガサの様子を、少年は不思議なものを見るような眼で交互に見た。
本当に、霊感者達は、「どこか遠くを見ているような透き通った目」をしている、と、アリスは思い返した。
オルタには、幼い頃にアニタが使っていた部屋で休んでもらっている。明日にでも、治安保全委員会に連絡して、彼を保護してもらおうと考えていた。
アリスは思う。
アモンを庇った事は、アニタと言う人間の娘の死因を隠したのは、正しい行ないだったのだろうか。
今までも、何度も考えてみたが、その答が出る事はなかった。
肉を食べなくなったアリスとアガサの体は、急激に衰えて行っている最中だ。
体の表面を覆う外殻の影響で、痩せてきているようには見えないが、唯一外殻に覆われていない腹の部分は、大分細くなっている。
栄養不良で命が尽きるのは、時間の問題だ。
翌日、オルタは無事に治安保全委員会に保護された。
「ご協力感謝します。彼の事はお任せ下さい」と、治安委員会の大種族達は頼もしく言い切った。
アリスは家の中に戻り、耐性スーツを脱ぐ。
スーツを「除菌棚」に干してから、ソファでくつろいだ。
アガサが、何も言わずにお茶の用意をしている。
「私達は、善良な生物であろうと努力して来た」と、アリスはパートナーに向けて語り始める。
「かつて、月に住んでいた人間を食い殺し、地上に手を伸ばして『支配できる大地』を得た。それから、食べられる理想の肉を育てて、かつての自分達の過ちを取り返そうと……」
「もう、過去の事ですよ」と、アガサはアリスの語りを止めさせる。
「過去か」と、アリスは復唱する。それから、「確かにな」と、肯定した。
アガサは言う。
「地上だけではなく、宇宙コロニーさえも『支配下』に置こうとした者達の判断が、間違えていたのよ。
私達の作った『規律』を、全ての人間は受け入れられるはずだと、勘違いしていたのね。
私達が、子供の頃に共食いをする生物だからと言って、人間が私達と同じ規律を共有できるわけがないのに」
パートナーの上ずった声を聞いて、アリスは「アガサ。もう考えなくて良いんだ」と宥めた。
アガサは首を横に振り、「私の願いは」と、言葉を続けた。「この戦争で、『審判の日』が訪れる事」
「それは、何時か叶えられるだろう」と、アリスは答えた。
二人が寄り添っている家屋の屋根へ向けて、宇宙戦闘機からのガス弾が投下された。
屋根を突き破るには、充分な重みを持った。




