第二十三話「何処かで見た景色」
急激な眠気が覚める。ジニアはぼんやりと瞼を開けた。背中がごつごつした地面に接していて、随分と痛い。
岩肌の地面に体を起こすと、遠くに夜景が見えた。辺りは暗く、空には星が浮かんでいるが、どうやら此処は空気のある場所らしい。
プラントの寮で画集を観ていて、それから? と考えるが、こんな岩の大地まで来て横たわった記憶がない。
空を見回すと、その星の衛星が見えた。大きな丸い月の表面に、やはり夜景が見える。
ここは何処だ?
ジニアは純粋にそう考えた。しかし、夜景の燈っている丸い銀の月には、何処か見覚えがあった。
アニタの描いた絵の一つに、とても良く似ている。
何時までも空を眺めていても仕方ないので、ジニアは人が居そうな場所――差し障り無く夜景の方角――に歩を進めた。
夜景が近づいてくると、その中に、においを感じた。
人間の汗が放つにおい、食事を準備する時の湯気のにおい、水素電気自動車から排出される水のにおい、それから、町中にあるらしい工場の煙突から漂う排気のにおい。
そのにおいを消すように、町のあちこちには植物が植えられている。花を咲かせている物からは、甘い蜜の香りが放たれていた。
植物のある場所に辿りつくと、岩の地面だった場所は土が積もり、歩く感触も柔らかくなった。
車が走る場所は、ブロックで舗装されていたが、歩道は固めた土で覆われている。
田舎町なのだろうか。
そう思いながら、ジニアは車に轢かれないように、歩道を進んだ。
やがて、その街に住んでいるらしい「人物」を見つけた。
胴体には腕が二本と脚が二本、それから頭部が生えている。顎は小さく、目は大きい。見た事の無い質感の、風船のような衣服を着ているが、顔つきからしてどうやら人間のようだ。
その人物は、「あれ?」と声を出した。鼻をひく付かせ、においを嗅ぐような様子を見せながら、ジニアのほうに近づいてくる。
それから彼は言った。
「この町の人じゃないね。君は何処から来たの?」
そう、宇宙プラントで使われている言語と同じ言葉で言う。
「いつの間にか……」と、ジニアは言い、「此処は何処なんですか?」と丁寧に尋ねた。
「トラウテッカって言う町」と、聞かれた方は答えた。「もしかして、君は……『跳躍』で此処に来たのかい?」
「跳躍?」と、ジニアは聞き返す。「いや、眠っている間に、岩の地面の場所に居ました」
「ああ、その現象を『跳躍』って呼ぶんだ」と、その人物は答える。「君は彼女に導かれたんだね」
彼女と聞いて、ジニアは頭の中にアニタのポートレートを思い浮かべた。
初めに出会った人物は、目を笑ませてこう述べる。
「彼女が導いた者なら、しっかりおもてなしをしなくちゃ。君は、まだ自分の状況が分からないだろうけど、これから覚えて行けば良いから。まずは、こっちへ」
そう言って、その人物は片手で道の先を示す。
ジニアは、特に疑う事も無く、その後について行った。
町の中も、やはり何処かで見た事のある風景を形作っていた。
最初に出会った人物の名前は、「イムナ」と言うらしい。血筋としては純粋な人間だが、この星は地球や宇宙船内より重力が少ない。本来は重力で抑えられる血液の流れが、頭に集中してしまうので、頭が地球の人間より大きいんだと、彼は説明した。
それを聞いた後、ジニアは「じゃぁ、俺もいつかは、頭が大きくなるの?」と尋ねた。
イムナは答えた。
「そうだね。体の作りとしては、頭のほうに血液を集める圧があるから、この星の重力に慣れる頃には、『頭でかち』に成っていると思うよ?」
ジニアは、それはちょっと嫌だなと思ったが、目の前の人物を莫迦にするような言い方になりそうなので、黙っておいた。
やがて、町に幾つもあるドーム型の建物の一つに連れて行かれた。建物には煙突のようなものがあり、煙を出しているのかと思ったが、其処から出ているのはどうやら水蒸気だ。
水蒸気の中に混じっている、「美味しそうなにおい」に、ジニアは気づいた。
イムナがドームの出入り口に手をかざすと、扉は自動で開いた。
その建物の中は幾つも円い椅子とテーブルがあり、その席についている、やはり頭でかちな人物達が、何か食べている。
具材を乗せたパンのように見える物を食べている人物も居れば、細長く柔らかい白い物を、汁の入った器から、フォークで絡め上げている人物もいる。
その他に、肉を分厚く切って焼いてある物を食べている人物や、カリカリの衣をまとった、油の香りが強い魚の開きを食べている人物もいる。
見慣れない料理ばかりだったが、それ等から発される香りは、ジニアの胃袋を動かし、ぐぅと音を鳴らした。
イムナは人々の席をどんどんすり抜け、カウンターの向こうで料理をしている人物に声をかける。
「マルモ。新しい星からのお客さん」と、イムナはジニアを紹介する。「何時も通り、たくさん食べさせてあげて」
「まぁ。また『跳躍』が起こったの?」
