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第二十四話「覚えた通りの笑顔を」

 ふわふわと湧き立つ白い千切れ雲が美しい。少し緑がかった光が包んでいる空の下に、エメラルドグリーンの海が広がる。

 浜には、砕けた石化植物の死骸が砂のように集まっており、歩くと靴の中に砂屑が入った。

「これが海かぁ……」と、ジニアは、息を吐くように零した。

 彼はその時、砂が入って気持ち悪かった靴と靴下を脱いで、素足で浜を歩いていた。「水がすごく透き通ってる」

 ジニアの視線の先を確認するように、イムナも空と海の遠くを見た。普段はボーンの入った丸い服を着ているイムナも、ビーチ用の身軽な服になり、細い脚と膨張した手腕を日差しに晒していた。

「この辺の海は、波が凪いでいる事が多いから、あんまり濁らないんだ」

 そう説明してから、イムナは空を指さし、「天気も良いしね」と続けた。

 一日が四十八時間ある、この星の数週間の間に、イムナはジニアを色んな場所に連れて行ってくれた。

 唯の観光ではなく、各地にどんな仕事があって、ジニアが「自分もこれをやってみたい」と思えるような仕事を見つけられるように……と言う配慮からの旅路である。

 ジニアとイムナは、浜辺にあるカフェに立ち寄り、日陰でフルーツジュースを飲んだ。

 碧い海のようなドリンクには、四角い氷が浮かび、カラフルなストローが刺され、グラスの縁にカットした果実が飾ってある。

「ジニアは、元に居た場所で、食品を扱う仕事をしていたんだって?」と、イムナが言う。

「ああ」と、ジニアは応じた。「食品加工プラントって言う所で、野菜や魚なんかの冷凍と搬送をしてた」

「じゃぁ、車の運転が出来るのか」

「出来るけど……この星の運転の技術を知るなら、一から覚えなおさなきゃ」

「じゃぁ、家に帰るついでに、明日から運転の勉強を始めよう。心構えは?」

「出来ているよ」

 その言葉を聞いて、イムナは向かいの席に居るジニアの肩を軽く叩いた。

「やっぱり、君は賢明な男だな」

「どう言う意味?」

「頭が良いって事さ。中には、何時までも『お客様』で居ようとする跳躍者もいるからね」

「多分そう言う人達は……夢見心地から覚めたくないのかも」

 その言葉を聞いて、イムナは困った顔をする。それから、頭を掻きながら愚痴る。

「これも一種の現実なんだって、受け入れてもらいたいものだよ」と。


 そんなわけで、イムナの住んでいた国の方々を巡る旅から帰って来てから、ジニアは車の運転の仕方を学び始めた。

 基本動作は、古代の乗り物である、マニュアル車と言う物に近かった。宇宙コロニーの中でも、この型の自動車の扱い方は、教習所で「歴史の中の自動車」を知る時に、一通り教えられる。

 実際には、コロニーの教習所の体験講義で乗ったきりだったが、体で覚えている記憶と言うのは、きっかけさえあれば何時でも思い出せる。

 最初に方法を習い、勘で動かし、慣れてきたら練習場のレーンを走り、次に試験官と一緒に公道で走った。

 数ヶ月を経て、実技試験とタブレットテストを受けてから、「運転免許証」と言う資格を得られた。

 その後、イムナはジニアに、最初に訪れた食堂であるマルモの店から、「ランチバッグ」を発送するための運転を任せた。

「ランチバッグって何だい?」と、ジニアが聞くと、「食事を詰めたバスケットボックスだよ」と、マルモは教えてくれた。「中には、綺麗に詰め込まれた食事が入ってるから、落としたり、転がしたり、ひっくり返したりしないように気を付けて」

「分かった」と答えて、荷を積み、運転席に付いたジニアは、車を慎重に走らせた。

 荷台に積まれた三百個のランチバッグは、無事に高級ホテルに届けられた。


 働いた後、「暫くの間は日給制だ」と聞かされ、決まった額の賃金を手に入れた。

「『最初の食事』の金額の分、少し引いておくから」と、マルモは日給が天引きされている事を教えてくれた。

 それでも、軽い食事を三食買えるくらいの金額は残った。

 ロールパンに切り込みを入れて、野菜の葉っぱとスクランブルエッグを詰め込んだサンドウィッチを三つと、クラウンベリージュースと言うドリンクを買って、車で近くの海に行った。

 何時も凪いでいる穏やかな海は、静かに浜に波を寄せる。

 旅の間に分かったが、この星は宇宙コロニーや「地上」より、季節的な寒暖差がない。

 惑星の回転軸が、恒星に向かって垂直なので、赤道にあたる辺りは「焼けつくくらい」熱く、極地に向かうにつれて「ぼんやりと温かい」気候から、「凍えるほど寒い」気候になるようだった。

