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第十七話「福利厚生」

 六ヶ月以上が経過する頃、宇宙プラントへの「一時帰省」を申し込む者が増えた。そう言った連中は、日頃から少し体調が悪そうだったり、暗い表情をしていたりした。

 慣れない環境だから、体を壊してしまいやすいんだろう、と、ジニアは思った。

 先日、大種族の事について話しかけてくれた、リムロと言う同僚も、「あんまり食欲がない」と言って、ある日から、食堂で提供されるハンバーガーサンドウィッチに手をつけなくなった。

 リムロは三ヶ月の間に、すっかり痩せてしまった。

 それを憐れに思ったジニアは、ある日の帰宅前に、宇宙プラントから持ってきた栄養剤を一瓶、彼に分けてあげた。

 リムロは、救われるような表情をして、小瓶を受け取った。

「そうだよな。最初からそうすればよかったんだ」と、リムロは涙を浮かべ、懐かしい味の栄養剤を口に含んで、唾液で呑み込んだ。

 その時に、リムロはこんな事を言っていた。

「新天地に行って、そこで自分達が『夢みたいな生活が出来る』なんて、唯の幻想だったんだ。俺達は、唯の労働者だ。それで良いんだ」

 ぶつぶつと言うその呟きを聞いて、ジニアは心配になった。

「リムロ。疲れてるんだったら、宇宙プラントへの『帰省』を申し出たらどうだ? 栄養剤や錠剤にしか慣れられないんだったら、またこっちに来る時に、たくさん栄養剤を持ってくれば良い」

 それを聞いて、リムロは答えた。

「ああ。そうするよ。それにしても、ジニアは……。あのハンバーグサンドウィッチを見ても、何も思わないのか?」

「何を思うって?」

「嫌な噂を聞いたんだ」

 リムロがそこまで言うと、話を聞いていたらしい地上プラントの班長が、「ゴホン」と、咳払いをした。

「リムロ・ガーズナー。悪い噂は身を潰す種だ」

 班長からの忠告を聞いて、リムロは黙り込んだ。

 しおらしく、「申し訳ありません」と述べると、足取りも重くバスステーションへ向かって歩いて行った。

 班長はリムロを見送ってから、声をかけてくる。

「ジニア。君も、根拠のない噂に振り回されないようにね」

 ジニアは、俺はまだ何も聞いてないんだけど……と思いながら、「はい」とだけ答えておいた。


 地上の環境保全委員会の会議で、こんな事が話し合われた。

「労働者に配給している『肉』を、宇宙プラント産のものに変える事はできないかと言う意見が、寄せられています」

「その意見を言っているのは?」と、議長が尋ねる。

 議題を持ってきた委員はこう述べた。

「主に、地上プラントの管理者です。幾ら我々が『動物』として区別している物だと言っても、『姿形の似たもの』の肉を食べるのは、拒絶反応があるのではないか、と。

 特に、地上プラントの従業員が、『旅行』に出かけられるほどの財力を持つようになってから、その従業員を通じて、『悪い噂』が広まっているようなのです」

「悪い噂とは?」と、議長。

「我々が、『人間』を食べていると言う噂です」と、委員。

 その言葉を聞いて、議長は、ふぅむと唸った。

「宇宙コロニーから来た者は、地上のシステムを知らないからな。我々が、しっかりと『人間』と『動物』を分けている事を、理解してはもらえないのだろうか」

「宇宙プラントから『家畜の肉』を取り寄せる事は、出来ないと言う事ですか?」

 議長はその意見を聞き、少し考えてから答えた。

「プラントの従業員のために、わざわざ『肉』を取り寄せるのは、コストがかかりすぎる」

「ですが」と、別の委員も口をはさんだ。「近年、『噂』の影響で、支給品のハンバーグサンドウィッチを、食べなくなってしまう従業員も増えています。そのために栄養不良に成って、宇宙コロニーに帰還するものも多数居ます。コロニーに『誤った噂』を広める者も、少なくありません」

 それを聞いて、ある委員が言う。

「栄養不良になる者達は、ハンバーグサンドウィッチに依存しすぎているのでは? 実際に、寮で自炊をしている従業員達には、痩せ細るほどの飢餓になっている者はいません」

「それなら、料理と言う文化を伝えてみませんか?」と、別の委員が言い出した。

「きっと、ハンバーグサンドウィッチに依存してしまう従業員達は、『自分で材料を集めて、食事を用意する』と言う楽しみを知らないから、食べている肉がなんであるかなんて言う、おかしな事ばかり考えてしまうんですよ。

