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二十話目「朝礼」

 宇宙プラントの従業員達は、ジニアの行方不明事件を不審に思って居た。

 ジニアは地上で知ってはいけない事を知っていたので、こっそりと隔離されて「流刑」に処されたのではないかと言う、疑いの言葉が交わされた。

 ジニアが宇宙プラントに帰ってくる少し前から、内宇宙行き貿易船に積む、作物の種類が変わったのも、不審の一因だ。

 今まで見向きもされなかった、魚や鶏卵の出荷が著しく増えたのだ。

 それなのに、肉だけは決して宇宙プラントから輸入しようとしない。付け加え、地上プラントで作られているはずの肉を、宇宙コロニーの裕福層が求めても、絶対に輸出しようとしない。

 疑えば幾らでも疑えると、トムズは考えた。彼は、沈黙している間、ずっと考えていた。

 このまま、地上の連中の話を鵜呑みに信じるわけには行かない。今まで聞いてきた、地上の「暗い噂」を整頓する必要がある。

 彼は、宇宙プラントの寮に帰ると、一冊の大きな手帳を取り出した。彼が宇宙プラントの中に広まるのを止めてしていた、「暗い噂」を記録していた手帳だった。


「ラスタが内宇宙行きの貿易船に乗るようになった。彼女は暫く具合が悪そうだった。

 地上の食事が体に合わないと言う。地上プラントの食堂で提供される肉は、チップスのステーキ味に似ているが、自分で肉を買って料理しようとすると、どうしても腐ったような酸味がある。

 ラスタには、多少金銭はかかるかもしれないが、地上で支給される肉を食べないようにと言い聞かせた。彼女はその意見に同意し、『寿命が縮まっても、ビーガンになって生きる』と述べていた。


 フォルクが宇宙コロニーに帰省した。彼は健康そうだったが、顔つきが全く変わっていた。

 地上に行く前は、明るい笑顔をよく見せる話好きな奴だったのに、削げた頬を引きつらせて、黙り込んだままチクルを噛んでいた。

 仕事が始まる時間になるから、チクルを口から出したほうが良いと言うと、『特例は取ってある』と言っていた。

 フォルクは、『ずっと何かを噛み続けないと錯乱してしまう』と言う症状に悩まされており、その病を理由に宇宙コロニーに帰って来たのだ。


 マッシュが宇宙コロニーに帰省した。彼は別人のように痩せ細っていた。

 ジニアが話を聞いた所によると、地上プラントの食事として支給される『ハンバーグサンドウィッチ』に慣れる事が出来ず、おまけに食事の用意の仕方も分からなかったので、宇宙プラントに戻る直前まで、ほとんど絶食していたようなのだ。

 本人に問い質した所、マッシュは『地上では、自分達が食べさせられている肉が、何の肉であるのかが分からない』と言う恐怖に取り付かれていた。

 彼は拒食状態が回復するまで、宇宙プラントで様子を見る事になっている。


 エニラが宇宙プラントに帰省した。彼女は、『秘密事項を知ってしまったため』に宇宙プラントに戻って来た。

 地上の人間が知っている『歴史神話』と言う物を耳にして、それを地上プラントの従業員達に話してしまったと言う。

 歴史神話と言うのが何なのかを、エニラから聞いてみた所、地上に住んでいる子供に教えるための、創世神話的な物らしい。

 地上には頭の良い二つの種族が居て、一つは人間、もう一つは神様の遣いとされる別の星の生命、と言う所までは彼女から聞く事が出来た。

 それ以上の話を彼女は覚えていなかったが、地上に人間以外の『何か』がいる事を示しているようだった」


 そこまでの記録を読み返してみたトムズは、神様の遣いと言う者達が何者なのかを思考した。

 フォルクやマッシュの精神状態を危うくしたのは、その神様の遣いとやらではないか、と。

 もっと前の記録を読んでみても、一度地上に降りて、宇宙コロニーに帰省した一部の人間は、「地上で提供される肉を食べたくない」と訴えている者が多い。

「何の肉を食べさせられているか、分からないのが恐ろしい」と、訴えている者もいる。

 地上では、畜産農場は隠されているものなのだろうか。

 ともあれ、帰省してきた者達のストレスの原因を、上に報告する必要がある。これ以上、宇宙プラントの労働力を地上に吸い取られて、まともな状態で無くなった人材を送り返されてきても困るのだ。


 トムズの訴えは、些細な事では済まなかった。宇宙プラントの上層部も、地上に行った者達が揃いも揃って「異常な状態」で帰って来て、おまけに一人また一人と姿を消している事態を、憂慮していたのだ。

