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第二話「ジェームズ・ワシントン号」

 外宇宙行き貨物船、ジェームズ・ワシントン号が、遥か彼方の星をめがけて飛んでいく。

 銀色の機械の塊に塗装がされた宇宙船は、最初はジェット噴射で飛行していたが、重力場を離れたら、噴射は止まった。後は慣性と、わずかなエネルギー噴射によるコントロールで、目的の惑星に届くまで何処までも飛べる。

 いつ見ても、貨物船の発射は、思い切りが良くて心地好い。

 マスクの中で鼻で溜息をつき、見送るものを見送ってから、ジニアはサービスエリアの窓辺を離れ、駐車場の冷凍車に向かった。

 何百年か前の研究により、この宇宙には果てはない事が確認された。科学力が髄を極めたと言われる、当時の観測力でも、宇宙の果ては確認できなかった。

 現在では、宇宙はこのスペースコロニーのように、ドーナツ型をしているのではないかと言われている。それの内部が複雑に流動しているとなれば、何処まで行っても果ては観測できない。

 空間の果てって、把握が難しいよな、とジニアは考えた。

 進んでも進んでも果てが見えないと思っていたら、単純に、風景が変わらない一ヶ所をぐるぐる回っているだけだったりもする。

 それなのに、星の果てに一瞬で行きたかったら、背後を振り向けば良いだけなんだから。


 プラントに戻るには、来た道とは反対側を走っている、戻りの道路に入る必要がある。発着場まで来た道路は一方通行であり、駐車場を挟んだ反対側を走っている道路も一方通行だ。

 大抵の車は、行きと戻りの二つの主要道路を行き来した後、下道に入って細かく移動する。

 二十四時間、車を八十キロで飛ばしても、コロニーを一周することは不可能だ。最低でも数ヶ月、悪ければ年単位の時間はかかる。それに、一般の車が時速何百キロを出すことは禁止されている。

 主要道路でも、時速百キロを超えると、車の中の安全ランプが点灯し、「減速して下さい」と言う機械ボイスが指示を出してくる。

 社用の車で交通違反をしたら、プラントをクビに成るだけではなく、公安に身柄を確保され、新聞にも事件として記載される。この世界は規律に厳しい。規律を破った者は、実名入りで前科がついてしまう。

 予想するまでもないが、幾ら手術を受けても、前科持ちが地上での仕事を任せてもらえるはずがない。

 未来への目標のためにも、安全運転、無事故無違反は鉄則である。

 ジニアは運転席に乗り、ドアのロックをかけて、シートベルトをする。ミラーの角度もチェックした。

 理由が無くても、初心は常に心掛けたいもんだ。

 そう心の中で唱え、ゆっくりと発進した。


 スペースコロニーを開発した人達は、ここに住む人間の利便性なんて考えていたのかな。何時か、人間は宇宙に住みたがるはずだなんて思っていたのかな。

 考えながら、運転席から見える何時もの風景に目をやる。

 道路の途中の窓から、コロニーの外が見えた。

 先人達の知恵の結晶である、スペースコロニーと言う空間で生活していると、その空間が「異端分子」を隔離するための施設になるなんて、考えていなかったんじゃないかと思われた。

 窒素と酸素を混ぜた「空気」は、巨大な清浄機を通して当前のように供給され、「天井」には植物も植えられている。

 蛇口をひねれば殺菌された水が出て来るし、ボタンを押せば明かりがつく。通年、摂氏二十四度に保たれている空間は、朝六時に緩やかに光が燈され、夜十八時に緩やかに明かりが消される。

 ジニアは、生まれてから二年目に、このスペースコロニーに来た。

 子供の頃の事はあまり覚えていないが、貨物船や、移民の子供達を見ていると、あんな風に「運ばれた記憶」が、薄っすらとある。

 恐らく、ジニアも何処かの星から来た移民の子供なのだ。産み落とされてすぐ、彼の外的特徴によって、このコロニーに隔離されることが決まった。

 どこかの家の中だと信じていた「船」の内装は、今でも覚えている。白い部屋の窓の外に、紺色の空間が広がっている事も、時々、近くを通る星の影響で重力場が解除され、体がふわふわ浮いてしまう事も、単純に楽しんでいた。

 大人達が、何故、時折顔を青ざめさせているのか、難が去った後に、何故急に笑い出したりするのかの理由なんて、考えた事も無かった。

 彼等は「いずれ働き手となる子供達」と言う貨物を安全に運ぶために、一生懸命だったのだ。


「人外奇形」とは、よく言ってくれるものだ。人外れの奇形と言う意味である。

 何処かの惑星に住んでいる人間達から、人間ではないとされて、殺されはしないものの、見えない場所に連れてこられたのだ。

 ジニアは、宇宙船を降りてから、コロニーの施設に住んでいた。

 良心的な職員達から、人間らしく振舞う方法、「人間」の本来の形状、家族と言う群れの在り方、理想的な人間社会の作り方、そんな事を学んだ。

 文字の読み方と書き方を習い、計算の方法を覚えた。一般に開放されている図書室で、難しすぎる文字が書かれている物以外の、様々な本を読んだ。

 施設に居る間は、マスクをする事を許可されなかった。

 その理由を職員に尋ねると、彼等は答えた。

「貴方が、本当にジニアである事を、私達は常に確認する必要があるの。いつの間にか、他の誰かにすり替わっていないか、常に疑わなきゃならないの。貴方と誰かを取り換えっこしようとする人が、外の世界に居ないとは限らないからね」と。