マルモと言うらしい、エプロンをした、やはり頭でかちな女性が、ジニアの様子をじろじろ見てくる。
「まだ頭が大きくないわね」
その言葉を聞いて、ジニアは「はぁ……」と、気が抜けたように答えた。
イムナは、ジニアの耳に囁く。
「まだ半人前だなって意味だよ」と。
ジニアの目の前に、ドレッシングをかけた植物が提供された。プラントの中では見た事はないが、食べてみた感じは野菜に近い。
採取されて間もないようで、緑の葉野菜はシャキシャキと歯ごたえが良く、トマトに似ている赤い実は、噛むとプチッと弾けた。
それから、大きな皿に乗っている分厚い肉の塊が提供された。
「これは何の肉?」と、ジニアは尋ねる。
「ブラックビーフ」と、マルモは答えた。「家畜の伝統は廃れてないよ」
「へぇ……」と、やはり気の抜けたような声を出して、ジニアはカトラリーボックスからフォークを取り出した。
「ナイフも必要だよ?」と、イムナが言う。
「んん……。うん」と、ジニアは応じて、肉を切るためのエッジがついたナイフを選ぶ。それから、「これは、どう使うの?」と、周りを見ながら聞いた。
今まで、フォーク以外のカトラリーを使ったことが無いのだ。
すると、イムナはジニアから皿を取り上げ、「マルモ。細かく切ってあげて」と注文した。
カフェインの多そうな食後のホットドリンクを飲んだ後、ジニアは思いついた。
「俺、お金持ってないんだけど」
それを聞いて、イムナはおかしそうに言う。
「『跳躍』をしてきた人が、この星の文化を知ってるとは思わない。最初の食事は僕達からの『サービス』さ。仕事が出来るようになってから、出世払いをしてもらうよ」
「あ……。ありがとう」と、ジニアは返した。
食事を終えた後は、楕円形のバスのような乗り物に乗って、町の中を移動した。
全体的に、直線のものは少ない。建物も、乗り物も、この星の人間達の衣服も、曲線を描いている。
「全部、丸い」と、ジニアは窓の外をまじまじと見て、感想を述べた。
「ああ。君の来た所では、『直線文化』が、まだ活きてた?」と、イムナは質問の形で説明する。「僕達の文化の中……少なくとも、この町が所属する国では、だいぶ昔から『曲線の構造物』が作られていて、近年の流行として『曲線の衣服』が流行ってるんだ。
元々この星に居た先住民の体が丸い形状で、丸い建物に住んでいた時の名残から発生した、『昔を取り戻そう』って言うムーブメントだよ」
「ふーん。その先住民達は何処にいるの?」と言って、ジニアはまた周りを見回す。バスの中を見てみた所、頭でかちの人間達以外、異種族は居ないように見える。
「先住民は、他の国を形成して、その土地に住んでる。人間ほど、『大規模な群れ』を持続させられる種族じゃなかったから。だけど、彼等は、数は少なくてもとても頭が良い。医術と化学に関する事は、彼等の専門だ」
「人間の医者は居ないって事?」と、ジニアはちょっと驚いた声を出した。
「まぁ、そうなる。僕達人間は、医術と化学技術に関しては、彼等の社会のご厄介になりながら生活している」
その言葉を聞いて、ジニアはゾッとした。
まさか、この星も地上と同じ有様なのでは……と言う恐怖を持ったのだ。
ジニアの表情がひきつったのを見て、イムナは大きな目を瞬く。
「何か、気になる事が?」
「いや……それが……」と、たどたどしく言葉を繋ぎ、ジニアは、自分が地球で知った征服者の話を説明した。
「ああ。それでさっき、何の肉かなんて気にしてたんだ」と、イムナは呟き、安心させるようにジニアの肩を叩いた。
「心配しないで。この星の先住民は、僕達を食べるような野蛮な存在じゃない。それどころか、道具がなきゃ何もできない人間を、憐れむと同時に可愛がってくれる。
だからこそ、この町にだって『お医者さん』はあるんだ。わざわざ、別の国から出張して来て、彼等の知ってる医術を施してくれるんだよ? まぁ、一定期間で、色んな先生が出たり入ったりするけどね」
そんな風に、イムナは「新参者を宥めるための言葉」を続けてくれた。
その日は、イムナの家に連れて行かれ、彼の家族を紹介された。
家族と言っても、小さな犬のような生き物だ。
「ポトス。今日の寝床は二人分だ」と、イムナは犬に言う。
犬は、「フワン」と言う独特の鳴き方をすると、家の一ヶ所にあった丸い装置のボタンを二回押した。
装置の中から、透明で巨大な気泡が二つ出てくる。泡の底には、さらに細かい泡が密にある。
「この星の『ベッド』だよ」と、イムナは言う。「上側から入って、内包されている泡に体を預けて眠るんだ」
説明しながら、実際に泡の中に入ってみせる。不思議な事に、透明な泡にしか見えないそれは、割れない。
「入る時と出る時に、体と衣服が洗浄される。汗と垢が分解されるんだ。濡れたりはしないから、気にせずに出入りして。この『ベッド』は、十二時間すると消滅するから、それだけは注意を」
そう言いながら、イムナは泡の上に横たわった。




