第二十二話「旅立った者達」
外宇宙行きの船に乗ろうと、移民達が発着場に集まってくる。一日に搭乗できる人数は制限があった。
元々が貿易船として働くはずの船に乗せるので、貨物の邪魔に成らない程度の人数に、搭乗者を抑える必要があったのだ。
人間が住める星は、幾つか発見されている。それ等の星まで、通常の移動速度だったら、短くても数十億年の時間がかかるが、もちろん通常飛行の速度で宇宙を行き来しようなどと言う亀は居ない。
行先にある星の位置を計算しながら、一定区間を、光より早い速度で移動する技術は残されていた。
外宇宙を目指した元・人外奇形者達は、新しい星で開拓を行なっている。
元々その星に住んでいた知的生命と、友好関係を築く場合もあったが、分かり合えない場合は戦闘状態に陥った。
地球からの渡来者が、「未来的である」と判断できる文化を持っている異星人も居たが、「原始的である」と判断された文化を持つ者達は、渡来者によって教化された。
知的生物が存在しないとされた星では、地球から持って行った文化の下で生活し、持ち込んだ農作物や家畜を殖やし、狩猟採集も行なった。
リザラは手術を受けないまま、移民として貨物船に乗る事を許可された。耳は非常に尖っているが、目元はメイクで誤魔化せる程度の、「軽い」奇形だったからだろう。
リザラ達が「プラネット・アイラ・ファイブ・エイティーンス」と呼ばれる星に到着した時、其処には広大な自然が立ちはだかった。
深い森と、海から切り立った陸塊、安全な水の少ない陸地。しつこい強風と、時折降り注ぐ滝のようなスコール。
先にその星に移住していた者達は、後続の人間達を迎え入れ、その星に根付かせた文明と、地球からもたらされた新しい文明を両立させようと努力した。
悩む事があるとすれば、食事の事である。持って来れた食料はあっと言う間に食べつくし、現地での食料調達が必要になった。
植物は、毒性がないかどうか調べられ、有毒でない物から順に移民達の腹に収まった。連れて行った家畜が子供を産むと、それを暫く育ててから食用にした。
鶏は卵を提供し、卵の幾つかは新しい鶏になった。その後で、卵を産めなくなった鶏は食われた。
畜産が間に合わない場合は、土着の生物を狩って、火で炙って食べた。
動きののろい獣や、警戒心が無い獣に関しては、家畜に適さない生物から順に絶滅させられた。
空腹と言うのは、それが癒えるまで、生物を衝動的にさせるらしい。
リザラは思う。
地球を支配していた大種族達も、かつては私達みたいに、自由と安全を求めて移住してきた者達だったのかもしれない。
地球で起こった事を悲劇と言うなら、大種族が狩り得て主食とした存在が、たまたま知性と社会性を持っていた……と言う事なのだろうか。
私達は、これから、幾つの命を食べつくして、幾つの命を滅ぼして、勝手に「新しい自由な大地」だと思って居る場所で、殺戮を繰り返して行くんだろう。
有機物を食べるように作られている体と、「有機物の味」を知ってしまったことを罪悪とするなら、私達は罪から逃げられないのだ。
空っぽになった、かつて栄養剤が入っていた瓶に、リザラはその悩みを綴った小さな手紙を入れた。
唯の自己満足かもしれないが、この星の命の幾つかを食べつくした私達が、「その事象に悩んでいなかった事は無い」と言う証明に成るだろう。
それとも、これは言い訳なのだろうか。
「大種族」が、人間を食べて居ると知った時の嫌悪感は、今でも思い出せる。
あの「朝礼」の日から、私達は捕食者から逃れる方法を考えていた。そして、私達が「捕食者」として生きられる、新しい星に移住するようになった。
私達は、「大種族」に同情できない。ならば、この星で私達に食べられた生き物達も、私達に同情はしないだろう。
それでも良い。私の些末な悩みは、私の家の、私の庭の、私の花壇の底に、埋めてしまおう。
木製のスコップを持って、リザラはその日、彼女とその家族のためにあてがわれた家の庭の、土を掘った。
濃紺の宇宙に、銀色の星が浮かぶ。水の無いその星には、地表一面を埋めるような夜景が浮かび上がっていた。
その時、彼等は、長い時間を空腹と共に過ごしていた。幾ら頑丈な体でも、彼等の多くは、そろそろ「空腹による強い眠気」に悩まされるようになってきた所だった。
「生命体を発見したぞ!」と、通信使が述べた。
彼等は窓の外に、夜景の広がる銀色の星を見て、命を長引かせられる期待に、胸を躍らせた。
そして、船の発着場らしき場所の防護硝子を破って、無理矢理入り込んだ。
酸素を外部に逃がさないために、防護硝子の上にシールドが展開され、丁度よく船を取り込んでくれた。
星に居た生物達は、見た事の無い船を怪しんで近づいてきた。
船から降りた彼等は、布を纏っただけの無防備な体をした生き物を捕まえると、食べやすい所から貪り食った。