 宇宙プラントの上層部から、地上プラントに疑問を投げかけると、地上プラントの上層部は暫く検討すると答えた。

 やがて、地上プラント上層部の彼等は、地上以外には初めて、その姿を現した。

 朝礼のモニターに映ったその姿は、灰色の体を持った、巨大な昆虫のように見えた。


 自分達を「大種族」と呼ぶ、昆虫のような代表者は、朗らかな印象を与える声を発し、自分達は現在の地上での支配権を持っていると述べた。

「私達は、数百年前に地球を発見し、その当時、月にまで植民地を広げなければならなかった人間達の、人口爆発と言う現象を食い止めた。

 それから、地上で人間を保護し、理想的な人間を育てると言う試みを行い、それは確実な成功を収めている。

 地上では、人間は労働に従事する事なく、能力の活かせる文化的な活動に従事する。

 この夢のようなシステムを作り上げたのは、まぎれもなく我々であり、宇宙コロニーに住む者達にも、地上で暮らす可能性は開かれている。

 共に命を存続させるために、宇宙と地上とで、協力し合おうではないか。

 我々に対して、何か疑問があるのであれば、何時でも答える準備がある」と。


 その日の朝礼の後から、「地上から帰省した者達」は、黙らなくなった。

 自分達が地上で知った情報を口にし、自分達の疑問を口にし、心の中に押し込めていた恐怖を吐き出した。

 一番の問題が、「体毛を全部剃られた人間が飼われている、家畜舎を見た事がある」と言う意見だった。その人間達は「メアリー・シープ社」の貨物トラックに乗せられて、食肉工場に運ばれていた。

 地上で提供される肉は、人間の肉なのではないかと言う疑いを、帰省者のうちの多くの者が持っていた。

 そこから、大種族に飼われている「愛玩人間」と、畜産場で肉にされる「食用人間」が存在するのではないかと言う推論が成され、次の朝礼で、代表の大種族にその疑問を問う事となった。


 次の日の朝礼で、推論は代表者に提示された。

 帰ってきた答えは、このような物だった。

「まさか。我々は、『人間』を食したりはしない。宇宙プラントと同じく、『動物』を飼育し、工場で精肉して、家庭用や支給用に販売している」

「その動物と言うのは、何の動物ですか?」と、更に疑問の声が投げかけられた。

「『動物』は、『動物』だ。現在の地上では、動物は一種類しか居ない」と、代表者は述べる。

「ですから、その、唯一居る動物の、種族は何ですか?」と、追及の手は緩まない。

 暫く黙ってから、代表は答えた。

「種族を言うのであれば、『ホモ種』の一種である。かつて『人間』に混在していた、知能や霊感の劣った『ホモ種』を、『動物』と定義している。彼等は生まれた時から『人間』とは区別され、完全に食用として生産されている。我々が、『動物』と『人間』を混同してしまう事はない」

 その言葉を聞いていた者達は、一斉に青ざめ、帰省者の中には、眩暈を起こして倒れる者や、急に泣き出す者、中には口を押えてその場から逃げ出す者が続出した。

 朝礼の場は、一時、騒然とした。

 この従業員達の反応は、代表者も予想していなかったようだ。

 代表者は懸命に、地上での「人間」と「動物」の定義を話したが、言葉を重ねるほど、朝礼のモニターの前に居る従業員達の、目つきが変わって行く。

 明らかな嫌悪を伴った、敵を見る目に。

 代表者は、何とか言い繕おうとしたが、一度場を離れた従業員の一人が、持ってきた鈍器でモニターを殴りつけた。

「やめなさい。会社の備品を……!」と、モニターの向こうの代表者は口走ったが、従業員達は次々に

鈍器を持ってくると、モニターに襲い掛かり、代表者の姿が見えなくなり、声が聞こえなくなるまで、設備を破壊した。


 その日から、宇宙プラントの従業員はストライキを起こした。仕事だけでなく、理想的な人員として求められていた「躾」に対しても、ストライキを起こした。

 内宇宙行きの予定だった農産物を略奪してきて、まずは解凍して生で食べた。

 料理の知識があった帰省者達が、作業用の包丁で野菜や魚を切り、適当に引っぺがしてきた大量の鉄板を火で熱して、油を敷いて食物を焼いてみせた。

 宇宙プラントの者達は、初めて見る「料理」を物珍しがり、素手で不器用にだが、口に運んだ。


 その一件から、宇宙コロニーの中に「アンチ地上」を唱える派閥が発生し、その勢力はまず、内宇宙行きの搭乗口を閉鎖した。

 地上からは、「そのような野蛮な行為は即停止を求める」と言う声明が届けられたが、「アンチ地上」の派閥の者達は、鼻で笑って無視した。

 やがて、一般的には「闇市場」と呼ばれる、税や律に従わない非合法な市場が作られ、宇宙プラントの製品はその市場を通じて、コロニー内で安価に販売されるようになった。

 予想するまでもなく、地上に降りる者は居なくなった。

 だが、自分達を「人間のあるべき姿」に整形する人外奇形者は増えた。外宇宙行きの貿易船に乗って、他の星に移住する者が増加したのだ。

 彼等は、大種族が支配する地球に見切りをつけ、他の星に自由を求めたのである。


 大種族達は、この異変にもうろたえなかった。地上には人間の「ハードデータ」が残っている。

 農作物や飼料が減ってしまっても、肉は溢れるほどあるのだから、自分達が飢えたりする事はない。「美味い肉」の複製はいくらでも作れる。何だったら、成長を待たずに、赤子のうちに食べてしまったほうが手間もからなくて、なおかつ美味しい肉にありつけるではないか、と言う風に。

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