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第十八話「追悼と逃避」

 その日の「サンライズ」を読んでいると、近日中に、アニタの個展が行なわれるらしい。

「アニタ・フェイボックの追悼個展。百を超える彼女の作品から、選りすぐった作品を紹介します」

 よく読んでみると、ジニアが働いている地上プラントの所属する国にも、巡回展示が来るらしい。

 追悼と読んで、ジニアは陰鬱な気持ちになった。

 もし、本人が生きていたとしても、アニタの「画家としての生命」は途絶えたのだと感じられた。


 個展が巡回しにくる一週間の間で、休暇を得たジニアは、列車に乗って遠い町まで出かけた。

 だいぶ長距離を移動するので、飲料用に炭酸水を持ち、飴玉を一袋用意した。お昼ご飯は、自分で焼いたオムレツを挟んだ、卵サンドウィッチだ。

 列車の中は、ほとんどが大種族の家族と、その家族に引き取られている人間達しか乗っていない。

 彼等は、大抵、大種族の言葉で話しており、何の会話をしているのかは分からなかった。

 人間も、大種族の家庭に居ると、彼等の言葉を覚えるものなんだな。

 ジニアはそう思いながら、車窓を見ていた。

 ふと、おかしな建物が、列車の進行方向に見えてきた。巨大な小屋のように見える。丁度、宇宙コロニーの食肉プラントにある、牛舎のようだった。

 ああ、家畜を飼っているのか。どんな牛が居るんだろう。

 そう思って、牛舎のような小屋を眺めた。

 首に枷をつけられ、小屋の中に並んでいる「動物」は、体毛を全部刈り取られた、裸の人間の形をしていた。

 ジニアは、目を疑った。

 人外奇形者ではない。明らかに、「まともな人間」の姿をしている。

 どう言う事だ? ここは家畜小屋じゃなくて、罪人でも隔離する場所なのか?