その生物の四つしかない肢には、肉が程よく纏わりついていた。食べてから気づいたのだが、どうやらその生物達に毒性はないし、寄生虫も居ないようだった。
彼等は、とても清潔な状態で育てられたらしい生物達を、きちんと整備された環境で暮らしている家畜なのだろうと判断した。
何せ、動きはのろいし、羽もないし、攻撃するための腕の刃も、外皮を守る殻も持っていない。
口らしき部分をパクパクさせて、何か音を発するが、狩られる動物が恐怖に叫んでいるようにしか聞こえない。
やがて、何かの機器を持って戻ってくる生物達が現れた。
細い筒の中から、エネルギー弾を発するそれは、恐らくパラライザーの一種であると予測できた。
この星の生物は、多少の知能は持っているらしいが、空腹の前にはそれは小さな問題だった。
パラライザーに撃たれても、強靭な外殻で守られている彼等の体は、痺れて動けなくなったりはしない。
一つの武器が無効であると分かると、生物達はまた撤退して、新しい武器を持ってきた。
そのほとんどは、効力を示す前に奪い取られ、武器を奪い取られた生物は新しい肉になった。
武器を持って行ったり来たりしていた者達は、その他の、たくさんいる獲物より、肉質が引き締まっていて美味しかった。
船の中で生き残っていた彼等の同胞が、残らず肉にありついてから、彼等はようやく、自分達が占拠した場所が「通信基地」であると言う事を知った。
偶然にも発見した星は、とある惑星の衛星と呼ばれる場所で、其処から青い大気と水を纏った大きな星が見えた。
衛星の表面にある夜景と、衛星から放たれる工場のガスで赤く焼けた夜空、そしてその中に浮かんでいる、水を纏った星。
彼等はその景色に見惚れた。それから、その青い星には、この星よりたくさんの数の「生命体」が居る事を確認した。
極度の空腹が治まった彼等は、ようやく用心する気になった。
自分達が着地した、「月」と呼ばれる衛星と、目の前に浮かんでいる青い水に覆われた惑星が、同じ文化を共有していると知り、その中に「神」と言う、彼等にとって都合のいい概念がある事を知った。
彼等は、異種生物達にも通じる「暗号」を開発し、青い水の星に向かって通信を送った。
「我々は、増えすぎた人間を間引くために降臨した、神の遣いである。我々は、人間と言う種族の在り方と造りを改善する、選定を行う。
月に住んでいた人類は、種族として脆弱すぎた。故に殲滅する事となったが、これより、我等は地球に渡り、人類がより強く逞しい『生物』として発展できるように、貢献しよう」と。
地上の人間達が、その暗号を解読しているうちに、彼等は月に残っていた人間達を全て食べてしまった。
生き延びさせても、彼等にとって都合の悪い情報を、地上にもたらすだけだと判断されたからだ。
だが、それは後付けの理由かもしれない。
何にしろ、彼等は人間より体が大きく、おまけに長期間我慢していた空腹を癒すのに、熱心だったからだ。
アニタの葬儀が終わった後のフェイボック家では、アガサが何時も通りに食事の準備をしている。
パンを焼き、野菜を刻み、肉塊をオーブンで加熱する。今日のメニューは赤子の丸焼きらしい。
髪の毛を剃られた「動物」の頭は、ソースを塗って、肉塊と一緒にオーブンに押し込んである。
その他に、腿肉のステーキと、胸肉のシチューを用意した。
地上に住むようになってから、「料理」と言う文化を覚えた。塩を足したり、香辛料を利かせたり、ハーブで肉の臭みを消したり、様々な火の通し方をしたり。
まだ数百年しか経過していないのに、アガサ達の生活は、すっかり「地球風」になったのだ。
地球に住むようになってから生まれた新しい世代も、「地球風」の暮らし方に馴染んでいる……はずだった。
子供達のうちの一部、もしかしたら過半数かもしれないが、その彼等は遺伝的な旺盛な食欲と、新しい地球風の暮らし方の間で、葛藤を起こしているようだった。
だからこそ、彼等は、「気に入った人間」は食べてしまおう、と言う発想に成るらしい。
新しい世代にとって、気に入った人間と言うのは、大好物のお菓子と同じ感覚なのだろう。
見ていると、わくわくドキドキして、それを口にした時の多幸感を期待させる。
アモンのその心に、もっと早く気づいていれば、私達は「アニタ」と言う娘を、無くさずに居られたのかもしれない。
唯の肉になってしまったアニタを料理したのは、アガサだ。
もう、その肉が意識を持っておらず、何も喋ることも、感情を表すことも無いと分かってから、アガサは淡々と肉の処理が出来た。
作業の手は早かったが、「知られる前に処理しよう」と言うより、「出来るだけ新鮮なうちに処理しよう」と言う心のほうが強かった。
自分がアニタに対して抱いていた、娘を思いやるような心も、結局は「大事に取ってある大好物のお菓子」と同じだったのかと気づいた。
自分達に「不思議な風景」を見せると言う利益をもたらさなくなれば、霊感者も唯の肉なのだ。