 そのためか、この星に入植した人間達は、あまり赤道の辺りに住もうとしない。

 地球から受け継いだ、「季節」と言う概念は、星の位置を知るために使われることが多かった。

「季節」は天文学的な分野で存在するが、地表の気温や芽吹く植物の種類等の変化として、季節を知る事は出来ないのだそうだ。

 それでも、季節が恋しい人類達は、敢えて気温の高い土地に行って「夏」を体験したり、敢えて寒い土地に行って「冬」を体験してみたりするらしい。

 そのためか、この星の人間はとても旅行が好きである。

 異なる気温と環境のある場所に、別荘を幾つか持っていて、二十四ヶ月あるこの星の一年の間に、三回くらい別荘を住み替える。

 そう言う、一見高級な暮らしをしている者達は、「平均層」と呼ばれており、この星の人間の大部分はその「平均層」に該当した。

 八ヶ月に一回、決まった場所に移住し、その土地その土地で請け負う仕事しっかり持っていた。

 イムナも例外ではなく、八ヶ月に一回、本宅と、二件ある別荘の、合計三件を行き来する。

 ジニアにとっては、ちょっと忙しなすぎる暮らしだと思えたので、彼はイムナが留守の時の、本宅のハウスキーパーを兼ねて、半同居させてもらっている。

 イムナは「じゃぁ、後は任せるよ」と言って、犬のポトスと一緒に出かけて行き、十六ヶ月後には、「久しぶり。暇はしていないかい?」と、笑顔で帰ってきた。

 ジニアも、「変わりないようにはしておいた」と言って、隅々まで掃除をして、食品貯蔵棚に、イムナの好物を用意した状態で、恩人を迎えるのだった。


 イムナが二回目の十六ヶ月の別荘暮らしから帰って来て、ジニアと語らっていた時。

「あれ?」と言って、イムナはジニアの頬に何となく触れた。

「え? 何?」と、ジニアは驚いている。

「君の頭、膨れてない部分がある」と、イムナは言い、ジニアの腕を引っ張ると、鏡のある場所に連れて行った。

「ほら、此処の……両頬の部分。口のすぐ横の」と、イムナは説明する。

 ジニアは鏡に映った「頭でかち」になりかけている自分を見て、その「膨れてない部分」が、かつて口が裂けていた部分である事が分かった。

 よく見れば、両手の指も、奇形を融合させた、内側から四番目の指と五番目の指は、この星での正常である「血流による膨張」を起こしていない。恐らく足の指も同じだろう。

 ジニアには理由が分かるが、イムナは「何かの異常が在るのかも知れない。病院で診てもらったほうが良い」と、心配そうだ。

 こんな時に打ち明ける事になるとは、と思いながら、ジニアは、自分がかつて「人外奇形」と呼ばれる身体の異常を持っていたのだと説明した。


 生まれた時から特異な奇形を持っていて、人ではないと見なされ、地球人が入植した土地から、遥か遠くの宇宙コロニーに運ばれて行く子供達が居る事。

 その情報を聞いて、イムナは口をつぐんでしまった。何か考え込むように、何度も瞬きをして、視線をちらちら動かすが、何も言えないでいる。

 そこでジニアはこう切り出した。

「宇宙コロニーに隔離された子供達が、不幸って言う事はないさ。みんな、働き方を覚えて、夢を持っていて、何時か夢を叶えるために、ちゃんとした人間に成ろうとしている子達ばかりだから」

「でも、そんな事が……。許されて、良いんだろうか」と、イムナは口にした。「どんな姿で生まれてきても、親は子供が可愛いはずだと、僕は思うんだけど」

「親の気持ちは、俺にも分からないな」と、ジニアは言う。「だけど、子供達は、親を恨んでいる暇なんてないよ。みんな、未来の方しか見てないから」

「それは、親なんてどうでも良いって事?」と、イムナは残念そうに聞く。

「そうとは言わないけど」と、ジニアは零した。それから、「イムナは、親ってものを……その……大事だと思っているって事かい?」と尋ね返した。

「多分、僕の体験からくる、エゴなんだけど」と、イムナは前置きを述べてから、「僕は、父さんにも母さんに、人並みに大切にしてもらった記憶があるんだ。血筋って言う物は大事な結びつきで、その中には、他人では補えない信頼関係が存在するって……思ってた」と続けた。

「うん。それは、思ってて良いと思うよ?」と、ジニアは苦笑いを浮かべる。「俺達がどう扱われたかは、イムナにとっては関係ない事だもん。君は、自分の信じている『世界』で生きていて良いと思う」

「なんでそんな事言うんだ?」と、イムナは少し怒ったような、困ったような風に述べる。「ジニアは、自分が『親に捨てられた』事を、理不尽だと思わないのか? 僕は思う。ジニアが怒らなくても、僕は頭にくる。子供の外見が自分達と違っただけで、『親の義務』を放棄するような、そんな人間には、罰が下るべきだと思う」

 その言葉を聞いて、ジニアはどう宥めようかと少し考えた。

 その後で声に成ったのが、「ありがとう」だった。「俺の代わりに怒ってくれて、ありがとう」

 自分事ではない様子のジニアの言葉に、イムナは目を瞬く。

「ジニアにとって……」と口走りかけ、イムナは、自分が察した通りなのだと納得した。

 親の記憶がないジニアにとって、親と言う者は、別段、心を揺らしたりする存在ではないのだ。

 イムナは言葉を飲み込んだ。

「ごめん。僕も、ちょっと、冷静になるよ」

 そうイムナが述べると、ジニアは再び苦笑を浮かべた。

 笑う時はこうするのだと、学習して覚えたような、優しげな苦笑いだった。

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