 幾つかの本を読んでいる間に、「見世物小屋」と言う、不気味な商売が外の世界にあるのだと知った。

 一般の人よりずっと小さな体を持った人間や、一般の人よりずっと背の高い人間、両の目の色が左右違う人間、男の体なのに女のような胸がある人間、体中に鱗のようなものが生えている人間、頭部が肉塊と化して肥大している人間、腹から別の体が生えている人間、ジニアのように、口が裂けている人間。

 そんな、奇妙な姿を持った人間を集めて、舞台に立たせ、講釈師がその人間についてを面白おかしく弁舌し、観客は悲鳴を上げたり歓声を上げたりする……と言う、一種異様な小屋の事らしい。

 まだ設備としてシアターが無かった時代に、見世物小屋は繁盛した。

 先人達は、高度な生活環境を再現すると言う事には熱心だったが、其処に住む者達が「娯楽」を求めるようになるとは予想していなかったようだ。

 皆、働いて食べるのにだけ熱心な、農民と労働者だけが住みつくはずだと、何故か思い込んでいたようなのだ。

 それ故、食品製造と加工のための大規模なプラントは、コロニー建設の当初から存在した。プラントから貨物を送り出すための、発着場も作られていた。

 なのに、農民から農場主が生まれ、労働者からブルジョワジーやエグゼクティブが生まれる事を、昔の利口な人達は考えていなかった。

 富の集中と言う現象で、社会的地位やステータスに、大きな差が生まれるとは。

 そのため、毎日の労働から離れる事が出来た人々や、余暇を得て娯楽に飢えた人々の一部は、自分達の中でも、特に奇異な姿をした者達を「見世物小屋」に集めて、その姿を見物することを楽しんだ。


 皮肉にも、巨大な食品加工プラントは、コロニーに住む者達の食を、ほとんど支えなかった。

 有機物を摂取できるのは、貨物船の辿り着く先に居る者達と、地上の人間達、それから、コロニーの中でも特に富と地位を持っている物だけだ。

 大部分の労働者は、栄養の塊である錠剤とカプセル剤で健康を維持している。農作業や畜産をする者も、その生産物を自分達が食べると言う思考方法は、働かないように躾られている。

 作られる食材は、全て「お客様」のために提供され、自分達はその報酬として金銭を受け取る。

 受け取った僅かの金銭は、長い時間をかけて貯蓄し、やがて「人間としてまともな姿」になるための手術費に充てる。

 コロニーに集められた住民は、ほとんどがこの人生のコースを選んだ。プラントの従業員達も、大部分が同じ目標を抱えている。

 現在の手術技術では補えない奇形や変異を起こしている、トムズやメロウのような人物は別だが。

「人間としてまともな姿」は、外部の生物に、人間の代表として見られる。貨物船に搭乗することを許される飛行士達も、地上用の姿に手術を終えた者達だけだ。

 より高い地位の者は、通常の姿になる以外の外科手術により、さらに美しい姿に自分達を作り変えている。


 車の中に流れるラジオが、「本日の発声練習」と言う番組を、わざわざ放送している。

 俺が子供の頃から流行ってるよな、これ。

 ジニアは、ぼんやりしている子供時代を思い出した。

 元の姿が「人外」であるためか、コロニーに住む者達の美の基準は全身に及ぶ。

 美しい手、美しい歯列、美しい肌、美しい体、美しい声。

 声の維持は、特に重要視されている。今年で二十五になるジニアだが、五歳の頃の世の中には、既にその傾向があった。

 声が老いること、つまり喉の筋肉の劣化は、手術ではどうにもできないからだ。

「次は胸の筋肉を使って……大きく笑いましょう!」と、ラジオの中の声が言う。「息を吸って、はっはっはっはっは!」と、全然笑ってない「は」の連続を、とても好い声で発音する。

 胸の筋肉を使って笑うってどうやるんだ、と、笑うと腹が痛くなるタイプのジニアは苦々しく思った。

 ラジオの声は、次に腹筋を使って一定の音階を「はーあーあーあーあー」と発音し、次は体幹のトレーニングだと言って、立ち上がった状態で体を左右にねじる事を求める。

 一般の家でこれを聞いているならまだしも、車の中で運転しながら体をねじる事はできない。

「美しい発声に必要な筋肉は、これで整いましたね。それでは皆さん、若く美しい声で、良い一日を!」と、強引に整った事にされた。

 ラジオ番組はさっき「はーあーあーあーあー」で発音させた音階を、呪いのように繰り返しながらフェードアウトして行った。

 若さの基準が声と言う事は、上層民の中では、もう外見で年齢を読むって事が出来ないのか。

 ジニアはそんな事に気付いて、何となく肌寒さを覚えるのだった。

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