 肉を取り寄せるより、鶏卵と魚と牛乳を、今の流通量より多めに取り寄せて、プラントの従業員に『調理』の方法を教えましょう」

 その委員の発案は、とても好意的に受け取られ、提案された打開策を講じよう言う流れになった。


 そんなわけで、地上のプラントの従業員達は、福利厚生の一環として、「料理教室」で授業を受けられるようになった。

 常日頃から、レシピ本を片手に寮で「自炊」をしようとしていたジニアには、渡りに船の出来事である。

 まずは、手を石鹸で洗ってエプロンを身に着け、鶏卵をボウルに割り入れる所から、練習は始まった。

 先生役は、実際に片手に鶏卵を持って、「卵の殻に罅を入れて、その罅から開くように卵をボウルに落とします」と、動作をしながら説明する。

 皆、見様見真似で同じ動作をしたが、卵をキッチン台にぶつける所で躓く者は多かった。

 力一杯ぶつけて、卵の殻全体が、ぐちゃりと潰れてしまったり、キッチン台の上に黄身をぶちまけてしまう者も居た。

「卵の持ち方は、軽くて良いんです」と、先生役が注意を述べる。「握りしめないで、そっと支える気持ちで持って下さい。そして、ソフトに……そうだな。キッチン台の角を、卵の殻で軽くノックするつもりで叩いて下さい」

 言われた動作をイメージしながら、生徒役の従業員達は苦心して卵を割り、ボウルに黄身と白身を滑り込ませた。

 割った卵は、泡だて器で調味料と一緒に掻き混ぜた。

 フライパンに油を敷き、お玉一杯分の卵液を流し入れて、フライ返しで半分に折る。

 半月状の「ぺったんこなオムレツ」が出来た。

 そのオムレツに、ケチャップソースと言う赤いソースをかけ、授業の終わりに、生徒役達は自分の作品を食べた。

「卵料理は、全ての料理の基本と言ってもおかしくありません」と、先生役は説明する。「今回のように、焼く他に、茹でたり、炒めたりする事で、違った風味の料理として楽しめます。

 熱を通すと固まる性質から、色々な料理を作る時に、卵を一緒に混ぜて『固形化させる』と言う、料理の方法もあります。

 そして鶏卵には、必須アミノ酸や、ビタミンと言った、人間の体にはとても重要な栄養素があり……」

 そんな風に話は続いていたが、自分達の作品を食べる事に熱心な生徒役達が、何処まで正確に先生役の話を聞いていたかは、定かではなかった。


 ジニアは、それまで主菜としては興味の無かった「鶏卵」を、少し多めに買ってみた。紙のパックに十個入っている物を二つ。鶏卵二パックで、大体肉の一パックと同じ値段になった。

 大昔は、卵は一日一個しか食べてはいけないと言う、変な規則があったらしい。

 ある時代に、善玉コレステロールを摂取できる食べ物として注目が集まり、卵は一日何個でも食べて良い物であると、定義が変わったそうだ。

 一時的な「通説」なんて、時代が変わればコロッと変更させられるものなんだな。

 ジニアはそんな事を思いながら、「美味しいたまごの食べかたを」と、円い字体で描かれているレシピ本を買ってきた。

 その日に習った「オムレツ」の作り方の他に、色んな鶏卵の料理の仕方が書かれている。

 茹で卵、目玉焼き、キッシュ、スクランブルエッグ、カスタードプリン、炒飯、パンケーキ……ページを捲るごとに、おいしそうに出来た、彩りの綺麗な料理の写真とレシピが、目に飛び込んできた。

 茹で卵と目玉焼きのレシピはシンプルだったが、茹でた卵を「味付けして保存」したり、唯フライパンに割り入れて焼いただけの卵に、ソースをかけ、バターや薬味野菜や、魚の卵の塩漬けを合わせたりすると美味しいそうだ。

 まだ想像するだけしかできないが、色鮮やかな写真を見ていると、どんな味なのか食べてみたくなる。

 暫く、自炊の時は卵生活をしてみよう。

 そう決定してから、卵以外にも必要な材料をメモに書いておいた。


 地上プラントの寮の中では、テレビジョンは観れなかった。そして、取って良いニュースペーパーの種類も決まっていた。

 人間達が読んで良いのは、「サンライズ」と言う名前の、小種族用に選別された記事が載っている、小種族の間で、何が起こったかについてのニュースペーパーだけだった。

 その「サンライズ」でも、数ヶ月前までは、「ミルドレイク河の死体遺棄事件」が報じられていた。

 しかし、詳しい話が読めるわけではなく、犯人は見つかったが、精神鑑定結果から、犯罪に問えない事になったと言う旨を、尻切れトンボに伝えた後は、その事件の記事は載らなくなった。

 その他に、「サンライズ」には、カルガモの親子のお引越しのニュースや、絶滅危惧種だったユキヒョウの数が増えていると言うニュースや、砂漠化が進んでいた地帯の緑化に成功したと言う、「喜ばしい」ニュースが記されている。

 人間に関わるニュースは、人間の誰が、どんな作品を作って、何処でその作品が見られるかと言う情報だけだった。

 その中に、アニタ・フェイボックの名前が掲載された事がある。平和な件ではなく、彼女が利き手の人差し指に重傷を負い、画家としての活動を復活させるのはほぼ不可能だろうと言う、悲惨なニュースとして。

 アニタの存在を親身に思っていたジニアは、その事件を知った時、緊張した顔を手で拭った。

 あの、吸い込まれそうな青い月の絵が、新しく描かれることはないのか。

 ジニアは、ニュースペーパーを畳み、テーブルに置くと、本棚から、宇宙コロニーの美術館で買った画集を取り出した。

 アニタの絵に見入り、その傍らのポートレートに目を移す。

 次にこの国の中で、彼女の展覧会があるなら、是非観覧しようと心に決めた。

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