 咄嗟にそう思ったが、小屋の外に連れ出され、首枷をつけられたまま連れて行かれる、丸裸の人間は、特殊なトレーラーの中に押し込められていた。

 地上プラントの――メアリー・シープ社の――マークが入ったの、銀色のトレーラーの中に。

「悪い噂を聞いたんだ」

 そう言っていた、リムロの言葉を思い出した。

 宇宙プラントの中でも、地上では「肉にする家畜」を育てて居る事が知らされていた。

 人間の一部が、肉にする家畜として育てられているのか……。

 その事実に行き当たり、ジニアは胸の辺りが焼けつくような気がしてきた。

 胃の内容物が、食道を駆けあがってくる。

 だめだ。吐くな。

 ジニアは、両手で口をふさぎ、喉の奥まで上って来ていた物を、呑み込み返した。

 自分が初めてその事実を知った事を、周りの「大種族」に知られてはならない。

 慌てて、水のボトルを開け、喉を焼いている胃酸を炭酸水で押し戻す。

 それから、レモンの味の飴玉を口に放った。

 今は、何も考えるな。考えなくて良いんだ。これから僕は、アニタの追悼に行くんだから。

 そう思う頃には、陰惨な家畜小屋は、列車の後方に流れて見えなくなった。


 地上の美術館は、周りに広い芝生の庭があり、野外に設置するタイプの彫刻が、其処此処に点在した。

 チケットを買った後、まず、ジニアはトイレに行った。

 さっきから外に出たがっていた胃袋の内容物を、便器の中に嘔吐する。

 すっきりしてから、水を流し、洗面台で手を洗う。鏡に映るのは、ようやく見慣れて来ていた、「人間としてまともな形」をした、自分の顔だ。

 寮から出発してから三時間くらいしか経過していないのに、もう別人のようにやつれている。

 大丈夫。大丈夫だ。考えるのは、寮に帰ってからでも良い。

 そう念じながら、彼はホールに戻り、個展が開かれている大部屋に移動した。


 順列を示す立札に、「夜空」と書かれている。その立て札にある矢印は、左側を指している。

 赤く焼ける夜空に星屑が光り、銀色の月が燈っていた。その絵の製作期間は、ジニアが宇宙プラントの美術館で、初めてアニタの作品を見た時より、前のようだ。

 昔のアニタは、青く無い月を描いていたのか、とジニアは気づいた。

 その後に続くのは、宇宙プラントの美術館でも見た、青い月のシリーズだった。

 赤く焼ける星空に、大気を纏った青い月が浮かび、岩肌の地面に夜景の星が散りばめられている。

 その夜空の月が満ち欠けする様子が、星の位置や、地面だと思われる岩肌の夜景の形や、色を替えながら、大小様々なキャンバスに十五枚描かれている。

 そのコーナーの最後の一枚は、森の中から青い月を見上げたものだった。

 順路に合わせて歩くと、次の立札に行き当たった。「風景」と言うタイトルが添えられ、矢印がやはり左側を向いている。

 青い月の浮かぶ街並みや、青い月の浮かぶ海原、青い月の浮かぶ田園風景、青い月と古の時代を思わせる建物、それ等を飾るように描き込まれている植物や花々。

 そのコーナーの最後には、暗い空の中に、地表に夜景の燈っている銀色の月の絵が掛けられていた。

 次の立札は、「窓辺」だった。

 青い月を、何処かの古城の渡り廊下から見上げた様子や、石造りの神殿の中から見上げた様子、開け放たれた飾り窓の中に燈っている様子。

 それ等を一つ一つ、つぶさに観察し、最後の絵に行き当たった。

「プラネット・アイラ・シックスティーンス」と、題名をつけられたその絵は、それまでとは違う、不思議な筆使いを成された作品だった。

 中央に燈っているリアルな青い月以外は、描き飛ばしたような赤と黒と青の、斑な渦の中に在る。

 まさか、と、ジニアの脳裏に予感が走った。

 注釈を読むと、制作期間は三ヶ月に満たない。

 それまで、アニタの作品は緻密な表現を保っていた。もし、この絵が指の怪我の後で、描かれたものだったとしたら。

 そう察したジニアは、絵の傍らに座っている学芸員に、尋ねた。

「この絵は、本当に、彼女の最後の作品なんでしょうか?」

 もしかしたら、この問いは、聞かなかったほうが良かったかも知れない。

 学芸員は、静かに頷いて、「アニタ・フェイボックが、その死の間際まで制作していた作品です」と教えてくれた。

 ジニアは、胃袋の中が冷たくなった気がした。

 もう一度、絵の全面が見える位置まで、フラフラと脚を進め、蠢く闇の中に取り残されたような、青い月を見つめた。

 何時、床に膝をついたのかは、覚えていない。

 ジニアは、手で顔を覆い、声を殺して泣き崩れた。


 ミュージアムショップには、今回の個展で展示された作品の画集が売っていた。

 ジニアは、ぼんやりしたまま、画集と一緒に、「赤く焼けて居る夜空に青い月が燈っている絵」のポストカードを買った。

 帰り道も、行きと同じ場所を通る列車に乗ったが、特に窓の外に興味は向かなかった。

 マッシュが一年間でガリガリに痩せた理由や、リムロが言っていた「悪い噂」の真相なんて、どうでもよかった。

 涙の枯れ果てた目で、ポストカードを見つめる。

 ジニアは、自分はアニタに恋をしていたのかもしれない、と考えた。

 どんな人なのかも知る事は出来なかったけど、彼女の絵画を通じて、彼女の見ている世界に、恋をしていたんだ。

 三十年にも満たないアニタの生涯の中に、俺の登場する場面は、ついぞ存在する事はなかった。

 俺はこの片思いを、一生続けて行くだろう。この画集とポストカードが色褪せても。

 そう、心の中で誓いを立て、ジニアは列車に揺られて行った。


 暫く、ジニアは食欲が無かった。それでも、働くためには何か食べなければならない。

 朝は目玉焼きとパンを食べ、昼は、茹で卵と果物を持って行って食べ、夕は魚と野菜を食べた。

 肉だけ避ければ、そんなに訳の無い生活だと思った。

 それでも、地上プラントの食堂に足を運ぶ気には成れなかった。

 何時でも、ハンバーグサンドウィッチの臭いが立ち込めていて、気持ち悪かったからだ。

 食事が少なくとも健康を保つために、持ってきた錠剤と栄養剤を、定期的に口にした。

 そのわずかの望みが、あと一粒になった頃、ジニアに「宇宙コロニーへの一時帰還」が許可された。

 ジニアは、許可が出たその日に、宇宙コロニーに帰る事を希望した。

 地上で知った情報を口外しないと言う書類にサインをして、発着場に行くマイクロバスの中では、入念に「規則を破った者の受ける罰」を説き伏せられた。

「説明は以上です。何か質問や、疑問は?」

 ジニアは、皆と同じく、少し俯き気味の顔を曇らせ、「ありません」と、静かに返事をしただけだった。


 宇宙コロニーに戻ると、寮の新しい部屋を宛がわれた。

 コンロ台なんて備えていないシンクと、ユニットバスとベッドがある、眠るだけの場所だ。

 ジニアは崩れるようにベッドに横たわってから、自分が疲労に蝕まれている事を実感した。

 疲れている理由は、思い浮かびすぎて、どうにもならない。

 帰ってくる途中で購入した、栄養剤を口に含み、唾液で呑み込んだ。

 それから、備え付けの電気ポットを準備し、蛇口から水を汲んでお湯を沸かした。

 地上で手に入れた「気分が落ち着くお茶」の箱を取り出して、ティーパックをカップの中にセットする。

 何となく、持ってきた荷物の中から、先の個展の画集を手に取った。ベッドに寝転がりながら、ページを捲る。

 トムズ達は、地上の様子を聞きたがるかな。その時、俺は、なんて答えれば良いんだろう。

 そこまで考えて、初めて「何処かに逃げたいな」と思った。

 何処へ? と考えて、何処にも行き場はないと知った。

 目の前には、まるで今、自分がその場でその風景を見ているような、青い月の浮かぶ宇宙が広がっている。

 アニタが逝った世界に、俺も行けたら良いのに。

 そう願っていると、体から段々力が抜けて行った。画集を掴んだ腕をスプリングに横倒し、ジニアは意識を失った。


 後日。出勤してこないジニアを心配したトムズが、管理人と一緒に、寮の中の彼の部屋を訪れた。

 メインの鍵はマスターキーで開けられたが、チェーンロックがかかっている。

 チェーンをニッパーで切って、中に入ると、その部屋には誰も居なかった。

 電気ポットには冷めた水が入っていて、傍らにはお茶の準備もしてある。

 ベッドの横には、一冊の画集が、ページを開いたまま落ちていた。

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